和と呼ばれる魔王を倒すことで、異世界系の可能性が広がる
これはこのアンソロジーの最新話です。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
昼休みが終わり、再び蛍光灯の白い光がオフィスの天井に滲んでいた。
陣野祐介はデスクに座ったまま、ため息をついた。
周囲には同じようなスーツの男たち、同じような弁当箱、同じような小さな笑い声。
彼は、ふと呟いた。
「……俺には、恋人がいない。」
それは特別な悩みではなかった。ただ、胸の奥に小さな穴のような空虚があった。
“努力すればいつか誰かが見つかる”――そう言い聞かせながら、何年も同じ席で同じ画面を見続けてきた。
そのとき、後ろから声がした。
「陣野さん、こちらの書類、署名をお願いします。」
爆乳美人のキシャ・コーミア。
アメリカから来た同僚。
誰よりも明るく、誰よりも声が大きく、そして――彼にとっては、遠い世界の人だった。
祐介は顔を上げなかった。
ただ、「あ、うん」と曖昧に返事をして、書類を受け取る。
それが、いつもの彼だった。
和 (wa) の中に溶け込み、波紋を立てないために、自分の視線さえも沈めてきた。
――その瞬間だった。
地面が低くうなり、オフィスの壁が震えた。
カタカタ、とファイル棚が揺れ、誰かの悲鳴が聞こえた。
だが祐介の中では、別のものが砕けた。
パリン――。
それは頭の奥から響いた。陶器の割れるような音。
何かが割れた。長い間、自分を守ってきた透明な殻。
それが、和 だった。
地震がおさまると、彼はゆっくりと顔を上げた。
そして初めて、キシャを見た。
黒いカールした髪、深い褐色の肌、優しい眼差し。
その笑顔は、恐怖を鎮めるように穏やかだった。
彼女は同じオフィスに、同じ光の下に、ずっといたのに。
祐介は、今まで一度も彼女を「見て」いなかったのだ。
胸の奥で何かが熱くなった。
それは恋か、後悔か、自分でも分からなかった。
ただ一つだけ分かった。――世界が変わったのは、地面ではなく自分の心だということ。
祐介は立ち上がった。
足が震えていた。
キシャの机まで歩き、言葉を探しながら、小さく息を吸った。
「キシャさん……今度の週末、一緒に……出かけませんか?」
彼女が何を言うかは、誰にも分からない。
彼にも、彼女にも。
だがその瞬間、オフィスの時計の音が静かに響き、
もう二度と、彼の中の 和 は戻らなかった。
――地面はもう揺れていなかった。
揺れていたのは、陣野祐介の心だけだった。
この話を楽しんでいただければ幸いです。次の話をすぐにアップロードします。




