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壮大で可笑しい物語

これはこのアンソロジーの最新話です。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。



“黄金の槍”と呼ばれる騎士、ヴァルド。

彼は旅の途中で倒した敵の武勇を語り、

その語りはいつしか酒場の歌となり、

歌は王都の噂となり、

噂はついに彼へ──美しいハーレムをもたらした。


だが実のところ、彼が斬ったのは

剣の持ち方すら知らぬ、ただの農民ばかりだった。


それでも人は信じた。

「彼は半神を討った」と。

「彼は人の皮を被った竜を倒した」と。

「この時代最後の英雄だ」と。


ヴァルド自身も、少しずつ信じかけていた。

いや、本当は信じたふりをするのが上手くなっただけかもしれない。


ある夜からだ。

彼の眠りは、妙に湿った冷気に引き裂かれるようになった。


――帰せ。

――俺の畑を返せ。

――お母さんが作ったパンの匂いを返せ。

――なんで殺した。

――なんでだ。


夢の中に、

刃が届いたはずの人々が立っていた。

泥だらけの靴、青白い肌、爪の黒い手。

ただの若い村人たちだ。


彼らの影が、やけにまっすぐだった。


ヴァルドは跳ね起き、

寝台の上で汗をこぼし、

天井の木目に向かって謝ろうとしたが、

声が出なかった。


「……俺は、英雄だ。英雄なんだぞ。」


自分に言い聞かせるたび、

その声はどこかよそよそしかった。


そんなある日、

城の使用人たちが妙な噂を立て始めた。


「昨夜、見たんだ……奥の回廊で……」

「ハーレムの女性さんたちが……透明な男性たちと手を繋いで……」

「笑ってたんだよ。すっごく幸せそうに……」


最初は酒のせいだろうと思われたが、

噂は尾を引き、影を伸ばし、

やがて城全体に溶けこんだ。


ハーレムの女性たちの部屋には、

なぜか花の香りが増え、

なぜか寒いのに温かい気配が漂い、

なぜか寝室の布団が二つ分乱れていた。


ヴァルドは問いただそうとしたが、

夢のせいで夜に近づくのすら怖く、

彼女たちと向き合うことができなかった。


彼が怯えているあいだに、

彼女たちは優しい何かを見つけてしまったのだ。


――優しい、透明な恋人たちを。


ついにある朝、

ハーレムの女性たちは全員いなくなっていた。


机に一枚の紙が残されており、

そこにはこう書かれていた。


「あなたは英雄じゃありません。

 でも、彼らは……私たちを本当に大切にしてくれました。」


“彼ら”とは誰だ?

そう叫ぼうとした瞬間、

背中を冷たい指でなぞられた気がした。


――我々の女性たちは預かった。

――代わりに、お前の嘘も預かっておく。


耳元で風が笑った。


その日からだ。

旅の者たちが城に訪れるたび、

ヴァルドの顔色は悪くなっていった。


「あなたの武勇譚、あれ奇妙ですね。」

「私、実際にあの村に行きましたが……竜? 人に化けた?そんなことは見えませんでした。

 そんな話、村人は知りませんよ。」

「なにか……盛ってません?」


盛ってません?

盛ってません?

その言葉は矢より鋭く、

槍より冷たく、

彼の胸にじわりと刺さった。


城下ではもう噂になっている。


――“影のない騎士シャドウレス”。

――倒した敵も影がなかったらしい。

――実は農民相手だったらしい。

――ハーレム全部、幽霊に取られたらしいぞ。


人々は笑う。

やけに陽気に、

やけに楽しそうに。


その笑いは、まるでどこかで

透明な男たちが一緒に笑っているような気配を帯びていた。


そしてヴァルドの耳にも、

夜のたびに微かに届くようになった。


――ありがとう。

――俺たちはもう行く。

――我々は女性たちを、大事にする。


遠くで、土の匂いとともに、

優しい声が風に溶けていった。


残されたヴァルドは、

広い城の真ん中で、

ただひとり、影を探し続けている。


その影は、もうどこにもなかった。


風がやけに軽かった。

その軽さは、まるで世界が彼を笑っているようでもあった。

この物語を楽しんでいただければ幸いです。次の作品を近日中にアップロードします。


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