コロッケと初めてのデザート
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今日もお楽しみいただけると嬉しいです。
優菜は子どもたちが新しい服に喜んでいる姿を見届けた後、キッチンに向かった。外は既に夕闇に包まれていたが、優菜は疲れを見せず、そのまま調理に取り掛かろうとしていた。
エプロンを締めながら、優菜は楽しそうにしている子どもたちに笑顔を向けた。
「みんな、今日の夕食は期待しててね。ちょっと特別なものを作るから!」
その言葉に、子どもたちは興奮した表情でキッチンを覗き込む。
優菜は、高速家事スキルを発動した。その動きは、見る者すべてが目を疑うほどのスピードだ。
優菜は、みずみずしいトマトと、少しの白い塩、そして、こっそり購入した香辛料を贅沢に使って、一瞬でトマトスープを作った。深い赤色のスープからは豊かな香りが立ち上り、鍋の中で静かに熱気を保っていた。
次に市場で買ってきたジャガイモを潰し、オークの肉を丁寧に挽いたものと混ぜ合わせてコロッケのタネを作る。タネを丸めたら、小麦粉、溶き卵、パン粉をまぶして丸く成形したコロッケを大量に揚げ始めた。同時に、さきほど高速家事スキルでこねておいたシナモンロールの生地をオーブンに入れ、焼き始めた。
コロッケが揚がると冷めないうちに、次にソース作りに取り掛かった。
優菜は【完全献立作成】のスキルを起動した。目指すのは、この世界にない「ソース」の味。優菜は、残りの香辛料、白い塩、そして砂糖や酢に近い調味料を組み合わせ、理想の味を脳内で構築していく。
一瞬のひらめきと共に、優菜は数種類の香辛料を混ぜ、わずかな発酵調味料を加えて、複雑な風味を持つ濃い色の特製ソースを完成させた。
さらに、優菜は別の器で、卵黄と油、酸味を乳化させて滑らかな黄色のソースを作り、また別の器で、煮詰めたトマトに甘味と香辛料を加えた赤いソースも同時に完成させた。彼女のスキルは、この世界には存在しない三種類の高度な調味料を、一瞬にして生み出した。
熱々のトマトスープと揚げたてのコロッケが食卓に並べられるまで、全てが一瞬の出来事だったが、どの料理も完璧に仕上がっていた。
優菜は、完成した料理を見て目を輝かせている子どもたちに向き直り、
「さあ、みんな、お待たせ!今日の夕食は、特別なディナーだよ!」
と、ようやくその言葉を口にした。
「うわあ、いい匂い!すごい、本当に豪華だ!」
とルークが声を上げた。
今日の食卓は、豊かな香りと色で溢れていた。子どもたちの目は、皿に盛られた料理に釘付けになる。
優菜は、ひとりひとりの皿にスープとコロッケをよそい、特製の濃いソース、黄色いソース、赤いソースを中央に置いた。
優菜は明るく言った。
「この丸いのは『コロッケ』っていうの。さあ、冷めないうちにどうぞ!この3種類のソースをつけて食べてみてね。特に、黄色のソースと赤色のソースは混ぜても美味しいよ!」
子どもたちは我先にとスプーンやフォークを手に取り、熱い料理を口に運んだ。
「うん!美味しい!いつものスープと全然違う!コロッケもサクサクしてるのに中はホクホクだね!」
とエマが飛び跳ねて喜んだ。
ルークはコロッケに優菜特製の濃い調味料をかけ、口に運んだ。
「これ、すごい!甘くて、ちょっと酸っぱいけど、お肉の味がすっごく濃くなる!」
優菜は、皆が笑顔で食事を楽しむ姿を見て、心の底から嬉しくなった。
食事の最後、優菜がテーブルに持ってきたのは、渦巻き状に巻かれた焼き立ての甘いシナモンロールだった。パン生地の焼けた香りと、甘くエキゾチックなシナモンの香りが部屋中に広がる。
子どもたちは目を丸くし、これが食べ物だとはすぐに理解できなかった。彼らが口にしたことのある甘いものは、熟しすぎた果物か、たまにもらえるスプーン1杯にも満たない蜂蜜程度だ。
