銀貨二枚の買い出し作戦
翌日、まだ夜が明ける前。
優菜は目を覚ました。大家族を支えていた頃からの習慣で、彼女の体は誰よりも早く動き出す。静かにティナから借りた洋服に着替え、優菜は冷え込む裏庭へ出た。
朝露に濡れた野草を、昨日使った薬草学の知識で再び選別し、【高速野草選定】と【高速家事】を発動。音を立てないよう細心の注意を払いながら、七人分の滋養のある朝食のスープを仕込んだ。
優菜がカマドの火を調整し終えた頃、ティナが目を擦りながら寝室から出てきた。
「優菜さん、もう起きていたの!?それに、このいい香りは……」
「おはようございます。朝食のスープができました。冷めないうちに子どもたちを起こしてきてください」
優菜はティナに、申し訳なさそうな表情で尋ねた。
「ティナさん、昨日はいろんなことが起こって、私、とても大事なことを忘れていました。これから一緒に暮らすことになるので、みんなの名前と年齢を教えてくれませんか? ちなみに、私は十四歳です」
ティナは少し驚いた表情をしたが、すぐに笑顔に戻り、丁寧に答えた。
「ええ、もちろん。私は今年十九歳よ。上から、ルークが十二歳(男)、エマが十一歳(女)、ロディが九歳(男)、コリンが六歳(男)、マヤが四歳(女)、一番下のミリーが三歳(女)よ」
ティナに起こされた子供たちは、優菜が作ったスープの香りに誘われるように台所へ集まってきた。
「わあ、優菜姉ちゃん、またいい匂いだ!」
と、ロディが目を輝かせた。
優菜は微笑み、みんなに温かいスープを配った。
「さあ、みんな。熱いから気をつけてね。今日は私がお使いに行くから、しっかり食べてね」
子供たちはむさぼるようにスープを飲んだ。彼らが静かに、そして幸せそうに食事をする姿を、優菜はティナと並んで見つめた。優菜が作ったスープは、わずかな材料とは思えないほど深い味わいで、ティナの心にも暖かさが染み渡る。
「優菜さん……本当にありがとう。この子たちがこんなに美味しいものを食べるなんて、いつ以来かしら」ティナは感極まった様子で言った。
優菜は、前世と同じ「家族」が満足する姿に、胸の奥で満たされる感覚を覚えた。
食事を終えると、優菜は銀貨二枚を握りしめ、改めてティナに告げた。
「それでは、行ってきます。」
「どうか気をつけて。」
優菜は市場へ向かった。
ティナは、ボロ布のような自分の洋服を身に着けた優菜の後ろ姿を、心配そうに見送った。優菜は、この世界では珍しい黒髪に黒目を持つ少女だ。色白で目が大きく、健康的なピンクのほほをしており、着古した服の上からでもわかるほどの豊かな胸が、可愛らしい幼い見た目と少しアンバランスで、かえって目を引く魅力となっていた。そんな彼女が、一人で町へ向かうことに、ティナの不安は尽きなかった。
孤児院を出て二十数分、優菜は土の道を黙々と歩いた。孤児院は町の外れにあり、市場のある中心部までは少し距離があった。やがて、建物の隙間から賑やかな喧噪と、パンや香辛料の匂いが流れ込んできた。
市場は活気に溢れていたが、優菜の目はすぐにその活気の裏にある異常な物価を捉えた。
優菜はまず、大麦を売る店で、大麦がコップ一杯分の値段を確認した。次に、肉屋の軒先で、干し肉が500gが銀貨一枚と交換されているのを見た。優菜の頭の中では、「完全献立作成」スキルが、この世界の非効率な流通と物価高騰を一瞬で分析していた。
大麦コップ一杯で銅貨七枚、干し肉が銀貨一枚。この銀貨で、一人一食分にしかならない。無理だわ。この世界、生活のコスパが悪すぎる!
優菜は、八百屋の片隅に積み上げられた、市場では売れない傷物や規格外の野菜の山に目をつけた。彼女の【高速家事】は、それらを一瞬で選別し、調理法を導き出す。
優菜は八百屋の店主に恐る恐る話しかけた。
「あの……その隅に積んである野菜は、もう売らないんですか?」
店主は訝しげに優菜を見た。
「ああ、小娘。あれは傷物でな。捨てるもんだ」
優菜は、店主の言葉を聞いて安心したように頷き、改めて尋ねた。
「それでしたら、あの野菜の山全部を、銀貨一枚で買い取らせてもらえませんか?」
店主は優菜から銀貨を受け取らず、顔をしかめた。
「銀貨一枚なんていらねぇ。どうせ捨てるもんだったんだ、タダでいい」
優菜は改めて交渉した。
「いえ。きちんと対価を払います。この野菜を銀貨一枚で買い取らせてください。その上で、お願いがあります。明日からもこうした傷物の野菜があれば、私に優先的に売っていただけませんか?」
店主は怪訝な顔をしながらも、優菜の真剣さに気圧され、銀貨を受け取った。
「まぁ、いいだろう。もし売れ残ったら、また明日も持ってきてやるよ」
優菜は深く頭を下げ、山盛りの傷物野菜をボロ布の袋に詰め始めた。そして、残りの銀貨一枚を握りしめ、市場の別のエリアに向かった。
優菜の頭には、前世の貧乏生活で磨いた調味料の代替品リストがあった。
塩は必須。これは調達する。あとは…うま味と酸味。この世界で『味噌』や『醤油』は無理。でも、乾燥キノコの店がある!そして、酸味の強い果実を売っている。これらを組み合わせれば、地球の料理に近い味が出せる!
優菜は乾燥キノコの店で、最も安価な乾燥キノコの切れ端を、そして果物屋の隅で、傷のついた酸味の強い果実を買い集めた。最後に、必需品の岩塩を小さな袋に詰めた。
優菜は知恵を絞り、残りの銀貨一枚を調味料の代替品に全て注ぎ込み、孤児院へと急いだ。
よし。まずは子供たちに、この世界の誰も知らない『美味しい総菜』を食べさせて、元気になってもらわないと!そのためには、お金を稼ぐ方法も見つけないと!
彼女の戦いは、今、孤児院の台所から始まろうとしていた。