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【高速家事スキル】を隠す少女は、食料難の孤児院を最強の料理で救う  作者: 紫陽花


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地下の先には

 ライルたちが馬車で王都へ向かう街道を進んでから三日目の朝。街はまだ冷たい霧に包まれていた。優菜は、子供たちがまだ寝静まっているのを確認し、そっと家を出た。ルークとティナには、弟妹たちの世話と、自分は少し遠くまで珍しい仕入れに行くと伝えてある。


 誰もいない石畳の路地裏で、優菜は深く、長い息を吐いた。ここ数週間、ライルがいない隙を狙ったギルドからの圧力は日増しに強くなっていた。仕入れ先からは上質な小麦粉や希少な香辛料の在庫がないと告げられ、優菜のパンの品質維持にも影響が出始めていた。ライルに心配をかけまいと笑顔で送り出したが、不安は優菜の心を蝕んでいる。


(ライルさんの負担を増やしちゃいけない。私が、自分の力で何とかしなきゃ)


 優菜は、ライルから預かった腰袋をしっかりと抱え、市場とは反対方向、かつて街で最も栄えた大商会の屋敷跡へと向かった。



 優菜は、新しい調理器具や、特殊な金属素材を求めて、定期的に街の古物商を訪れていた。先日、いつものように調理器具の仕入れについて話していた際、優菜の尋常でない知識に興味を持った古物商が、「あの屋敷跡の地下には、この街の歴史よりも古い、異質な知識を隠した部屋がある」と耳打ちしてくれたのだ。


 屋敷の跡地に辿り着いた優菜は、周囲に誰もいないことを確認すると、焼け残った石造りの倉庫の影に回った。そこには、古い魔力錠で厳重に施錠された地下室の扉が、苔に覆われてひっそりと隠されていた。


 優菜は、その魔力錠を見つめた。彼女が持つ異世界の知識をもってしても、この世界特有の魔力錠を開ける術はないことを理解していた。物理的な力や、彼女の持つ工学的な知恵では、どうにもならない。


 諦めかける寸前、優菜は、せめて錠の構造だけでも解析できないかと、恐る恐る指先で錠の金属部分をそっと触れた。


 その瞬間、彼女の魔力が、錠の魔力に強く反応した。



 優菜の指先から淡い光が放たれたかのように、古い魔力錠は音もなく「カチリ」と解除された。



 優菜は呆然とした。


「私が……開けた?」


 地下へと続く階段を降りると、優菜のランタンの光が届かないほど深い場所に、外界の崩壊とは無縁の、厳重に保護された一室があった。


 部屋の壁には、この世界の神話や宗教画とは全く異なる、幾何学的な紋様が精巧に刻まれている。それは、優菜が知る日本語にも、この世界の言葉にも似ていない、まるで電気回路図のような異質な図形だった。


 優菜は息を呑んだ。この紋様をなぜか理解することができたが、この紋様は彼女が異世界から持ち込んだと思われていた「知識」の断片、彼女が持つ地球の技術の原理に酷似している。


 部屋の中央には、埃を被った石の台座があり、その上には、太陽の光を浴びたように淡く光る銀色のペンダントが置かれていた。ペンダントの鎖は細く、その中心には、優菜の知識と共鳴するような、複雑な紋様が彫り込まれていた。


 優菜が震える指先でペンダントに触れた瞬間、壁の幾何学的な紋様が青白い光を放ち、その光がペンダントを通じて、優菜の頭の中に膨大な情報を奔流のように流し込んできた。


 優菜は一瞬意識を失いかけたが、堪えた。流れ込んできたのは、彼女が異世界から持ち込んだと信じていた**「知識」の起源、そして、この世界で長年失われていた古代文明の技術**に関する情報だった。その古代文明は、魔王が過去に滅ぼそうとしたが、その知識だけがこの書庫に封印されていたのだ。


「これ……私の知識は、この世界の秘密……」


 その情報は、彼女が持つ技術がこの世界でいかに危険で価値のあるものかを物語っていた。優菜は、自分が単なる異世界人ではなく、世界の修復という重すぎる使命を帯びた「帰還者」である可能性を悟り、冷たい汗をかいた。


 優菜は、ライルから預かったランタンと金貨を懐に確認した。ライルの不安が、現実のものになりつつある。


 彼女は、静かにペンダントを首にかけた。この力が、家族を守るための唯一の武器になるかもしれない。



 さらにライルたちが旅立ってから一週間。街に残された優菜と子どもたちの状況は、日に日に悪化していた。


 優菜が地下の書庫で銀のペンダントを手に入れて以降、彼女の商売への圧力は、もはや無言の妨害ではなく、露骨な敵意へと変わっていった。


「優菜の店は、我々ギルドの経営を脅かしている!このままでは街の秩序が乱れる!」


 街の流通と金融を牛耳る『商会ギルド連合』の代表は、優菜の家から少し離れた広場で、毎朝抗議の声を上げ始めた。彼らは客を直接威嚇こそしないが、その威圧感で優菜の店に近づく客を遠ざけるのには十分だった。通りは静まり返り、優菜の家の窓からは、常に連合関係者の監視の目が光っているのが見えた。


(このままでは、子供たちの生活だけでなく、ライルさんが築いてくれた信用も失ってしまう……)


 優菜は、表面上は笑顔で子どもたちに接し、毎日パンを焼き続けたが、内心で焦っていた。彼女の技術は、もはや「ちょっとした発明」では済まされないレベルに達しており、ギルドは彼女の技術を吸収するか、さもなくば排除するかの二択を迫っている。


 ルークとティナは、家の周囲を常に警戒しており、下の弟妹たちは、昼間でも家の中央から離れず、優菜の後ろに隠れることが多くなった。


「優菜姉ちゃん、この一週間の売上は通常の三分の一だ。貯えはまだあるけど、このままだと冬を越す前に苦しくなるよ。ライルさんがくれた腰袋を開けて、一度街を出たほうがいいんじゃないかな?」ルークが不安そうに優菜に言った。


 優菜は首を横に振った。首元に光る銀のペンダントをそっと服の中に隠し、子どもたちに笑顔を見せた。


「まだよ。ここで動揺を見せたら、彼らの思う壺だわ。大丈夫、ルーク。見ていて。この苦しい状況を乗り越えるための、新しい一手があるの。それを完成させれば、この街の風向きは必ず変わるわ」


 彼女が開発に着手したのは、街の経済構造を根底から揺るがすかもしれない、革新的な調理・保存技術だった。それは、食材を全く新しい形で加工し、栄養価を保ちながら、驚くほど長期間の保存を可能にするものだった。この技術があれば、遠征する冒険者や遠方の街との交易が飛躍的に容易になり、商会ギルド連合の旧態依然とした流通網は意味をなさなくなる。


 優菜は、この技術を公表することで、ギルドを牽制できるかもしれないと考えた。彼女の技術は、ギルドを排除するのではなく、より大きな利益の市場へと導く可能性があることを示さなければならない。


(ライルさんの帰りを待つしかない。それまでに、私はこの状況をひっくり返さなくては。この知識を信じて……)


 優菜は、夜な夜な秘密の書庫で得た知識を整理し、子どもたちが寝静まった台所で新しい技術の開発に没頭し始めた。彼女の作る料理は、もはや単なる食事ではなく、世界の法則を変える力を秘め始めていた。

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