二つ目の柱
翌朝、孤児院にはいつにない活気が満ちていた。
昨日、ティナとルークが持ち帰った売上は、子どもたちに大きな希望を与えた。優菜は、早朝からパンを焼き、同時に干し肉を使った保存食の試作に取り掛かっていた。
「ティナさん、ルーク、今日はまず、昨日と同じく貴族街の入口でパンを売ってちょうだい。しばらくはパンと干し肉だけの販売にするわ」
優菜はテキパキと指示を出しながら、まな板の上で干し肉と香辛料を混ぜ合わせていく。
「昨日執事さんから18個のパン注文が入ったけど、それとは別に18個多く焼いたわ。多すぎて売れないかもしれないけど、残っても気にせず持って帰ってきてね。そして、今日からみんなの新しい役割を決めるわよ」
優菜が考案した役割分担は、シンプルかつ効率的だった。
「パン作りと保存食の調理は私が担当するわ。ロディ、あなたは火の管理と生地を練るお手伝いをお願い。男の子の中で一番力持ちだから頼んだわ」
ロディは胸を張り、
「任せて、優菜姉ちゃん!」
と力強く応えた。
「そして、一番小さなマヤとミリー。あなたたちは、私がほかの作業をしている間、パンが焦げ付かないように窯を見張っていてね。それがあなたたちの大事な仕事よ」
マヤとミリーは、大役を与えられたことに興奮し、互いに顔を見合わせて頷いた。
「エマとコリンは、『葉っぱ調達部隊』をお願いします。これからはパンと干し肉を中心に作っていくから、ホウシ葉をたくさん摘まないといけなくなるの。」
「ティナさんとルークは引き続き販売担当。ただし、ルークは昼食の時間は干し肉の保存食の試作品を日雇い労働者が集まる場所で売ってみて。ティナさんは引き続きパンを貴族街の入口で売るの」
優菜はルークに小さな皮袋を渡した。
「試作品は量が少ないから、必ず日雇い労働者が昼食を摂る場所を見つけてね」
優菜の指示には一切の無駄がなく、孤児院の小さな子どもたちから、腕力の強い年長者まで、全員の長所を最大限に引き出す役割が割り当てられていた。子どもたちは、自分たちが孤児院の自立という『大きな物語』の一部であることを感じ、目を輝かせた。
お昼になるとルークは、優菜に言われた通り、日雇い労働者が多く集まる広場へ向かった。彼の手に握られているのは、優菜が昨晩から漬け込み、丁寧に火を通して仕上げた干し肉のジャーキーだった。
「干し肉は栄養価が高いから、肉体労働者にとって最高の燃料になるわ。しかも、軽くて長持ちするから、持ち運びに便利よ」
優菜の言葉を思い出しながら、ルークは露店を広げた。
ルークの露店には、すぐに大勢の男たちが興味を示した。彼らが普段口にしているのは、安価な大麦のパンや、市場の残り物のスープだ。
「坊主、そりゃなんだ?肉か?」
ルークは精一杯背筋を伸ばし、優菜から教わった言葉を繰り返した。
「これは『スタミナ保存食』です!干し肉を特別なタレに漬け込んで、じっくり火を通しました。日持ちがする上に、これを一つ食べれば、午後の仕事も乗り切れる力が湧いてきます!」
一人の男が、「どれ、見せてみろ」と、試作品を手に取った。乾燥しているが、硬すぎることはない。一口食べると、香辛料と肉の旨味が口いっぱいに広がり、疲れた体に染み渡る。
「う、うまい!これはたしかに力がつくぞ!」
その一声で、試作品の干し肉ジャーキーはあっという間に完売した。わずか十数分で、ルークは昨日ティナと二人で稼いだ総菜の利益に匹敵する、銅貨八枚を手に入れた。
一方、貴族街の入口では、ティナが順調にパンを売りさばいていた。昨日の執事による拡散が効いたのか、昼過ぎには36個が全て売り切れ、予定よりも大幅に早く露店を閉めることになった。
その日の午後、孤児院に戻ったルークとティナは、興奮のあまり優菜に飛びついた。
「優菜お姉ちゃん!干し肉、全部売れたよ!しかも、みんな『明日はもっとないのか』って!」
「パンも!昨日よりも早く、なんと注文数の倍、36個がすべて完売したわ!本当にすごい利益よ!」
優菜は、静かに頷いた。彼女の予測通り、孤児院は今、二つの確かな利益の柱を手に入れた。一つは貴族階級をターゲットとした『黄金色の甘いパン』。もう一つは、日雇い労働者や旅人をターゲットとした『スタミナ保存食』。
「これで、もう今日から誰も飢えないわ」
優菜は、子どもたちの顔を一人ひとり見つめた。優菜の瞳には、飢餓と貧困から孤児院を完全に解放するという、彼女の揺るぎない目標が、はっきりと映っていた。