ここに置いてくれませんか
その夜。優菜は、子供たちが寝静まったのを確認し、ティナに声をかけた。
「ティナさん、実は少しお話ししたいことがあって……」
優菜は意を決して話し始めた。
「私がどうやってここに辿り着いたのか、なのですが、なぜ森の中にいたのか思い出せないんです。自分の名前以外についての今までの記憶がひどく曖昧で、どこから来たのかも思い出せません。どこに帰ればいいのかもわかりません。行く当てが、全くありません」
ティナは驚き、優菜を心配そうに見つめた。
「そんな……」
「もしよろしければ、しばらくこの施設に置かせてもらえないでしょうか。もちろん、その分、精一杯働きますので」
優菜は頭を下げた。
ティナは優菜をじっと見つめ、ためらいがちに口を開いた。
「あの、優菜さんは……貴族の方では?その白地に青い花模様のついたワンピースは、この辺りでは見たことのない上等な生地です。そんな方が、このような場所で過ごすのはお辛くないですか?」
優菜は自分の服に視線を落とした。前世で、弟妹の世話に奔走する自分にご褒美として、少し奮発して買った夏用のワンピースだ。異世界に来たのは真夏だったため、この格好のまま転移してしまったらしい。
(そうか、この服、この世界では高価なものに見えるのか。この服のせいで貴族と誤解されたら、変に目をつけられたり、面倒事に巻き込まれたりするかもしれない)
優菜はすぐに冷静さを取り戻し、笑顔で否定した。
「いいえ。これはただの仕立ての良い服というだけで、私は貴族ではありません。行く当てがないのは事実です」
ティナは優菜の毅然とした態度に、それ以上は踏み込まなかった。
「そう、ですか。わかりました。無理のない範囲で、ゆっくりしてください。優菜さんのことは、もちろん大歓迎よ」
優菜は安堵し、感謝を述べた。
「ありがとうございます!助かります。それで……ごめんなさい、ここがどこなのかも全然わからなくて。この町のこと、少し教えてもらえませんか?」
ティナは言った。
「ええ、私にわかることなら何でも。ここはロンドという町です。この国はアーダリア王国に属していますが、王都からは遠く、物資の流通はあまり良くありません」
優菜はさらに質問した。
「町は辺境で流通が悪い……となると、お金の価値も気になりますね。恥ずかしながらお金についても思い出せなくて、この国ではどのようなお金が使われていますか?」
ティナはボロ布から、わずかな硬貨を取り出した。
「金貨、銀貨、銅貨が使われているわ。銅貨十枚が銀貨一枚、銀貨十枚が金貨一枚の価値です。今、この施設に残っているのは、この銀貨四枚だけよ」
優菜は顔を曇らせた。
「ありがとうございます。流通が悪いと、物価も高そうですね。市場では、この銀貨四枚で、私たち八人分だとだいたい何日分くらいの食料が買えますか?」
ティナは顔を曇らせた。
「銀貨一枚だと……そうね。貧しい私たちのような者だと、大麦のパンを三つか、傷んだ根菜を五本くらいでしょうか。八人分には、とても足りません。四枚で、せいぜい二日、三日が限界です」
優菜の頭の中で、長年の「長女の家計分析癖」が自動で発動した。
(パン三つで1000円相当……パン一個が333円。銅貨一枚は100円相当だ。こんな高いパン、異常だわ! 銀貨四枚で二~三日分。このままでは、あっという間に飢え死にする。)
優菜はティナをまっすぐ見た。
「わかりました、ティナさん。明日、私が市場へ行って、この町の物価と、効率よく食料を調達する方法を探してきます。」
「優菜さん……。無理はしないでくださいね」
ティナは心配そうに優菜を見た。
優菜は頷き、続けた。
「あと、もしよろしければ、銀貨を二枚ほどお借りできませんか? 市場の様子を見て、少し食料を買い付けてきたいと思います」
ティナは迷うことなく、布の中から銀貨四枚のうち銀貨二枚を選び出し、優菜に渡した。
「もちろんよ。優菜さんがいてくれるだけで、本当に心強いわ。どうか気をつけて」
優菜は銀貨を握りしめた後、少し躊躇して言った。
「ティナさん。その……先ほど、私の服が目立つと教えてくれましたよね。この格好のまま市場へ行くと、余計な注目を集めてしまいます。もし、差し支えなければ、ティナさんの普段着で、何か洋服を貸していただけませんか?」
ティナはすぐに理解し、頷いた。
「ああ、もちろんです!それなら、私が畑仕事で着ていたものでよければ、すぐにお貸しします」
優菜は、安堵と感謝を込めて、嬉しそうに頷いた。