勇者たちの系譜
これはこのアンソロジーの最新話です。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
混乱島栞は、プロのバスケットボール選手である。
混乱島家は、第二次世界大戦の敗戦後、「スポーツによって日本の誇りを取り戻す」という夢を抱いた多くの日本人家族の一つだった。
なかでも混乱島家は、何世代にもわたってバスケットボールに人生を捧げ、「日本人でも世界に通用するバスケットボールの勇者になる」ことを目指してきた。
しかし、NBAのスター選手たちと同じような体格を持つ日本人選手は、存在しなかった。それはまるで、届かない空に手を伸ばすような夢だった。
幼いころから、栞は両親と祖父母の夢を受け継ぎ、自分こそが「日本のバスケットボールの英雄」になると信じていた。
彼女は毎日練習し、肉と牛乳を大量に摂取し、理想的なアスリートの体をつくろうと努力した。
――しかし、現実は残酷だった。
二十歳になった栞は、期待していたほど身長が伸びなかった。実は彼女は少し背が低い女性になった。しかも、信じられないほどの爆乳を持つ体に成長してしまったのだ。
その胸は、彼女のプレーの大きな障害になった。混乱島家の悲願を背負うには、あまりにも不利だった。
それでも栞は諦めなかった。誰よりも厳しい練習を重ね、汗を流し続けた。
だが、目に見える成果はなかなか現れなかった。
ある日の練習中、栞は運命の人物と出会う。
――アフリカ系アメリカ人のヘラクレス・ロビンソン。
NBAの新しいスーパースター。高身長で、細身で、しなやかで、まるで風のような男だった。
栞にとって、彼は初めて出会う外国人だった。その存在は衝撃そのものだった。
その夜、栞は眠れなかった。
彼女の心は「なぜ自分は日本人であることにこだわってきたのか」という問いに満たされていた。
――「『英雄』とは何なのか?」
――「『私たち』と『彼ら』の違いって、本当にあるの?」
――「人間は、なぜ分類し、分け隔てようとするの?」
種族も、国境も、人種も、すべては人間が勝手に作り出した幻想。
「違い」なんて、本当は存在しない。
“私”と“彼ら”を分ける壁は、初めからなかったのだ。
狼の勇敢さは、リスの中にも宿っている。
ロバはライオンと同じほどに勇ましい。
それらを隔てる境界は、存在しない。
――この世界は、すべて一つの「混沌」なのだ。
存在と非存在、知っていることと知らないこと、すべては一つの塊。
「違い」という概念は、ただの幻影。
その夜、栞は悟った。
外国人の血を家系に迎えることに、何の意味的な「壁」もないのだと。
「私たち」と「彼ら」は、初めから一つだった。
混沌こそ、個を宇宙へと拡張させる力――。
翌日、栞は自分からヘラクレスをデートに誘った。
それは、彼女の人生を変える第一歩となる。
――十年後。
栞とヘラクレスは結婚し、四人の子どもに恵まれていた。
四人の子どもたちは、混乱島家の夢を受け継ぎ、類まれなるバスケットボールの才能を開花させていた。
かつて「日本の英雄」を夢見た栞は、今や「国境を超える英雄」の母となったのだった。
この話を楽しんでいただければ幸いです。次の話をすぐにアップロードします。




