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【高速家事スキル】を隠す少女は、食料難の孤児院を最強の料理で救う  作者: 紫陽花


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ロンドの街の冒険者用携帯食料

 王立魔導院の書庫で、リリアは目を充血させながらも、調査報告書と古い文献を読み進めていた。彼女は、優菜のお守りに刻まれた「帰還」の文字と、文献に記された「異界の知識」を結びつけようと必死だった。


 ゲオルグは王都の冒険者ギルドや市場を回り、王都に入り込んでいる魔王残党の噂を探る傍ら、ロンドの街への物流を調査していた。彼は、ロンドの商会ギルド連合が、王都の巨大な組織と結託し、優菜の商売に必要な特定の輸入小麦や油の供給を意図的に止めているという、組織的な妨害の決定的な証拠を掴んだ。優菜への圧力が、単なる街のギルドの嫉妬ではない、王都を巻き込んだ陰謀であることが判明したのだ。


「ライル、この資料を見て」


 リリアは、一つの古い巻物を差し出した。そこには、魔王が過去に滅ぼしたとされる『超古代文明』の滅亡に関する記述があった。


「この文明は、魔力ではなく、ユウナの技術と同じ『法則』を用いていた。魔王が最も恐れたのは、彼らの技術で、その中には『魔力の流れを歪ませる』兵器まであったらしいわ」


 リリアは息を詰まらせた。この技術が残党の追跡に使えれば、依頼達成は容易になる。だが、優菜の技術がその文明と同じだとすれば、彼女の存在は、王国全体にとって「危険な力」になりかねない。


「もしユウナの技術が、この文明の知識の一部なら……彼女自身が、王国の命運を握っている」


 ライルは静かに言った。


「ユウナが持つその力が、本当に王国を救う鍵になるのなら、俺たちはこの依頼を完遂し、王国の後ろ盾を得なければならない。ユウナの力を隠すんじゃなく、正しく活かし、守り抜くためだ。」




 一方、遠く離れたロンドの街では、優菜が台所で夜を徹して実験を続けていた。首元の銀のペンダントが、彼女の脳内の古代知識と現代の記憶をまるで超高速の計算機のように統合し、直ちに解答を引き出したおかげで、優菜は理想の長期保存食の製法を頭の中で完成させた。しかし、それを現実にするための特殊な素材が、決定的に不足していた。


 特に、長期保存食の風味と栄養価を保つための、非常に稀少な特殊な鉱物が必要だった。それは、この世界の錬金術では製造不可能とされており、市場に流通しているものより、はるかに高純度でなければ意味をなさなかった。


「なんとか、代替品を……」


 優菜は、台所の隅に置かれた、家で長年使われていた、持ち手の焦げた古いフライパンに目をやった。それは、何度も過酷な環境に晒され、表面が剥げ、焦げ跡だらけの金属製品だった。


 優菜はペンダントに触れ、目を閉じた。すると、彼女の現代の記憶と、ペンダントから得た古代の知識が、頭の中で一つの光となって結びついた。次の瞬間、優菜の脳裏に、その古いフライパンの金属の組成図が鮮明に浮かび上がる。そのフライパンには、彼女が求める『特殊な鉱物』の代わりとなる、極めて貴重な成分が、微量だが確かに含まれていたのだ。


(これだわ。私が求めているのは大量の素材じゃない。この特殊な保存食を完成させるための、たった一度の「起動剤」としてなら、このフライパンの微量な成分で足りる!)


 優菜は、子どもたちには見つからないよう、夜の間に裏庭で火を熾した。彼女の技術は、もはやパン作りではなく、古代と現代の技術を融合させた、錬金術に近い領域に達していた。


 翌朝、彼女の手元には、指先に乗るほどの高純度の新しい素材が確保されていた。これで、彼女が『商会ギルド連合』の流通網を崩壊させるために設計した、最終兵器とも言える保存食の開発が、本格的に始動する。



 優菜は、地下の書庫で確保した高純度の特殊な素材を手に、台所で最後の仕上げを終えていた。彼女の目の前には、『奇跡の携帯食料』と呼ぶにふさわしい、小さくパッケージされた試作品が並んでいる。


 その試作品の中には、濃厚なミルククリームを使った煮込み料理が入っていた。この料理は最高の風味を出すためには新鮮な素材が必須となる。通常はミルクを使っていることもあり一日も保たないため、遠征にもっていくには向かない料理だ。優菜は、この料理に、子どもたちが大好きな甘いハーブを隠し味として加え、遠征中に栄養を取りにくい冒険者や商人たちのために栄養価を高めた。優菜の技術は、この腐敗しやすい料理を、通常の調理方法では不可能とされる半年以上の超長期保存を可能にし、しかも口にしたときの栄養価と風味を全く損なわない、まさに流通の常識を覆す発明だった。


 優菜は、窓の外を眺めた。昼間も夜も、家の前には商会ギルド連合の巡回の目が光っている。彼女の作るパンが売れなくなり、子どもたちが不安を募らせる中、この「最終兵器」をいつ、どう使うか、決断を迫られていた。


(ここで躊躇したら、ライルさんが帰ってくる前に、この家も、子どもたちの笑顔も守れない)


 優菜は、試作品の一つを手に取り、誰も気づかないほど小さな文字で、パッケージの端に『ライルへ、必ず帰ってきて』というメッセージを刻んだ。それは、自分の決意と、彼らの無事を祈る、唯一のお守りだった。


 彼女は、この革新的な保存食を、「ロンドの街の冒険者用携帯食料」として、街の冒険者ギルドに公表することを決意する。


 この技術公開は、優菜にとって最大のリスクとなる。しかし、街の経済を動かし、子どもたちの未来を守るため、そして何よりギルドの組織的な妨害を一気に無意味なものにするため、彼女は最後の勝負に出る。

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