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執事とシナモンロール

ルークが冒険者組合で任務を果たしている頃、優菜とティナは市場へ向かっていた。


「ティナさん」


人通りの少ない道で、優菜がティナの服の袖を引いた。


「ティナさんじゃなくて、ティナって呼んでもいいかな?」


ティナの目が大きく見開かれた。


「もちろんよ!優菜!!」


ティナは笑顔で、ティナもまた今まで「優菜さん」だったのを「優菜」に変えた。


「私も優菜って変えるタイミングが難しくて、ずっと優菜って呼びたかったの。だって、そのほうが家族っぽいでしょ!」


そうティナが言うと、優菜とティナは顔を合わせて、嬉しそうに笑った。


だけど、ティナは急に少し沈黙した後、不安げに優菜を見つめた。


「優菜…、実はね、いつもパンを買いに来てくれる執事さんに、『この美味しいパンを作ってる職人さんを教えてくれないか』って聞かれたことがあったの」


優菜は黙って先を促した。


「その時…、『病気でこれない』って嘘をついちゃったの。」


ティナは新しいワンピースの裾を握りしめた。


「だって、優菜がもし貴族に連れていかれて、もう会えなくなったらって思ったら、怖くて言えなかったの…」


優菜はティナの、目を見つめた。


「ティナ、心配しなくて大丈夫。あそこが私の家よ。もうどこにも行かないわ」


ティナは優菜の言葉に安堵したように、ぎゅっと優菜のローブを握りしめた。



二人が貴族街の入り口に到着すると、ティナはパンを陳列する準備を始めた。しばらくして、見慣れた人物が近づいてくるのが見えた。いつも黄金のパンを購入してくれる、身なりの良い執事だ。


「ティナ嬢、おはようございます。今日も美味しそうな匂いですね」


執事はいつものように優雅な挨拶をしたが、すぐに優菜の存在に気づき、わずかに眉を上げた。


ティナは少し緊張した面持ちで、優菜の前に立ち、胸を張って言った。


「執事さん、おはようございます!ご紹介します。この人は私の妹の優菜です。優菜が、このパンを作っています!」


執事は驚きを隠せない様子で、優菜とティナを見比べた。


「なんと…!この極上のパンを、このような幼い方が作られていたとは…!」


執事は優菜が病人のようには見えず、


「失礼ながら、以前のお話と随分と違いますが…」


と尋ねた。


「ええ、少し事情がありまして」


と優菜が微笑んだ。


優菜が思ったより子供であったことや元気なことも気にはなったが、それよりも気になることがあった。さきほどから、いつものパンとは違う甘い香りが漂っていた。


「それにしても、今日はいつもの黄金の甘いパンの香りだけでなく、何とも魅惑的な別の香りが混ざっていますね。これは一体…?」


優菜は、取り分けていたシナモンロールの包みを手に取った。


「いつもパンを買ってくださってありがとうございます。こちらは、お礼の品です。どうぞ」


優菜がシナモンロールを一つ手渡すと、その甘くスパイシーな香りに執事は耐えきれなかった。彼は周りを気にすることなく、その場で丁寧に包みを解き、パンをちぎって一口食べた。


その瞬間、執事の顔つきが変わった。


「っ…!何という芳醇な香り…!この甘さは…これはパンなのか、それとも菓子スイーツと呼ぶべきものなのか…!」


執事は優菜に真剣な眼差しを向けた。


「優菜嬢、もし他にもあれば、ぜひお売りいただけないでしょうか!奥様にも、是非この味を…!」


「申し訳ございません。こちらは他の人へのお土産用で、五つしかないんです」


優菜はきっぱりと断った。


しかし、執事も引かない。


「お願いします!どうか奥様の分として、一つだけでも譲っていただけないでしょうか!お願いです!」


執事はついに財布を取り出した。


「わかりました!これを金貨一枚で買い取らせていただけないでしょうか!どうか!」


優菜は執事の熱意に驚きながらも、金貨を受け取るわけにはいかないと考えた。


「金貨一枚は多すぎます。では、一つだけですよ。銀貨一枚で結構です」


優菜は残りのシナモンロールの中から一つを包み直し、銀貨一枚と引き換えに執事に渡した。



銀貨一枚という高値でシナモンロールが売れた事実は、二人に大きな自信を与えた。特にティナは、優菜の作った黄金の甘いパンに続いて、シナモンロールも貴族に認めてもらえる味だということに、強い喜びを感じていた。


「すごいよ、優菜!銀貨一枚だよ!普通のパンが何個買えるか…」


ティナは興奮気味に言った。


「運が良かっただけよ。それに、パンが美味しいのはティナがいつも販売してくれて、お客さんの声を教えてくれるおかげよ」


優菜は笑顔で答えたが、その表情には静かな決意が宿っていた。


(この街の富裕層にも、私のパンが受け入れられる。これは大きな一歩だ)


優菜の目的は、単にパンを売ることではなく、子供たちが生きるための「足場」を固めること。質の高い商品を生み出し、適正な価格で販売する実績は、自分たちの将来的な信用につながると感じていた。

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