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貴族街での評判と懸念

次の日、孤児院の朝は慌ただしかった。しかし、その喧騒の中、優菜だけは驚くほど冷静に、流れるような動作で作業を進めていた。


パン生地を次々と型に入れ、古い窯の火加減を調整しつつ、その隣では大量の肉を素早く捌いて塩漬けにする。優菜は、自身の持つ高速家事スキルを駆使し、36個のパンを焼き上げると同時に、昨日の干し肉販売に確かな手ごたえを感じ、昨日より遥かに多い干し肉を準備していった。


優菜が用意した36個のパンは、昨日にも増して早く完売した。特に、昨日18個購入した執事が、今日は20個も買っていってくれたため、午前中のうちに全て売り切れ、ティナとルークは二人とも興奮気味に孤児院へ戻ってきた。


「優菜さん、聞いて!パン、今日もあっという間に全部売れたわ!特に奥様たちが『このパンは香りがとても良くて最高だわ』って褒めてくれたわ!はい、今日の売り上げの銀貨36枚よ!」


ティナの報告が終わると、ルークもティナと同じくらい興奮して、持っていた干し肉の売り上げ袋を差し出した。


「優菜姉ちゃん!干し肉も大成功だよ!干し肉を増やした分、今日は銀貨10枚になったんだ!みんな『美味くて腹持ちが良い』って!」


優菜は、差し出された銀貨と干し肉の売り上げ袋をしっかりと受け取り、心から微笑んだ。


「ありがとう、二人とも!本当に大成功ね!みんなの頑張りのおかげよ!」


しかし、優菜の晴れやかな笑顔はすぐに影を潜めた。 彼女は売上報告の裏にある、ある懸念を抱いていたのだ。


優菜は朝焼いたパンの中から、販売に出さず「不良品」として分けておいたパンを見せた。それは、焼き色が薄く、少し形が崩れたパンだった。


「この古い窯の温度にムラがあるせいで、パンに焼きムラが出てしまうの。今日36個売れたけれど、もし品質が一定でなかったら、貴族の方たちはすぐに買いに来なくなってしまう。一度失った信頼は、二度と取り戻せないものよ」


優菜は、地球で見た色々なことを思い出していた。「高いパンを一度でも美味しくないと思われたら、もう二度と買ってくれないから、絶対に味をブレさせちゃだめだ」と心の中で強く思っていた。


「窯を増やすまでは、この古い窯でたくさんのパンの品質を同じにするのは、ちょっと難しいの。だから、無理に数を増やして、せっかくの評判を落とすのはやめるわ。その代わりに、干し肉の保存食をもう少し多く作ることにするね」



優菜が次に目をつけたのは、市場だった。


「ティナさん、貴族街でのパン販売の時、明日はお休みだって伝えたんでしょう?」


ティナは少し気落ちしたように答えた。「うん。そしたら、パンを買ってくれた奥様たちが、『明後日まで待てないわ』とか、『困ったわね』って、すごくがっかりしてたの」


優菜は深く頷いた。


「そんな風に言ってもらえるなんて嬉しいな。だからこそ、パンの評判は大事にしたいから、数を増やすのはやめて、代わりに干し肉の売り方を工夫したいの。孤児院の貯金をもっと確実に増やす道を作りたいわ」


「干し肉はルークが昼食の時間に売って成功したから、次はティナさんに市場でも干し肉を売ってほしいの。貴族街のパン販売を朝だけに限定して、明後日からは午前中のうちに市場の露店へ向かってほしいの」


「市場で売るの?でも、市場では安い干し肉が山ほど売られていて、競争が激しいって聞くけど……」


ティナは不思議に思った。


「そうね。市場は確かに競争が激しいと思う。だからこそ、普通の干し肉と同じじゃダメなの。私たちの『スタミナ保存食』は味が良いことで勝負するわ。市場は多くの庶民や商人、旅人が集まる場所よ。ここでは、干し肉の保存食を売るの」



優菜は、ティナとルークの二人に、それぞれパンと干し肉の販売を並行して行わせることで、二つの商品を市場に浸透させようとしていた。


「ルークの『スタミナ保存食』は、日雇いの人たちにすごく喜んでもらえたわ。でも、ルーク一人だと売れる数が少ないの。だから、ティナさんが市場で干し肉を売って、もっとたくさんの人に買ってもらえるようにしたいと思ってるの」


優菜は、干し肉の包装に工夫を凝らした。昨日、エマとコリンが摘んできたホウシ葉を丁寧に乾燥させ、干し肉を一つ一つ丁寧に包んでいく。


「ホウシ葉で包めば、湿気から守りつつ、森の香りが移って風味も良くなる。市場で売られているものとは全く違う、『孤児院特製』のブランド品になるわ」


これまでの干し肉はルークが日雇い労働者向けに、一袋の量を多くし、銅貨5枚で売っていた。


そこで、優菜は、販売する干し肉の量を調整した。


「ティナさん、干し肉は市場で『手軽なスタミナ保存食』として売り出すわ。ルークが売っていた量の半分にして、ホウシ葉で包んだ干し肉を適量に分けて、銅貨3枚で売ってみて。これなら、庶民の人たちも買いやすい値段設定になると思うの」


「銅貨3枚?市場で売られている干し肉と比べると、ちょっと高いんじゃないかしら?」


「市場では、『価格の手軽さ』に加え、『目新しい風味』が大事なの。たしかに銅貨3枚は市場の最安値ではないけれど、あの美味しい味とホウシ葉の香りを考えたら、むしろ安いくらいよ。まずはこの価格で一度手に取ってもらうのが目的。これで干し肉が庶民の間で広まれば、孤児院の収益は格段に安定するわ」


優菜の計画は、高級路線で利益率を確保しつつ、薄利多売の庶民路線で販売量を確保するという、極めてバランスの取れた戦略だった。


「さぁ、明日は、いよいよみんなお休みよ。本当にみんな、よく頑張ったね。だから、明日は思いっきりゆっくり休もうね。」


優菜の明確な計画と、増えた貯蓄に勇気づけられた子どもたちは、期待に胸を膨らませ、次の日の休息と新しい仕事へと向かうのだった。

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