魔王の痕跡
ライルたち『灰色の牙』のパーティは、馬車で王都へ向かう街道をひた走っていた。ライルは窓の外の景色を見るでもなく、ただ手を握りしめている。その掌の中には、優菜がくれたお守りがある。
普段は別行動をとっているパーティメンバーも、今回の長期任務のために馬車に乗り込んでいた。
「まさか、ライルがこんな厄介な長期依頼を受けてくるとはね」
冷静沈着な魔導士のリリアが、依頼書から目を離さず、ため息をついた。
ゲオルグは、普段は街で香辛料商人として裏の情報を集め、パーティのサポートを担う影のメンバーだ。彼は、ライルたちの街を離れる決断に複雑な表情を浮かべていた。
「俺は、依頼の内容よりも、ライルのお前がこの街を離れる理由の方が気にかかるがな」
ゲオルグは、長年の経験に裏打ちされた洞察力でライルの瞳を真っ直ぐ見据えた。ライルは、その探るような視線から逃げず、隠さずに答えた。
「ユウナたちの安全を確保するためだ。この依頼を完遂し、王都の有力な魔導士に恩を売る。そうすれば、ユウナに街のあらゆる不当な圧力から守りきる、国家的な後ろ盾を与えることができる」
ゲオルグは深く頷いた。彼は以前からライルに、優菜の技術が街の裏社会や商会ギルドにとって目障りになり始めていることを報告していた。
「ユウナの作るパンや保存食が、既得権益を脅かしているのは周知の事実だ。このまま街にいたら、やがては合法的な手段を装った、面倒な動きが出てくる。俺たちの力だけではどうにもならない『王国の権力』に悪意を持って狙われる前に、こちらから『国のお墨付き』を得てしまう、か。お前の判断は正しい」
リリアは、ライルの個人的な動機と、その裏にある街の危機を察していたが、彼女にとっての優先順位は依頼の報酬と経験だ。
「たしかにユウナのご飯は美味しいし、ユウナもいい子よ。だけど、今回はライルの個人的な事情に付き合っているわけじゃないわ。今回の依頼は魔王の残滓絡みよ。こんな高難度な魔力の調査に立ち会えるのは、私の魔術の経験値を上げるのに最高の機会だもの」
アレンは黙って剣の柄に手をかけたまま、ライルを静かに見つめた。彼にとって、パーティのリーダーであるライルの決断こそが全てだ。
ライルは、改めて依頼の重大性を噛みしめた。優菜を守るという個人的な使命と、パーティメンバーが求める報酬と成長。両方を達成しなければならない。
「ああ、分かっている。これはただの護衛や魔物討伐ではない。その魔王の残滓が、万が一にも世界全体に甚大な影響を及ぼすことがないよう、根元から絶つための調査だ。その結果、ユウナたちの平穏が守られる」
ライルは懐のお守りに触れた。優菜がこの世界にはない文字で「帰還」と書いてくれた、手作りの布製のお守り。その温もりが、彼の決意を新たにした。
「この依頼を完遂し、必ず俺は帰還する。ユウナの笑顔のために、俺がこの街を、揺るがない場所にしてみせる」
馬車は、荒涼とした山道へと入っていく。ライルは窓の外の景色を見つめながら、心の中で誓った。
(待っていろ、ユウナ。お前が心から笑える街にしてみせる。必ず、ユウナのもとに帰る)




