王都の策謀と、揺るがぬ誓い
優菜が運ばれた奥室は、公爵邸の中でも最も豪華で、そして最も厳重に守られた私室だった。部屋の中には、優菜の安否を憂慮するライルとゲオルグ、そして彼らの主であるハーヴェイ公爵が静かに集まっていた。公爵の傍らには、王城から急遽呼び出された宮廷魔術師が控えていた。
優菜は、まるで深い眠りについているかのように静かだったが、その顔色は転生直後を思い出すほど蒼白だった。
「優菜殿の容態は?」
公爵が静かに尋ねる。
「魔力や体力といった数値上の問題はありません。ただ、自らの命を削り尽くしたような、極度の疲労です。」
宮廷魔術師が、厳かに見解を述べる。
公爵は、窓から夜の王都を見下ろした。
「ふむ。見事な自己犠牲だ。我々は彼女一人に救われた。だが、あの場で彼女の力を目撃したのは、私と、そなたたち、そして自らの命すら守れず、床に這いつくばっていた者どもだ」
公爵は、優雅な仕草で振り返った。その冷徹な瞳には、優菜への感謝と共に、この事態を決して好機として逃さず、優菜の地位を不動のものとするという強い意志が宿っていた。
「ライル。優菜殿が眠っているこの数日間が、我々の勝負の時だ。手筈通り、魔導院と王族への根回しを開始する。彼女の力を『禁忌』などと嘯かせはしない。あれは、国を救う『神の叡智』として、王都の歴史に刻み込む」
「承知いたしました。ユウナは、俺たちが必ず守ります」
ライルは表情を引き締め、深々と頭を下げた。彼の視線は、公爵から離れるとすぐに、ベッドで眠る優菜の青白い横顔へと向けられた。
公爵は、ゲオルグに優菜の安全確保を、そしてアレクに王都でやるべきことを指示し、王室に上奏するための準備を命じた。
公爵との密談を終えたライルは、静かに優菜が眠るベッドサイドに寄り添った。ライルは、優菜の力の圧倒的な光景と、その後の衰弱を目の当たりにし、心に深い衝撃を受けていた。
優菜の細く小さな手が、ベッドの上に置かれている。ライルは、その手を静かに握りしめた。彼の人生は、常に弱き者を守るための戦いと、討ち滅ぼすべき怪物や悪党との闘争によって構成されていた。しかし、優菜は彼にとって、守る存在であると同時に希望を与えてくれる初めての存在だった。
「ユウナ...」
ライルは、かすれた声で呟いた。
「もう大丈夫だ、ユウナ。ユウナは、俺たちを守る希望であり、戦う力だ。ユウナの献身に、心から感謝する」
ライルは、優菜の安らかな寝顔を見つめながら、彼女の護衛者として、そして一人の人間として、深く誓った。
(ユウナが目を覚ました時、彼女が心から安らげる世界を、必ず築き上げてみせる。もう、二度と、あなたにその身を削らせはしない)
ライルが手を離すと、優菜の部屋の扉がゆっくりと開いた。そこには、公爵家の侍女長に案内された、ティナが立っていた。
「ライルさん、優菜は...?」
ティナは不安そうに優菜を見つめた。
「大丈夫だよ、ティナ。ユウナは少し疲れただけだ。君たちが無事に公爵邸に着いたのを見て、きっと喜んでくれる」
ライルは優しく答えた。
優菜が倒れたことで、優菜の周りの人々は、彼女の献身に報いるために、より強く、そして深く団結し始めたのだった。
優菜が眠っている間に、王都では公爵による緻密な政治的布石が打たれ始めた。優菜の存在は、公爵の地位を不動のものとする切り札となり、ライルたちの優菜への忠誠は、個人的な絆を超えた確固たる使命へと昇華された。
次に優菜が目覚める時、彼女の取り巻く状況は、ロンドの貧しい孤児院から、王国の政治の中枢へと、完全に変貌していることだろう。