「これはデザートだよ。熱いから気をつけて、一口食べてみて」
ティナが恐る恐る小さな一切れを口に運ぶと、その顔が驚きに固まった後、みるみるうちに幸せに染まっていった。
「...あ、あまい。あったかくて、ふわふわで...!こんなの、食べたことない!」
マヤとミリーは、初めて感じる甘さと香りに、言葉を失って目を輝かせた。ルークは、感極まったように静かに目を閉じ、この上ない幸福を噛みしめるようにゆっくりと味わった。
食事が終わり、優菜が片付けを終えると、子どもたちはそれぞれに寝支度を始めた。皆、満腹と、新しい服への期待で興奮しているようだ。
優菜は、部屋の隅で翌日の準備をしているルークにそっと声をかけた。
「ルーク、ちょっとこっちに来てくれるかな?まだ皆には内緒だけど、すごく大事な、保存食の作り方をこっそり教えたいんだ」
ルークは、優菜の「大事な」という言葉に真剣な表情になり、すぐに優菜のそばに来た。
優菜は今日買った肉をいくらか取り出し、ルークに教え始めた。
「保存食、つまり干し肉は、旅に出る時や非常時にすごく重要だよ。だけど売ってる干し肉は、そんなに美味しいものじゃなかったよね。でもスタミナ保存所は違うよ。旅にでたときでも美味しいものを食べれるように、いつでも美味しいものが食べれるように、そんな気持ちをこめて作ろうね。今日は私が作ってるスタミナ保存食より、もっと味が染み込んで美味しい、ルークにぴったりの方法を教えるね」
優菜が教える方法は、購入した肉の塊を薄くスライスし、塩や香辛料に加え、ニンニクとショウガのすりおろしなどで下味をしっかりつけた後、低温のオーブンでじっくり焼いて乾燥させるという製法だった。優菜が「高速家事スキル」で短時間で乾燥させることもできるが、優菜のスキルだけに頼りすぎてしまわないように、もし優菜がいなくなっても、この家族が食料で困ることがないように、ルークには干し肉の作り方を覚えてもらいたいと思ったからだ。
「この方法だと、肉の旨みが逃げにくくなるんだ。焦げ付かないように、温度管理が大切だよ」
優菜はそう教えながら、自分用に別の肉片を取り出した。
「私はね、こっちでちょっと大人向けの保存食を試作してみるね。新しい香辛料も手に入れたから、ちょっとパンチを効かせてみるんだ」
優菜は、購入した上質な海塩と、ゲオルグの店で買った香辛料を贅沢に使って、自分用の干し肉に下味をつけ始めた。それは、前世のビールのおつまみを彷彿とさせる、ピリッと辛くて香りが強い、まさに大人向けのジャーキーの試作だった。
ルークは優菜から教わった方法で、真剣な眼差しで肉に下味をつけ、オーブンに運び入れた。初めて任された、本格的な保存食づくりに、ルークの顔には責任感と誇りが浮かんでいた。
優菜はルークの作業を確認しながら、自分用の試作干し肉にさらに香辛料を擦り込んだ。彼女の作る大人の味は、ルークたちが口にするにはまだ刺激が強すぎるものだ。
「ふう。これは子どもたちには刺激が強すぎるな。私がしんどくなった時、こっそり食べて、もうひと頑張りするためのものだ」
優菜は、オーブンに入れた肉を見つめながら、これから先、この家族の未来を守るためには、優菜がすべてをやってあげることより、この世界で子どもたちが自立できるように出来ることを増やしてあげることが大切だと考えていた。
「ルーク残りは明日の朝で大丈夫だよ」
ルークは首を横に振った。
「ううん、優菜お姉ちゃん。これは僕の仕事だし、今日は最後まで作りたいんだ。僕もみんなを守りたいんだ」
自分より、小さな子供が家族を守ろうと必死な姿に優菜は心が震えた。
その夜は、スタミナ保存食が作り終わるまでルークを見守りつつ、優菜は洋服を作った残りの生地で高速家事スキルを使い小物を作っていった。そんな二人はまるで本当の姉弟のようだった。