未来への準備と、はじめてのお休み
翌朝、孤児院は久しぶりに静かだった。
いつもなら朝一番のパンの仕込みで優菜がバタバタと動き、ルークとティナが販売の準備に駆け回る時間だが、今日は違う。優菜の提案で、全員がお休みとなっていた。
しかし、優菜は静かに朝食の準備をしていた。孤児院の規則で、朝食だけは誰が休みだろうと皆で食べる習慣がある。今日の朝食は、贅沢にたっぷりの干し肉を煮込んだスープと、少し形が崩れて商品にならなかった「不良品」のパンだ。
スープができるころには、みんな起きてリビングに集まっていた。その中で、ルークは朝食のテーブルにつきながら、どこか落ち着かない様子だった。
「優菜姉ちゃん、本当に今日はお休みでいいの?市場に行かなくて大丈夫?」
「大丈夫よ、ルーク。パンの品質を維持するためには、無理に毎日作るのをやめるの。それにね、毎日働くだけじゃ、良いアイデアも浮かばないし、体も壊しちゃう。しっかり休んで、体と頭を休ませるのも大事な仕事なのよ」
優菜はそう言って、ルークのボウルに温かいスープを注いだ。
「休むことで得られるもの?」
ルークは首をかしげた。
「そう。例えば、明後日からの販売作戦を成功させるには、新しい材料や便利な道具が必要になるでしょう?今日は市場へ行って、『買い物』をする日にするわ」
ティナも興味深そうに耳を傾けた。
「買い物ですか?優菜さん、何か欲しいものがあるんですか?」
「うん、いくつかね。特に、干し肉の品質をさらに上げるためのものを探したいの。それと、みんなの服も新しくしたいと思っているの」
優菜は皆を見渡して、明るい声で尋ねた。
「せっかくのお休みだし、市場には美味しい食べ物や面白いものがたくさんあるわ。もちろん、ゆっくり家で休むのもいいけれど...」
「私と一緒に市場へ『買い物』に行きたい人はいる?みんなの新しい服を選ぶのも手伝ってくれると嬉しいな!」
子どもたちは、自分たちが着ているボロ布同然の服と、優菜の傍らに置かれたまとまった銀貨を交互に見つめた。自分たちで稼いだお金で、新しい服を買える。その事実は、彼らにとって何よりも現実的な希望だった。
朝食後、昨日の売上を前にして説明を始めた。
「昨日までに貯まったお金は、銀貨にして合計47枚。このお金は、パンと干し肉の安定供給のために使うのが一番だけど、もちろん、みんなのお買い物にも使うわ。今日は、みんなの頑張りのお祝いとして、一人に銅貨5枚を渡すから、自由にお買い物を楽しんでね。その上で、私は資材や香辛料について、市場で情報収集をするわよ」
優菜が次に触れたのは干し肉の品質だった。
「干し肉は美味しいけれど、このままじゃ単なる乾燥肉よ。もっと風味を良くし、保存性を高めるために、乾燥したハーブや特別な香辛料を加えたいの。これで『孤児院特製スタミナ保存食』としての価値を確固たるものにするわ」
優菜の目の前には、この世界では誰も理解できないであろう、孤児院の将来を見通した綿密な計画が広げられていた。それは、異世界に転生した優菜が、この世界で確固たる生活の基盤を築くための設計図だった。
「さあ、みんな!市場に行って、お買い物を楽しみましょう!」
優菜に導かれ、子どもたちは初めて、仕事のためではなく、「買い物を楽しむ」ために市場へと向かうのだった。