本物の勇者たち
これはこのアンソロジーの最新話です。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
2030年9月15日。
平行世界「55anderer」において、地球上のすべての食べ物が突如として消え去った。
動物も植物も、海洋の生物までもが一瞬で姿を消し、人類の多くが飢餓によって次々と倒れていった。
その中で、日本人科学者――野見川ノムロ(Nomigawa Nomuro)は、ある衝撃的な事実を発見する。
地球の軌道上にある衛星の観測データによれば、月面に大量の食料が存在しているというのだ。
牛肉、鶏肉、七面鳥、そして穀物類。すべて人間用の食糧だった。
アメリカは急遽、精鋭部隊を月へと派遣する。
だが、彼らはそこで「クラッシュ(Crash)」と呼ばれる正体不明の存在たちに襲撃される。
クラッシュたちは流星のような形をした金属球体で、常に沈黙を保ち、驚異的な速度で突進してくる。
NASAは彼らの体を構成する未知の金属を「マグナルケミウム(Magnalkemium)」と名付けた。
その硬度と強度は、人類がこれまでに生み出したあらゆる金属を凌駕していた。
派遣された宇宙飛行士たちは全滅。
しかし人類は諦めなかった。ノムロ博士率いるNASAの研究チームは、マグナルケミウムの特性を模倣しようと試み、新しい合金「マグナニウム(Magnanimum)」を開発する。
この金属で作られた強化外骨格――「マグネロン(Magneron)」が完成する。
マグネロンは強力ではあったが、2つのクラッシュの攻撃以上は耐えられない。
そこで、NASAは最も強靭で、最も速く、最も耐久力のある人間たちを選抜する。
その候補となったのは――NFLのトップアスリートたちだった。
その中に、かつて3年連続MVPに輝いた男がいる。
フィン・“ムース”・フバーチ(Finn “Moose” Fubarch)。
ファンからは “a true American hero” と呼ばれた伝説の選手だ。
フィンたちはマグネロンをを着て、月面へと向かう。
数々の幸運が重なり、彼らはクラッシュの包囲を突破し、地球へ食料を持ち帰ることに成功した。
だが、彼らの多くは重傷を負い、幾人かは二度とフィールドに立つことはなかった。
――それでも、飢餓は止まらない。
その後の観測により、太陽系各地にクラッシュの群れと奪われた食料が点在していることが判明する。
NASAの天才科学者サンドラ・トメリー博士(Sandra Tomelly)は、ノムロとともに新型宇宙船を完成させる。
人類史上最速の航行能力を持つその船に乗り込み、フィンたちは再び宇宙へと飛び立った。
クラッシュとの戦闘、隕石帯の突破、過酷なミッションの連続――。
NFLの仲間たちはひとり、またひとりと命を落としていった。
それでも彼らは、自分の家族、妻、子どもたちのために戦い続けた。
そして、ついに人類は太陽系外にまで食料が運び去られていることを知る。
フィンたちは最後の遠征に挑む。
外宇宙の小惑星帯。そこにはこれまでにない数のクラッシュが待ち構えていた。
クラッシュの群れに仲間たちは次々と倒れ、フィンひとりが残された。
彼は損傷したマグネロンを引きずりながら、クラッシュの巣に辿り着く。
そこにあったのは、地球を救えるだけの食料。
だが――カプセル転送装置はクラッシュの衝撃で壊れていた。
「……くそ……」
フィンは這いずりながらカプセルを抱え、遠くの船を目指す。
宇宙船の中では、サンドラ博士と科学者たちが彼の帰還を信じ続けていた。
「もう無理だ」「生きているはずがない」という声が飛び交う中、サンドラだけが静かに言った。
「――あの人は、“ヒーロー”よ。」
3日後。
宇宙の闇の中、ボロボロの装甲をまといながらフィンは船へと辿り着いた。
カプセルを握りしめたまま、すでに息はなかった。
その顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
NFLのスーパースターではなく――
栄光でも金でもなく――
このとき、フィン・フバーチは**本当の意味での“勇者”**になったのだった。
この物語を楽しんでいただければ幸いです。次の物語もすぐにアップロードします。




