新しい家探し
優菜は、子供たちに引っ越しを告げた翌日、ゲオルグの忠告を胸に、市場周辺で目立たず安全な家を探し始めた。
(私が持つ知識と技術を最大限に活かすためには、土台がしっかりした石造りであること、そして人目の少ない場所にあることが理想だわ)
市場に近いエリアを物色し、不動産屋の軒先で情報を眺めていた優菜は、一人の青年に声をかけられた。
「ユウナ?」
振り向くと、そこにいたのは、ライルだった。彼は優菜の顔を見るなり、驚きと喜びの表情を浮かべた。
「ライルさん、お久しぶりです。いつもルークやティナから話を聞いていました。たくさん購入してくださっているようで、ありがとうございます」
「ああ、そちらこそ。ルークのスタミナ保存食、うちのパーティで大人気だよ。助かってる」
ライルはそう言って笑ったが、優菜が不動産情報を手にしているのを見て、すぐに真剣な顔になった。
「ユウナは家を探しているのか?」
優菜は迷ったが、ゲオルグからの忠告を思い出し、ライルになら話してもいいかと考えた。
「実は、ええ。この一か月、おかげさまで商売が軌道に乗って、想像以上に売り上げがありました。でも、そのせいで少し目立ちすぎてしまっていて...。子供たちの安全のためにも、もっと市場に近くて安全な場所に引っ越したくて」
ライルは優菜の言葉に鋭く反応し、周囲を警戒するように一瞥した。
「なるほど、最近君達のことが噂になっていてね、良い噂も悪い噂も聞くから、気になっていたんだ。あれだけ美味しいものを作るなら、ユウナたちが狙われるのは時間の問題だと思っていたよ」
ライルは一度深く頷き、優菜の目を見て真剣に言った。
「実は、俺のパーティ『灰色の牙』が拠点にしている家の横に、少し前に空き家が出たんだ。かなり古い石造りの二階建てで、雨漏りもしているが、場所は最高だ」
「『灰色の牙』の隣ですか?」
優菜は思わず声を上げた。
「ああ。俺たち『灰色の牙』は、この街ではかなり名が知られている。俺たちの周辺で、下手に金目当ての連中が動いて手を出すことはないだろう。それに、たとえ相手が貴族筋の人間であろうと、面倒を避けて簡単には手出しはできない。ちょっと家が古いから、手直しは必要になるけど、ほかの場所より安全だと思う」
「でもそれだと、『灰色の牙』のみなさんにご迷惑をおかけすることになります。そこまで、してもらうわけには……」
ライルは優菜を優しい目で見つめた。あまりにも、優しいその瞳に、優菜は一瞬、胸が高鳴るのを感じた。
「そんなこと気にしなくていいんだ。ルークやティナにもお世話になっているし、君たちの料理のファンでもあるからね。これからも、美味しいものが食べれるなら、喜んで協力するよ。もし良ければ、すぐに不動産屋を紹介するよ。俺から話を通しておけば、家賃の交渉も少しは有利になるかもしれない」
優菜はライルの優しさ、そして心からの気遣いに感謝した。
「ライルさん...ありがとうございます。ぜひ、お願いします」
ライルと優菜は、そのまま不動産屋に行き、ライルが話を通してくれた。その古い石造りの家は、築年数が古く、中は埃まみれだったため、優菜は相場より安い賃料で契約を完了させた。
その日の夕方、優菜はみんなに新しい家を借りたことを伝えた。その場所は、『灰色の牙』の家の隣で、ほかの場所より安全で、いまより安心して暮らせること、ただし今はまだ家は掃除や修理が必要なため、引っ越しは明日の夕方になることを説明した。
翌日、優菜は市場で必要な材料や道具を手に入れ、ルークとティナには子供たちの面倒と、引っ越しをするためホウシの葉をできるだけ多く摘んでおくようにお願いし、新しい家へと向かった。
(子供たちを危険に晒すわけにはいかない。安全な家にしてから、引っ越すわ)
優菜は、家全体を見渡し、彼女が持てるすべての知識と【家事スキル】の力を注ぎ込む準備を始めた。彼女の魔力は、【家事スキル】によって扱う素材の性質を瞬時に理解し、効率的に加工することに特化している。
優菜は、まず家の中の構造を分析した。土台の石造りの頑丈さを利用し、外部からは気づかれないよう内部を強化する。彼女の【対人交渉ブラザー・マネジメント】スキルは、優菜が深く考えるまでもなく、子供たちの心をまとめ上げ、団結力を高めていたが、ここからは物理的な守りが必要だった。
優菜は家の構造を把握すると、まるで家を掃除するように修繕と改修し始めた。
ゴト、ゴト、というわずかな音とともに、家の中の空気が微かに揺れた。
優菜は、壁と床の内部に、外からは分からない二重構造の防御壁を生成していく。古い石材は強化され、防音・防臭性能を高めるよう加工された。
優菜は、キッチンの横の作業場を広くし、もし何かあったときのために子供たちを守る緊急シェルターを作った。
数時間後、優菜は力を使い果たしてその場に座り込んだが、顔には深い安堵感が浮かんでいた。
外見は古いままの石造りの家。しかし、その隣には頼れる『灰色の牙』という盾があり、内部には、知識と技術で築かれた秘密の要塞が完成していた。優菜は、安全になった新しい家に、子供たちを迎えに急いだ。
そして彼女の心の中には、危険な状況の中で手を差し伸べてくれたライルへの、特別な感情が芽生え始めていた。
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