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【高速家事スキル】を隠す少女は、食料難の孤児院を最強の料理で救う  作者: 紫陽花


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ライル視点

 ユウナとの出会いは、ライルにとって生涯忘れられない衝撃だった。


 それは、ユウナたちが貧民街の小屋に住んでいた頃。ライルはパーティメンバーと共に、市場で発生した盗難事件を追っているときだった。


 ライルが路地から大通りへ出たとき、彼らのメンバーであるアレンが、ユウナたちのいる大通りで盗賊を追いかけ、猛スピードでユウナの横を通り過ぎた。その際、アレンの腕がユウナの抱える小麦粉の袋に強くぶつかったのだ。


「あっ!」


 袋は破れ、白い小麦粉がユウナの全身と、周囲の地面に派手に舞い上がった。ユウナは、顔や髪にも粉をかぶり、呆然とその場に立ち尽くしていた。ルークとティナが慌てて駆け寄って心配そうにしていた。


 ユウナは粉まみれのまま首を横に振ろうとした。その時、ライルは深々と頭を下げた。


「すまない、アレンというパーティメンバーが、不注意で君に迷惑をかけた。彼に代わってお詫びする」


 ライルはそう言うと、静かにユウナの顔に付いた粉を拭おうと、手を差し伸べ、その少女を見つめた。


(なんて深く、引き込まれるような黒い瞳なんだ...)


 しかし、ライルの手が触れそうになったその時、ユウナは慌てて一歩下がり、自身の手で顔を覆った。


「だ、大丈夫です。ありがとうございます。すぐに片づけます」


 ユウナはそう言うと、地面に散らばった白い小麦粉の山と、破れた袋を見下ろした。


 一瞬の動作で、ユウナは抱えていた他の荷物の中から布切れと小さな袋を取り出し、破れた小麦粉袋の中身を素早くかき集めた。次に、自身の服や髪に付いた粉を、まるで魔法のように一瞬で払い落とし、周囲に舞い散っていた粉塵すらも、あっという間に掃き清めた。


 ユウナの動きは、彼がこれまで見てきた一流冒険者のスピードに匹敵する早さだった。ライルは、彼女のことを有名な冒険者あるいは、刺客ではないかと疑った。有名な冒険者なら、自分も知ってるはずだと思ったが、心当たりがなかった。まさか刺客ではと疑ったが、ユウナは何もなかったかのように、手の中の小麦粉袋を見てため息をついた。


「ただ家事が得意なだけです。だけどこの小麦粉は、ちょっと…」


 今まで小麦粉をかぶっていて気が付かなかったが、ユウナはこの世界では珍しい黒髪に黒目を持つ神秘的な女性だった。色白で目が大きく、健康的なピンクの頬をしているため、余計に黒髪と黒目が際立っていた。

 一瞬息を飲みそうになったが耐えた。



 ユウナとはこうして出会った。彼女の黒い瞳に宿る神秘的な光と、その裏にある不安定さが気になったが、この街にいればまたいずれ会えるだろうと思った。



 翌日、ルークがユウナからのお礼だとコロッケサンドイッチを冒険者組合に持ってきたときは驚いた。いろんな街に行ったが、どこでもこんな美味しいものを食べたことがなかった。


 そのあともユウナと会うことはなかったが、スタミナ保存食やパンを買うときにティナやルークから、ユウナについて話は聞いていた。


 すごく料理が上手なこと、自分より周りを優先していて、たまに心配になるなど...


 そんなユウナが作る料理は、いつも噂の的だった。たった1度しか会ってないのに、いつもユウナのことが気になっていたと思う。


 だからユウナが家を探していたときに出会ったのは、今でも運命だと思ってる。そのころには、ユウナ達の噂は街中に広まっていて、良い噂ばかりではなかった。危険な目にあっていなか心配していたため、自分の近くにユウナを置いておきたいと思い、すぐ隣の空き家を進めた。

 あの時、ユウナと会っていなかったらと思うと、今でもぞっとしてしまう。


 無事にユウナ達が隣に引っ越してきて、パンとスタミナ保存食を持って夕食に誘ってくれてた。これから隣人として守ろうと思っていた矢先だった。その日、冒険者組合にいくと緊急依頼を受けた。数日間、街から離れなければいけなくなってしまった。


