忘れられた学術都市の影
ライルとリリアは、王都から南へ伸びる「古の街道」を急いでいた。この道はかつて、王国が魔王の侵攻を防ぐための防衛線であり、現在はほとんど使われていない。
「ゲオルグとアレクからの情報だと、王都の大商会は、この街道沿いで物資の輸送を頻繁に行っているわ。輸送隊の護衛には、普通の冒険者ではなく、王都の騎士団の服を着た者たちが紛れているらしいわ」
リリアは馬車の中で古文書を広げ、緊張した面持ちで言った。騎士団が商会の物流に関わるということは、王都の権力層がこの陰謀の奥深くまで関与している証拠だった。
ライルは手綱を握りながら答える。
「騎士団か。優菜の件が『国益』に結びつく前に、俺たちが潰さないといけない相手が多すぎるな。遺跡にいる敵が魔王の残滓そのものなのか、それとも、残滓の動きを利用している王都の連中なのか、そこを叩けばすべてがわかる」
彼は優菜の無事を祈るだけで、もはや手を止めることはできなかった。馬車を叩きつけるように加速させながら、ライルは腹の底で悟った。この旅こそが、優菜と子どもたちの笑顔を守るための最終決戦の狼煙なのだと。
二人がたどり着いた「忘れられた学術都市」の遺跡は、岩が剥き出しになった山肌に半ば埋もれるように存在していた。高い塔の残骸と、崩れた石造りの校舎が、かつての知識の府の栄光と悲劇を物語っている。
ライルは手綱から手を離し、周囲の荒涼とした景色を眺めた。
「…陰気くさいな。この街が知識の府だったなんて信じられん。ただの墓場だ」
リリアは馬車から降り、崩れた石壁にそっと触れた。
「ここにあった知識が、あまりに革新的すぎたのよ。時代に受け入れられず、魔力とともに封印され、そして忘れられた。この廃墟自体が、知識の傲慢さと悲劇を象徴しているわ」
遺跡内部に入ると、空気は重く、魔力の澱みが濃くなっていた。リリアはすぐに、その魔力の流れが一つの大きな図書館の跡へと収束していることを突き止めた。
「間違いなく、ここよ。古文書を狙う魔王の残滓の痕跡が一番濃いわ。ただ……」リリアは立ち止まった。「残滓の魔力だけじゃない。人の気配がいくつもある。そして、この魔力は…以前の残滓と性質が少し違う。これは、誰かが魔力を『増幅』させているわ」
リリアの言葉を受け、ライルは即座に警戒を強めた。彼は剣を鞘から抜き、極限まで気配を殺す。リリアも魔導書をそっと閉じ、壁の影に身を寄せた。
「増幅、だと?残滓の魔力を利用して、何を企んでいる…」
ライルは囁き、指で合図を送った。
二人は、足元の砂利一粒にも注意を払い、音を立てないよう、図書館の跡へと続く薄暗い通路を壁に張り付くように進んでいく。緊張感が肌を刺し、互いの呼吸すら聞こえないほどだった。
ライルは剣を構えた。その図書館の入り口には、全身黒いローブを纏った二人の人影が立っていた。彼らの手には、この世界の魔導士が使うものとは異なる、複雑な魔力回路が刻まれた、黒く鈍い光を放つ円形の金属板が握られている。
「ライル、あれよ!あのローブの者たちが、魔王残滓の魔力を利用して、何かを増幅させている。おそらく、あの人たちが王都の陰謀の実行部隊だわ!」
ライルは一歩踏み出した。もう引き返せない。優菜を守るため、そしてロンドの街の未来のために、彼は騎士団や巨大商会、そして魔王の残滓が絡むこの闇を、自らの剣で切り開くしかなかった。
「リリア、奥の魔力の元を頼む。この二人は、俺がやる」




