エルフ、巨大ロボット、そして平和な日常生活の物語
これはこのアンソロジーの最新話です。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
『フラシュバラーの朝』
宇宙では、巨大ロボトみたい機甲都市。
甲冑の騎士にも、侍の鎧にも、祈る蟷螂にも見えるその外殻は、遠くからでもすぐに分かる。
だが内部に暮らす者にとっては、ただの「町」だった。市場があり、学校があり、病院があり——そして研究所もある。そこには人間はいません。人間は数百年、いや数千年前に絶滅しました。そこに住んでいるのはエルフたちです。
今日も医療研究局《セクション8》の朝はゆっくり始まる。
1 受付のスクリーンと、流れる「過去」
「おはようございまーす……あ、またドキュメンタリー流しっぱなしにしてた」
受付のエルフ、キラがノートパソコンを閉じようと手を伸ばす。
画面には、旧人類が住んでいた「地球」という星の映像が流れていた。理由は不明のまま消滅した故郷。
続いて、政府広報らしき動画に切り替わる——
『我々エルフは、旧世界の放射異変を経て新たな姿に進化しました——』
「宣伝番組、声だけは立派よねえ……」
そう呟きながら、キラは受付カウンターに座り直した。
2 Ao、出勤する
自動扉が静かに開く。
細く、小柄で、整った顔立ちの青年エルフが研究所へ入ってきた。
名は アオ。誰もが知る天才だが、同時に少し風変わりでもある。
「……おはようございます、キラさん」
「おはよ、アオ博士。今日も早いね」
「昨日の実験データを整理して……続きをすぐやりたいと思ったので……」
彼は胸元に抱えていた端末をぎゅっと握り直す。
アオにとって研究は呼吸と同じだった。
社会に馴染むのは苦手。しかし——いつか必ず、どれか一つのやばい病気を治す薬を作って、歴史に名前を残す。
それだけは、小さく揺るがない野望として胸の奥にあった。
3 シャロン、遅れて出勤
「おっはよ〜〜! キラ、アオ〜〜、ごめん寝坊した〜!」
ドタドタと足音を響かせながら現れたのは シャロン。
褐色肌のダークエルフの美女。
豊満な体型に、豪快な笑い方がよく似合う。
「また寝坊? 昨日もでしょ」
「仕方ないでしょー、計算してたのよ……ほら、今月の家賃とローンと、あたしの奨学金の返済と……全部払い終わったらさ……」
シャロンは肩を落とす。
「お財布、さみしくなっちゃうじゃないの……」
「……だから、お金が大事なんですね」
アオは相変わらず真顔で言う。
「そーよ! お金はね、自由の味。借金してた頃は誰かに首根っこ掴まれてたみたいでさ。もうあんなの御免なのよ。
だから稼ぐ。絶対稼ぐ。研究でも何でもするわ!」
「……理解できます。僕とは動機が違いますが、研究意欲があるのは同じですから」
「でしょでしょ? さ、今日も実験しましょ!」
4 昼下がりのフラシュバラー
研究所の窓から、フラシュバラー内部の街並みが見える。
高層の住居。
蒸気の上がる市場。
子どもたちが遊ぶ空中歩道。
整備員が外装パネルを点検する姿。
宇宙で巨大な機甲都市に住んでいても、生活はどこまでも「普通」だ。
昼休憩に食堂へ向かう途中、シャロンが指さした。
「ねえアオ、見て、外壁メンテ部の広報。あのポスター新しくなってる」
《フラシュバラーはあなたの“家”。
今日も安全運転、安定航行。》
アオは少し考えて答えた。
「……地球が何百年前、消えても、僕たちはまだ“家”を必要としているという意味でしょうか」
「深いわねアンタ……」
5 同僚たちの何気ない一日
午後の実験は、たんたんと進んだ。
シャロンは試薬の計量をしながら小さく歌う。
アオは無言でサンプルを顕微鏡に並べ、ひとつひとつ観察する。
キラは受付で書類を整理しながら、ときどきニュースを眺める。
どこにも事件は起きない。
世界が滅びても、生活は続いていく。
アオが静かに呟く。
「……いずれ、僕の研究が……誰かの苦しみを少しでも減らせるなら……私は永遠に英雄として記憶されるでしょう。」
シャロンが笑って肩を叩く。
「大丈夫よ。アンタの薬が売れたら、患者が助かって、会社も儲かって、あたしの給料も上がるんだから。
ほら、全員得するじゃない」
「……動機は違いますが、結果は同じですね」
「そうそう。だから今日も頑張ろ?」
アオは照れくさそうに、しかし確かに微笑んだ。
6 終業後
夕方、研究所の灯りが一つずつ消える。
帰り際、キラのパソコンではまたドキュメンタリーが流れていた。
『地球亡失後、エルフ化した我々は…巨大機甲都市と共に歩む道を選んだ……』
シャロンが振り返る。
「ね、アオ。
あんたがさ、いつかすっごい薬を作って、フラシュバラーの歴史書に名前が載ったらさ……」
「……その時は?」
「受付のキラが、ここに“アオ博士開発の新薬”って宣伝動画延々流す気がするわ」
「……恥ずかしいです……けど、それでもいいですね」
三人の笑い声が、機甲都市の通路にやわらかく響いた。
この話を楽しんでいただければ幸いです。次の話をすぐにアップロードします。