 その日の夕食では、家族と楽しそうに笑っているユウナを見て、安心した。少しは周りから守ってやれているのだろうかと思った。しかし、すぐにユウナたちの傍を離れることになってしまったことが申し訳なかった。ユウナは気にしないでと言っていたが、俺たちの隣を進めたのにすぐ街を離れるなんて、なんてひどいことをしてしまったのかと思った。


 任務中、ユウナたちが心配で早く帰宅出来るようにいつも以上に頑張っていたと思う、そんな俺にパーティーメンバーの二人は何も言わず協力してくれた。恐らく、俺の感情の変化に気が付いていたんだろう。




 任務を終え、急いで帰宅したが、すでに日が落ちていた。明日、ユウナたちに戻ったことを伝えようと思っていたが、ユウナが夕食をもって訪ねてきてくれた。


 温かいシチューとパンは、任務で疲れ切っていた心と体を癒してくれた。


 だが、シチューで腹を満たした後も、ライルの胸のざわめきは収まらなかった。窓際のソファーで、ユウナと二人で交わした会話が、ライルの脳裏に何度も繰り返される。


「...私の持っている技術は、この世界にはないものが多いんです」


 ユウナはそう言った。彼女の料理が、保存食が、そして子供たちの生活基盤を築くその手腕が、この世界の常識を遥かに超えていることは、ライルも薄々感じていた。だが、ユウナの口からその事実を聞かされ、ライルは改めて決意を固める。


(彼女は、この街で家族のために尽くしているが、その特別な能力を理解し得る人間はいない。そして、その『異質な力』を脅威と見なす人間は、必ず現れる)


 ライルは、ゲオルグから聞いた、市場でユウナを威圧していた商人の姿を思い出していた。ユウナの商売は、もはや貧民街の露店の規模ではない。街の大きな商会が持つ既得権益に、真っ向から喧嘩を売っている。


「ユウナは、自分の力で子供たちを守ろうとしている。そのために、彼女は全ての重荷をたった一人で背負い込んでいる」


 ライルの脳裏に浮かぶのは、小さな体のどこにそんな力が潜んでいるのか、と驚くほど健気に働くユウナの姿だ。ルーク、エマ、ロディ、コリン、マヤ、ミリー。六人もの弟妹を養い、しかも自分より年上のティナも的確に導くユウナ。彼女の強さは、ライルの知るどの冒険者よりも、はるかに強靭な意志の上に成り立っていた。


(俺は、ユウナの盾になりたい)


 ライルは、ユウナを守ることを、自身の冒険者としての義務や役割を超えた、本能的な使命だと感じ始めていた。


 ユウナたちが家を探していた時、ライルは迷わず隣の空き家を勧め、ユウナを自らのすぐ隣に置いた。それは、彼女たちを近くで見守り、自らの庇護下に置くというライルの明確な意志だった。


 この導かれた隣人関係は、ライルにとって偶然などではない。これは運命だ。


 ライルは、シチューを食べながらリリアが漏らした言葉を思い出していた。


「あんなに温かくて、優しい味の料理、初めて食べたわ。ライル、あの子は…この世界にいるべきじゃないくらい、真っ直ぐで優しい魂を持っている」


 リリアは直感でユウナの抱える秘密の一端を感じ取っていたのだろう。


 ユウナは、自分の持つ力と、それが招くかもしれない危険に怯えながらも、誰にも弱みを見せず、ただひたむきに前へ進んでいる。


 ライルがユウナに伝えた言葉は、彼自身の偽らざる気持ちだった。何より、君と子供たちが安心して笑っていられる場所を、俺が守り抜きたいと、心から思っていた。 ユウナの存在は、ライルにとって単なる隣人ではない。彼女は、ライルが自分の強さを、そして生きる意味を再確認させてくれる、希望の光となっていた。


 ライルは立ち上がり、ユウナの家の窓を見上げた。灯りは消えている。ユウナも子供たちも、今は安心して眠っているだろう。


(心配するな、ユウナ。お前が心から笑える街にしてみせる。そのために、俺は、もっと強くなる)


 ライルは、夜の闇の中で強く決意した。ユウナが「守り手」としての役割を担うならば、自分は彼女と家族を狙う全ての悪意を打ち砕く「最強の盾」になる、と。


 この決意こそが、ライルが次なる長期依頼を引き受ける、決定的な動機となった。

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