リリアの秘密
王立魔導院での調査を続けるライルたちのもとに、故郷のロンドの街から早馬が駆け込んできた。手紙を読んだゲオルグの顔色が変わり、ライルに突き出した。
「ライル、まずい。街の様子がおかしい。ユウナの作った保存食は組合で正式に採用され、販売は好調らしいが……その裏庭の精製場所が何者かに破壊されたそうだ。バルカスさんは、商会ギルド連合の仕業だと見て、ユウナを心配している」
ライルは怒りに歯を食いしばった。やはり、王都の大商会が関与する組織的な圧力が、最終的に暴力という形で優菜を襲ったのだ。
「ユウナは無事なのか?」
「子どもたちもユウナも無事だが、精神的にかなり参っているだろう、と。そしてバルカスさんは、ユウナの技術が『危険な魔術』だとデマが流れていることも懸念している。王都から手を引け、という警告かもしれん」
ライルは、優菜を守るために王都に来たのに、その不在が優菜の危機を招いたことに激しく後悔した。
「依頼なんてどうでもいい。すぐに街に戻るぞ」
「わかった。俺が手配しよう」
アレンが馬車を手配しようとしたその時、ずっと黙って文献を読み込んでいたリリアが静かに口を開いた。
「待って、アレン。あなたたちが今、街に戻っても、事態は悪化するだけよ」
リリアは、震える手で優菜のお守りと同じ模様が描かれた古い巻物を指さした。
「この文献が正しければ、ユウナが持つ『異界の知識』は、魔王残滓の追跡に必要な、古代の魔導理論に繋がるわ。王国の魔導院は、魔力だけに頼る今の体制を崩されたくない。ユウナの知識が公式に認められれば、既存の権威が崩壊する。だから、彼女の存在は、ギルドだけでなく、王都の古い権威にとっても都合が悪い」
彼女は深呼吸をして、真実を告げた。
「ユウナがもし異界から来たのなら、彼女の力は、この世界に来た時点で、すでにこの世界の法則に順応させられている可能性が高い。だからこそ、今のところ平穏で、この世界の魔術や魔力に影響を与えない形で発揮されているのよ。それは、料理や保存という、誰もが日常で使う『理』を極限まで高めた力としてね。けれど、もしユウナが『異界の者』だと知られれば、彼女の安全は完全に失われる。彼女を本当に守るためには、彼女の力の起源を絶対に隠し通す必要がある」
リリアの言葉に、ライルとアレン、そしてゲオルグは息をのんだ。
「私の先祖は、その古代の魔導院の関係者だった。だから、その知識と、それを隠蔽してきた歴史を知っている。あなたたちが街に戻ってギルド連合を排除しても、ユウナの『異界の起源』が王都に知られたら、彼女は魔導院に利用されるか、排除されるかのどちらかよ」
リリアは、優菜を守るためには、この王国の依頼を完遂し、優菜の能力を『王国の平和に貢献する、偶然見つかった古代の技術』として公に認めることしかない、と説いた。
「この依頼を成功させて、あなたたちが王国の英雄になりなさい。そうすれば、ユウナの能力は、王国の敵ではなく、守護者として認識され、その起源を問われることもなくなる。それが、ユウナの安全を確保する唯一の道よ」
リリアは、自分の家系が代々隠してきた重い秘密を明かし、ライルたちに王都に留まり、依頼を優先するよう強く求めた。




