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急速な成長と、街のざわめき

市場でゲオルグに香辛料と薬草学について学んだ優菜とティナは、家への帰路についた。


この日を境に、彼らの生活は急速に変化していった。




一か月が経過した。




優菜の黄金の甘いパンは、その美味しさと手頃な価格で瞬く間に市場で人気を博し、毎日午前のうちに完売した。ルークのスタミナ保存食も同様だ。日雇い労働者や冒険者の間で噂が広がり、食べると疲れにくくなり、味も今までの干し肉と違い美味しいと評判になった。連日、ルークのもとへ保存食を求める客が列をなした。


優菜は会わなかったが、その中には「灰色の牙」のメンバーも含まれていた。彼らはルークの保存食と、優菜のパンを買い、その美味しさに舌を巻いていた。


優菜も不定期でティナと一緒に市場へ出かけ、コロッケサンドイッチやシナモンロール、そして大人向けの干し肉を販売した。そして、それらはすべて、この世界の食の常識を覆すほど圧倒的で、人々の心を掴んで離さない「至高の味」だった。食べた者により噂にはなるが、不定期に販売されることから、幻の食べ物としてさらに価値を高めていった。


この一か月の稼ぎは、優菜たちが予想していた額を遥かに超えていた。貯まった銀貨と金貨は、家の床下に掘った小さな穴の中に、優菜によって厳重に保管された。食料も衣服も整い、飢えていたときとは違い、子供たちの痩せこけた頬もふっくらとしてきた。希望に満ちた輝きが、彼らの顔に増し、常に家の中には、みんなの笑顔が絶えなかった。



優菜とティナが市場でパンの販売を終え、ゲオルグの店で勉強をしていた時のことだった。


「ティナ、この『ミストリーフ』はな、見た目が似た毒草があるんだ。よく匂いを嗅ぎ、葉の形を覚えるんだ」


ゲオルグは思ってた以上にティナよくしてくれた。


優菜が新しいスパイスの仕入れについて尋ねると、ゲオルグは少し声を潜めた。


「ユウナ。少し、気になることがある」


「何かあったんですか、ゲオルグさん?」


ゲオルグはカウンターに身を乗り出し、低い声で言った。


「あんた達、目立ちすぎている。特にこの一か月はな」


「やっぱり…」


優菜は静かに頷いた。


ゲオルグは、懐から取り出した優菜が作った干し肉を一口噛み締めた。肉の旨味の後に、ピリッとした刺激がゲオルグの舌を襲った。


「これだよ、この保存食だ。噛むたびに肉の旨味が溢れ出てきて、後からくるこのピリッとした辛さ……。こいつは、並の酒のつまみじゃねぇ、嗜好品だ。それにルークのスタミナ保存食も、手軽で美味しく、従来の保存食を扱う商人の利益を食っている」


ゲオルグは優菜に保存食を突き付けた。


「それにあんたのパンは、高級な菓子を扱う富豪の店にまで影響を与え始めている。そして何より、金貨級の売上を上げているのが、後ろ盾のない貧民街の子供たちだ」


ゲオルグは優菜の目を見て続けた。


「この街には、他人の稼ぎを黙って見過ごすような連中がたくさんいる。彼らはもう、あんたたちを『儲かる獲物』と見始めているだろう。ティナやルークが外で商売をするとき、変な奴に声をかけられても絶対に秘密は喋るな。特に、職人として雇ってやるだとか、甘い話には絶対に乗るなよ」


ティナは隣でその話を聞き、顔を青ざめさせた。以前、執事に嘘をついた時の不安が蘇ったからだ。優菜は、ティナの手をそっと握り、ゲオルグに深く礼を言った。


「忠告、ありがとうございます。気をつけます」




その日の夜、子供たちが寝静まった後、優菜は火の傍で一人、考えを巡らせていた。


(ゲオルグさんの言う通り、今のこの状況は危険だ。ルークもティナも外で活動している。このままでは、いつ何が起こってもおかしくない。市場と家が離れているから、その往復も狙われやすい)


優菜たちが現在住んでいる貧民街の家は、市場から遠く離れており、往復には多くの時間と労力がかかる。ルークもティナも幼く、疲労は蓄積する一方だ。


(子供たちの安全、時間の効率。全てを考えれば、ここに留まるのは得策ではない)


優菜は決意した。


「そうね。引っ越しましょう」



翌朝、優菜は子供たち全員を集め、真剣な顔で言った。


「みんな、相談があるわ。この一か月、みんなが頑張ってくれたおかげで、私たちには十分なお金が貯まった。そこで、引っ越しをしたいと思うの」


ルークとティナは驚いて目を見開いた。


「引っ越し?どこへ?」


ルークが尋ねた。


「この家は、市場から遠すぎる。毎日の往復に時間をかけすぎるのはもったいないし、危ないわ。だから、市場の近くに家を借りようと思うの。そうすれば、すぐに販売に行けるし、帰って来れる。みんなで一緒に、もっと安全で、もっと便利な場所に住みましょう。それに、ここはホウシの葉がたくさんあるから、定期的に帰ってきてみんなでホウシの葉を摘めば、ここを離れても寂しくないでしょ。」


子供たちは一瞬、慣れ親しんだ家を離れることに戸惑ったが、ここに戻ってこれると知ると、すぐに新しい生活への期待に胸を膨らませた。


「やったー!優菜のパンがもっとたくさん売れるね!」

「新しいおうちのために、もっとお手伝い頑張るね!」


子供たちの笑顔を見て、優菜の決意は固まった。


(家を借りるなら、市場に近く、目立ちすぎない、【家事スキル】の応用で、内部を効率的かつ安全に作り変えるわ)


こうして、家探しが始まるのだった。

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