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初めての市場とハーブ商人

孤児院を出て、優菜、ティナ、ルーク、そして好奇心旺盛なエマとコリンの5人は、賑やかな市場へと向かった。他の子どもたちは、優菜から渡された銅貨5枚を手に、孤児院で休みを満喫することにした。



「わあ、すごい人!」


エマは興奮した声を上げた。孤児院から近い庶民向けの市場は、平日にもかかわらず人で溢れかえっていた。生活必需品から食料品、怪しげな薬草まで、ありとあらゆるものが所狭しと並べられている。


優菜はエマとコリンを決して迷子にさせないよう、しっかりと手を繋いだ。


「今日はお仕事じゃなくて、楽しいお買い物だよ!まずはみんな、自分の好きなものを探しに行こう!」


優菜はまず全員を連れて、市場の外れの古着屋へと向かった。


目を輝かせるコリンとエマに、優菜は「着やすくて、汚れても目立たないもの」を基準に、丈夫な生地の服を選ばせた。


コリンとエマの服を選び終えて、代金を支払うと、優菜はみんなに銅貨5枚を渡した。


「ルーク、ティナさん。いつも頑張ってくれて本当にありがとう!この銅貨で、美味しいものでも買って食べてね!」


ルークは感動しきりだった。


「ありがとう、優菜姉ちゃん!」


ティナはすぐに自分の銅貨を握りしめ、


「優菜さん、私も干し肉に合いそうなハーブ探しを手伝うわ!」


と優菜を手伝うと申し出た。


優菜は微笑んで、ティナの手を両手で包み込んだ。


「ありがとうございます、ティナさん。でも、今日はティナさんの大切なお休みです。私の用事は私に任せて、お買い物を楽しんでください。少ないですが、自分へのご褒美と思って、美味しいものを食べたり、小物を買ったりするのもいいですね。ティナさんが自分のために使わないと、子どもたちも遠慮して好きなものが買えなくなってしまいますよ」


今まで自分の買いたいものも我慢し子供優先で節約してきたティナには、銅貨5枚でも自分のために使うということは、すごく贅沢をしているような気がして遠慮してしまっていた。前世で優菜もそうだったようにティナのそんな気持ちがよくわかった。


「私も香辛料だけじゃなく、自分の好きなものを買ってくるよ。ティナさんが何を買うのか楽しみだな!」


と優菜は明るくティマに笑ってみせた。


優菜は、市場の奥のほうまで香辛料を見に行くといい、ルークとティナにコリンとエマの二人の見守りをお願いした。


「じゃあ、二時間後くらいにここで待ち合わせしましょう」


と言って、市場の奥深くへと進んでいった。目指すは、干し肉に使う香辛料と、パンの品質を改善するための情報だ。


市場の雑多な匂いの中に、強く、それでいて心地よい香りを放つ一角があった。そこには、背の高い棚に乾燥した様々なハーブや木の実、粉状の香辛料が並べられている。


優菜は棚の前で立ち止まり、その品質の高さに目を細めた。この店のハーブは、他の店のものと比べて乾燥が均一で、保存状態が非常に良い。適切な知識を持った商人がいる証拠だった。


店番をしていたのは、年の頃は三十代半ば、引き締まった体躯に、鋭い目つきをした男性だった。彼は優菜を一瞥すると、すぐに商売熱心な顔になった。


「お嬢ちゃん、ここは素人が首を突っ込む場所じゃねぇ。うちの香辛料は『本物の質』で勝負してんだ。遊びで商売の邪魔をすんな」


優菜は臆することなく、男性に尋ねた。


「あの...失礼します。この乾燥葉、葉の厚みが均一で、強い風味がありますね。そして、この乾燥のさせ方...強い日差しを避け、夜間の冷気を利用しているように見えますが、これなら品質が長く保てるはずです。これほどの管理は、なかなかできません」


男性商人は、優菜の言葉に目を見張った。彼は驚きと警戒の表情を浮かべた。


「...なんで、ガキがそんなことを知っている?まさか、この乾燥法を言い当てた奴は初めてだぞ」


優菜は懐から丁寧に包んだ干し肉の試作品を取り出し、カウンターに置いた。


「私たちは、この干し肉をスタミナ保存食として売っています。ただの干し肉とは違って、改良しているので味には自信があるのですが、もっと美味しくするために香辛料を探してました。よかったら一度、試食してご意見をもらえませんか?」


男性商人は鼻を鳴らし、しぶしぶといった様子で干し肉の切れ端を一つ手に取った。しかし、一口噛みしめた瞬間、その表情は一変した。


「…なんだ、こりゃ?」


干し肉は塩気が強すぎず、噛むほどに肉の旨みが広がり、わずかに香る薬草と、食欲をそそるニンニクの風味が後を引く。素朴な見た目に反し、保存食としては破格の味だった。


優菜は、驚きに目を見開いた商人に向かって、静かに続けた。


「あなたの香辛料の取り扱い方をみたら、香辛料の知識が豊富なことがわかります。よければ、この干し肉にあいそうな香辛料をお勧めしてくれませんか。きっとあなたのお店の本当の価値は、この豊富な在庫ではなく、あなたの自身の知識にあると私は思います。」


男性商人は、カウンターの干し肉と、静かに自分を見つめる優菜を交互に見た。幼い少女の瞳の奥には、彼が長年抱いてきた商売の信念——『知識こそが最大の価値である』——を正確に見抜いた、鋭い光があった。その真剣さと交渉の深さは、彼のこれまでの人生で出会った、どのベテラン商人にも引けを取らないものだった。

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