香辛料と薬草学
優菜とティナは、市場の中央にあるゲオルグの店へと向かった。
「ゲオルグさん、こんにちは」
優菜が挨拶すると、ゲオルグはカウンターから顔を上げた。
「おや、ユウナとティナ。二人とも良い顔をしているな。何か良いことがあったようじゃねぇか」
ゲオルグは穏やかに笑った。
優菜は銀貨の一件を話し、ゲオルグは目を丸くして驚いた。
「へぇ、金貨の申し出を断り、銀貨一枚で売ったんだ。賢明な判断だ。欲を出さず、相手に恩を売る。商売の基本だよ」
優菜は、ゲオルグに今日の昼食のコロッケサンドイッチと、特別に包んだシナモンロールを渡した。
「これは、いつもお世話になっているお礼です」
「おや、こいつはありがたい」
ゲオルグはコロッケサンドイッチを一目見て、
「これは?なんか挟まってるな」
「これは、コロッケです。ソースにここで購入した香辛料を使ってますよ」
「コロッケ?冒険者組合の方で騒ぎになっていた、食い物だな」
と言った。優菜の表情が曇った。
「ルークに頼んでライルさんにコロッケサンドイッチを渡すようにお願いしたんです。騒ぎ…って、大丈夫だったでしょうか?ルークは何か問題に巻き込まれていませんか?」
ゲオルグは優菜の心配を察し、大らかに笑った。
「ああ、心配はいらねぇよ。ルークが何かやらかしたわけじゃねぇ。ただ、あんたが作ったサンドイッチがあまりにも美味そうな匂いをさせたもんだからな。『あの、上等なサンドイッチはどこに売ってるんだ?』って、冒険者たちが組合の中で噂になっていただけさ」
優菜はホッと胸を撫で下ろした。
ゲオルグはサンドイッチを一つ手に取り、その場で大きく噛り付いた。そして、ライルと同じように感嘆の声を上げた。
「なんだ、この味は!具材の揚げ物と、このパン、そしてこのソースの複雑な風味!これは、俺の知るどんな食いもんとも違う…!本当に、あんたはどこから来たんだ?」
優菜は
「秘密です」
と笑ってごまかした。
「あ、ゲオルグさん、香辛料をたっぷり使って、大人向けの干し肉を作ったのですが、感想を教えてくれませんか?お酒のつまみとしてどうかなと思ってるのですが、私はお酒が飲めないので」
優菜は昨夜作った大人向けの干し肉をゲオルグに渡した。
「噛むたびに肉の旨味が溢れ出てきて、後からくるこのピリッとした辛さ……。こいつは、並の酒のつまみじゃねぇ、嗜好品だ。これなら銀貨一枚、いや二枚でも買うな」
優菜が思っているよりも、ゲオルグが評価してくれたことに、優菜は嬉しくなった。
「販売については、これから考えようと思います。香辛料をたっぷり使っているので、そのときはゲオルグさんにも相談しますね」
「ああ、わかった。それでその干し肉、残りがあったら売ってくれないか?今日の酒のつまみにしたいんだが」
優菜はクスッと笑い、これは差し上げます。と包みを一つ渡した。
ゲオルグが包みを受け取り喜んでいると、優菜はティナを前に押し出した。
「ゲオルグさん。実は、このティナのことなのですが、これからは市場での仕入れ役も任せたいと思っています。そのため、ティナに香辛料の知識を教えていただけないでしょうか。」
ゲオルグはティナを見て、優しく微笑んだ。
「なるほど、仕入れ役か。それは大事な役割だ。もちろん、喜んで教えよう。だが、ユウナ。香辛料と薬草は、この世界じゃ深い繋がりがある。ティナにも、仕入れ役として、香辛料を薬草学的な視点からも学ばせる方が、より安全で確実な仕入れができると思うが、どうだ?」
優菜はゲオルグの提案に、すぐに同意した。
「はい、お願いします!ぜひ、ティナに薬草学も教えてあげてください」
ゲオルグはカウンターにいくつかの乾燥したハーブを並べた。
「ティナ、薬草学の知識は、この世界じゃ命を救う技能だ。そして、香辛料の知識は、人々の心を満たす魔法だ」
「はい!」
ティナは背筋を伸ばし、力強く頷いた。
ゲオルグは、一つ一つのハーブの名前、効能、そして危険性をティナに教え始めた。
「ティナ、これが『ミストリーフ』だ。頭痛に効く薬草だが、使い方を間違えれば胃を荒らす。そして、こっちは『サン・スパイス』。料理に使えば身体を温めるが、多すぎると熱病のような状態になる。ユウナの使うシナモンは、その中でも最も安全性が高い部類だが…」
ティナは優菜が作ってくれた新しい服の袖で必死にメモを取り、一つも見逃すまいと集中した。
その間、優菜は店の隅で静かにハーブや薬草を観察していた。彼女の【高速家事スキル】が、ゲオルグの説明と、目の前のハーブの情報を結びつけていく。
(ミストリーフは、地球のセイヨウオトギリソウに似た成分構造。サン・スパイスは生姜と唐辛子の成分の複合型…この世界にも、地球の薬草やスパイスに対応する成分を持つ植物が存在するのね)
優菜のスキルは、この世界のハーブの危険性と有効性を瞬時に解析し、レシピの改良や、新たな料理への応用方法を次々と脳内に構築していった。ティナがゲオルグの話を真剣聞いている様子をみて、ティナもまた家族のために新しい一歩を踏み出したのだなと感じた。
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