長期依頼と、ユウナの願い
ライルが冒険者組合から長期依頼の内容を確認し、依頼を受諾した翌朝、彼は優菜たちの家の扉を叩いた。
「おはよう、ライルさん。もう行く準備ですか?」
ユウナは、朝食の準備でわずかに頬を紅潮させながら、扉を開けてくれた。彼女の瞳はいつも通り穏やかだが、ライルは、その奥に潜むかすかな緊張を見逃さなかった。優菜はライルの長期依頼のことを既にルークから聞いているのだろう。
「ああ、今日は出発だ。長い依頼になる。おそらく、王都周辺まで足を延ばすことになるだろう」
ライルは少し躊躇した後、率直に告げた。
優菜は一瞬、目を伏せたが、すぐにいつもの笑みを浮かべた。
「そうですか。大変ですね。お気をつけて」
優菜の言葉は平坦で、まるで他人事のようだったが、その手は服の裾をぎゅっと握りしめていた。ライルは、彼女が自分を心配していることを知っていた。そのことが、ライルの胸を熱くした。
「ユウナ、実は、出発前に頼みたいことがある」
ライルは、パーティメンバーであるリリアから受け取った魔石入りの特製ランタンと、高品質な革でできた腰袋を取り出した。
「これを君に預けていきたい」
優菜は驚いたように目を見開いた。
「これは、高価なものでは? なぜ私に?」
「いいから受け取ってくれ。これは緊急用だ。ランタンは強力な魔力を込めた特別なものだ。万が一、本当にどうしようもなくなった時、これの魔力を解放すれば、街のどこにいても俺たちに信号を送れる」
ライルは、ランタンの底にある小さな紋章を指で示した。
「この紋章に魔力を流せばいい。そうすれば、光が空高く昇り、このブレスレットをつけている俺たちパーティメンバーのいる場所まで届く。そして、この腰袋には、君たちが急に旅に出ることになった時のための、金貨と俺たちへの連絡手段が入っている」
ユウナは困惑した表情で、ライルを見た。
「あの...ライルさん、そんな物騒な話。一体、私に何が起きると思っているんですか?」
優菜の声には、わずかに苛立ちが滲んでいた。ライルが自分を過剰に心配していること、そして自分に危険が迫っていることを指摘されているように感じたのかもしれない。
ライルは、ゆっくりと優しくユウナの手を握り、無理やり腰袋とランタンを持たせた。彼の掌は、剣士特有の硬さと熱を帯びていた。
「心配させたいわけじゃない。ただ、俺がいない間、君と子供たちに何かあったら、俺は任務に集中できない」
ライルはまっすぐユウナの黒い瞳を見つめた。
「俺は、君たちの隣人として、いや...俺が守ると決めた存在だ。ユウナたちが安全でいられるように、やれることは全てやっておきたいんだ」
彼は深く息を吸い込んだ。
「分かってくれ。俺にとって、君たちの安全が最優先だ。俺が少しでも安心して任務にいけるように協力してくれないか」
優菜は、彼の熱を帯びた眼差しから、もう目を逸らせなかった。その熱意は、冒険者の義務や仕事の範疇を遥かに超えているような気がした。ライルが自分に向けているのが、個人的な強い感情であるかもしれないと感じたが、今はただ隣人としてのライルの並々ならぬ熱意として、静かに受け入れることにした。
しばらくの沈黙の後、ユウナは静かに頷き、ランタンと腰袋を両手で包み込むように抱きしめた。
「...分かりました。お預かりします。でも、これを使うことのないように、私が何とかします」
その言葉には、ライルへの感謝とともに、彼女の強い意志が込められていた。誰にも頼らず、自分で解決しようとする優菜の強さが、ライルの心を締め付けた。
「ああ、その方がいい。頼む」
ライルは、それ以上は言わなかった。彼女の意志を尊重したかったからだ。彼は優菜の頭を軽くポンと叩き、優しく微笑んだ。
「じゃあ、行ってくる。帰ったらまた、君の美味しいシチューを食べさせてくれ」
「はい、お帰りをお待ちしています。もっと腕を磨いておきますね」
優菜はそう言うと、手作りの小さな布製のお守りをライルの手に握らせた。それは、優菜が普段使っている丈夫な生地を丁寧に縫い合わせ、中に「帰還」と日本語で書かれた小さな紙を入れたものだった。
「これは…?」
「特別に作ったお守りです。あなたが必ず、ここに帰ってくることを祈って。どうか、お気を付けて」
ライルは、そのお守りに込められた優菜の気持ちと、見慣れない文字に、胸が熱くなるのを感じた。
優菜は、ライルの背中が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
ライルは振り返らず、力強く一歩を踏み出した。彼の心の中には、優菜の笑顔と、彼女を守るという強い決意だけがあった。
(俺は必ず戻ってくる。優菜と子供たちの笑顔を守るために、もっと大きな力が必要だ。早く任務を終わらせて、この街に帰ってくる)
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