友情によって生み出された多くの世界を救う方法
これはこのアンソロジーの最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただけたら嬉しいです。
僕は朝の校門をくぐりながら、「ここがいい」と思った。風景はどこにでもある日本の高校に見えたけれど、空気の奥に、誰にも気づかれていない色が揺れていた。
職員室に行くと、白髪混じりの木守先生が顔を上げた。
「僕は、彼方から来ました。」
「君が……転校生か? そうでしょうね!三年二組クラスへ行ってください――」
◆ 教室 : 小さな世界がいくつもあった
三年二組。扉を開けると、ざわつきが止まって、全員の視線が僕に向いた。木守先生が簡単に紹介し、席を勧める。僕は教室を見渡し、気づいた――ここには、いくつもの小さな“世界”がある。
◆ 世界① : アスリートたち
一番窓側の列。
高橋 蓮、吉村 悠斗、宮田 亜衣、岸本 大地。
机には解剖図、筋肉の走行図、乳酸とATPのグラフ。
「速さは才能じゃない。構造だ。」
蓮がつぶやいた。彼らの身体は、まだ未完成の彫刻みたいに研ぎ澄まされていた。彼らの目標はウサイン・ボルトやマグジー・ボーグスのような素晴らしいアスリートになることだった
◆ 世界② : 写実だけの漫画研究会
後ろの窓際。
佐伯 沙耶香、古谷 奏太、白井 千佳、井ノ原 真。
クロッキー帳には、机の傷、雨に濡れたグラウンド、購買列に並ぶ背中。
ファンタジーなし。想像なし。ただ「今この瞬間」だけを描き続けていた。
「見たものがすべて。作り話は要らない。」
沙耶香は振り返らずに言った。
◆ 世界③ : 何も語らない観測者たち
教室の一番後ろ。
カナミ奉太郎、水島 海斗、原田 翼、上野 真琴。
誰もしゃべらない。ただ目だけがゆっくり動き、同じ呼吸で座っている。
疲れているようで、壊れてはいない。孤独なのに、一人ではない。
奇妙な、静かな共同体。僕が見つめると、4人とも同じ瞬間にまばたきをした。彼らの真剣な表情はイースター島のモアイ像のようでした。
◆ 世界④ : 忘れられたがっている元・子役アイドルたち
中央やや後ろの女子グループ。
花村 さくら、西園寺 玲奈、松井 小春、雨宮 果歩。
彼らは子どもの頃、CMや雑誌、SNSでバズった元モデル。今はギターとベースを持つ軽音グループ。
「売れるとかどうでもいい。誰にも見つからずに終わりたい。」
玲奈はアンプのコードを指でなぞりながら言った。
逃げているというより、記憶から解放されたいという顔をしていた。
彼らは名声が欲しいわけではなく、人々が自分たちのことを忘れて、普通の生活に戻れるくらい、わざと下手に音楽を演奏したいだけなのです。
◆ 世界⑤ : “知らないこと”を崇める頭がいいオタクたち
黒板近く。
藤川 智也、望月 航、後藤 伊織、宮坂 渉。
机の上に分厚い本や謎のノート。でも中身は空白や「なぜ?」の文字だらけ。
「知識なんてさ、世界をつまらなくするだけだろ。」
智也は笑いながら言った。
彼らは答えじゃなく、“わからないこと”そのものをコレクションしていた。
◆ 卒業という終わり
昼休み、木守先生が言った。
「もうすぐ卒業だ。みんな、それぞれ別の道へ進む。」
――卒業?
その瞬間、胸の奥で何かが軋んだ。
この教室の“世界”たちは、まもなく消えてしまう。
アスリートも、写実漫画も、沈黙の観測者も、忘れられたがる少女たちも、無知を愛する少年たちも。
それらの世界は終わるのか。ここで。何もせずに?
僕はその日の放課後まで、ずっと考え続けた。
◆ 放課後 ― 解答
チャイムが鳴り、みんなが下駄箱へ向かうころ。
僕は昇降口に立ち、全員に聞こえるように、はっきりと言った。
「――解けたよ。世界を終わらせない方法。
君たち全員が、“宇宙の旅人”になければならない。
離れても、歩き続けて、互いの星を訪れれば、あなたが創り出した多くの世界は死なない。」
誰も理解できないような顔をしていた。けれど、それでもよかった。
◆ 白い月のバイクで
校門の外、小さな駐輪スペース。
そこに置いたのは、月みたいに白く光るバイク。
エンジンの音が、ざわめきの中で静かに響いた。
「じゃあ、また――いつか、どこかの星で。」
そう言って、僕はアクセルを回し、夕暮れの道へ消えた。
背後で、春の風が小さな世界たちを揺らしていた。
このエピソードを楽しんでいただけたら嬉しいです。次回もすぐに更新します。




