街を覆う冷たい視線
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ライルたち『灰色の牙』が街を離れて数日が経った。優菜は彼らの不在を不安に思いながらも、子供たちと二人三脚で商売を続けていた。新しい家での生産体制は安定しており、デニッシュや各種サンドイッチは連日完売となっていた。
優菜たちが順調に売上を伸ばす一方で、市場の空気は優菜たちに対し、より冷たく、険しいものとなっていた。
優菜の露店から少し離れた場所に店を構える、老舗のパン屋の店主が、優菜たちを睨みつけながら悪態をついた。優菜のパンは、すでに貧民街の子供が作る「ちょっと変わった食べ物」というレベルではなく、街の既存の商売を脅かす大きな脅威となっていたのだ。
ある日の夕方、優菜がティナと共に露店を畳んでいると、一人のいかにも裕福そうな中年の商人が、二人の前に立ち塞がった。
「そこの娘。お前たちが最近、市場で騒がせているパン職人の子供たちだな」
優菜は警戒しつつ、静かに答えた。
「何か御用でしょうか」
「いいか。お前たちのやっていることは、我々、長年この街の食を支えてきた商会の権益を侵している。このまま好き勝手に商売を続けられると思うなよ」
商人は優菜に向かって、冷たい目で牽制した。
「お前たちのような後ろ盾のない子供が、金儲けを企むとどうなるか、よく考えておけ」
露骨な脅しだった。ティナは優菜よりも年上でしっかりしているが、それでも怒りに表情を硬くした。優菜はティナの腕をそっと握り、商人に頭を下げた。
「ご忠告ありがとうございます。ですが、私たちはただ、生きるために精一杯、美味しいものを作っているだけです」
商人は鼻で笑い、優菜たちを侮蔑する視線を残して去っていった。
優菜は、すぐに家に戻るようティナを急かした。いくら家が安全な場所になったと知っていても、敵意を向けられているという事実は優菜の胸を強く締め付けた。
その夜、夕食を終えた優菜は、子供たちが眠りについた後、自分が作った干し肉を一つ取り出し、静かに噛み締めた。自作の干し肉の、噛むほどに広がる確かな旨味と、少しピリッする香辛料が、優菜の不安を少し落ち着かせた。その時、微かな音と共に、隣の家から見慣れた声が聞こえてきた。
「ただいまー!腹減ったー!」
『灰色の牙』が依頼から帰ってきたのだ。
優菜は、飛び上がるほど安堵した。ライルたちが帰宅したことで、優菜の胸にのしかかっていた重い圧力が、一気に霧散した。
(本当に、彼らが隣にいてくれてよかった)
優菜は、ライル達のことを「最強の盾」としてとても頼っていることを痛感した。彼らの存在は、優菜にとって、心理的な安心をもたらせてくれる、何物にも代えがたい宝物だった。
優菜はすぐに作業場に戻り、ライルたちのための夜食の準備を始めた。長旅と戦闘で疲れているだろう彼らのために、優菜はこの世界では見られない白いシチューと、それに合うパンを焼き上げることにした。その熱意は、隣の家から聞こえてくる賑やかな声に呼応するように、高まっていった。




