守るべき未来と、残された光
一方ライルは、残りのローブの男に容赦しなかった。相棒の増幅器が破壊されたことで、男の動きは常人の域に戻っていた。ライルは一気に距離を詰め、相手が防御に回る暇を与えることなく、剣を振るった。
金属が甲高く擦れる音が響き、男は無力化された。ライルは崩れ落ちる男たちをちらりと見ると、血の気が引くほどの焦燥感に駆られて図書館の奥へと駆け出した。リリアの安否と、増幅装置の行方が気になった。
しかし、奥の部屋に入ると、ライルの動きは凍りついた。
リリアは巨大な装置の前で術式を組んでいたが、その背後には三番目のローブの男が立っていた。男の魔力は、先ほどの二人を遥かに凌駕する。その殺意と、魔王残滓の純粋な魔力が混じり合った、禍々しいオーラを放っていた。
その男は、手に何も持っていなかったが、その身に纏う魔力だけで、リリアの術式を阻害していた。
「賢い娘だ。この装置を止めようとしているようだが、残念ながら遅すぎた」
男は低く、冷たい声で言った。
「リリア!」
ライルは叫び、全速力で剣を構えた。
「来ないで、ライル!」
リリアが焦った声を上げた。
「この装置はもう限界よ!魔力が王都に向けて放出され始めている!」
リリアは装置の中心を見た。増幅装置に組み込まれたエーテル鉱石は、既に魔王残滓の魔力で濁り、どす黒い光を放ち始めている。リリアが組んでいた術式は、装置を停止させるものではなく、王都の魔導院へ緊急事態を知らせ、魔力暴走を抑えるための逆流術式だった。
装置が完全に暴走すれば、王都に大災害が起きる。
「魔王残滓の力を利用するとは、愚かな人間どもめ。だが、その愚かさが我らの勝利となる」
男は嘲笑った。
「王都は崩壊し、古代の知識を宿す優菜の技術も、我らが手中に収める」
リリアは、背後にいる強力な敵に捕まる寸前の己の状況と、その奥で必死に自分を守ろうとするライルの奮闘を冷静に見つめた。もちろん、魔術師としての功績は頭をよぎった。しかし、それ以上に、ライルが優菜を想う気持ち、そして優菜の無垢な優しさに触れた日々が、彼女の心を動かしていた。守るべきものは、ただの理論や功績だけではない。
「ライル……!」
リリアは最後の力を振り絞り、術式の送信を完了させた。 その直後、彼女は周囲に渦巻く魔力の波を利用し、増幅装置の心臓部であるエーテル鉱石を叩き割り、完全に破壊した。
ズンという地鳴りのような轟音とともに、増幅装置の土台に、魔力の奔流が流れ込む巨大な亀裂が開いた。
「王都への術式送信は済んだ!ライル、これを持って逃げて!」
リリアはエーテル鉱石と、古文書の写しをライル目掛けて投げつけた。
「ユウナの情報を、王都の魔導院に届けて!それが、ユウナを守る!私が選んだ未来を作る道よ!」
ライルは投げられた光る石(エーテル鉱石)と紙片を反射的に受け止めた。その瞬間、リリアは背後の男が放った強大な魔力に捕らえられた。
「リリア!?」
「私は大丈夫!先に、王都に戻って、ユウナを助けて!」
リリアはライルに笑顔を向けると、自ら開いた亀裂へと身を投げた。男の魔力の鎖がリリアを追って地下の闇へと消えていく。
「リリアアアアアアアア!!」
ライルの悲痛な叫びが、崩壊する学術都市の廃墟に虚しく響き渡った。残された男は、ライルを殺そうと魔力を集中させるが、ライルは既に図書館の出口へ向けて駆け出していた。リリアの願い、そして手に握られた熱いエーテル鉱石。彼は逃げるしかなかった。
王都に戻ったライルは、ゲオルグとアレクに事の顛末を報告した。リリアの行方は分からず、残されたのは、優菜を守るという重い使命と、リリアから託されたエーテル鉱石だけだった。
「リリアは、ユウナが幸せになるために、自らの全てを懸けたんだ。この鉱石は、その決意の証だ。」
ライルは手のひらに乗せたエーテル鉱石を強く握りしめた。
「...バカな、リリア...!」
ゲオルグは絞り出すような声を上げた。彼は壁に拳を叩きつけ、歯を食いしばる。リリアは、彼らにとって優菜と同じく、困難な時期を共に過ごした家族同然の存在だった。
アレクは静かに目を閉じ、深く息を吐いた。彼の顔は悲痛に歪んでいた。
「リリアはユウナの未来を、その命と引き換えに守ってくれたんだ...」
三人の間に、重い沈黙が降りた。彼らは、優菜の未来のために生死不明となる道を選んだ一人の少女の犠牲に、深く悲嘆した。
しかし、この悲しみは、彼らの心に新たな決意を燃え上がらせた。
「泣いていられるか」
ライルは、顔を上げ、濡れた目でゲオルグとアレクを見た。
「我々は、リリアの犠牲を無駄にはしない。ユウナの持つ『家政術師』の才能が正当に評価されるよう、全力を尽くす。」




