揺れる振り子
これはこのアンソロジーの最新話です。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
午前7時――爆乳の女性、木宮春子は目を覚ます。
春子は裸であった。彼女の隣には筋肉質の男が横たわっている。
春子はベッドから起き上がる。寒さを感じる。
午前7時5分――春子は服を着て、身を包んだ。
午前7時30分――春子は空腹を覚える。
彼女は部屋の隅々まで探すが、食べ物は見つからない。
午前8時――春子は家の外から音と香りを感じる。
午前8時5分――春子は外へ出る。
午前8時10分――春子は向かいの店で買ったどら焼きを食べている。
午前8時40分――筋肉質の男が現れ、残りのどら焼きを奪おうとする。
午前8時50分――春子は血の匂いを嗅ぐ。それは筋肉質の男の血の匂いだった。
午前9時――春子は自分の車が、普通の顔をした痩せた眼鏡の青年を、もう少しで轢くところだったことに気づく。
午前10時5分――春子は森に到着する。
正午――春子は幾つもの蜜柑を食べ、満ち足りている。
午後5時――春子は街を歩いている。
午後5時5分――春子は匂いを嗅ぐ。それは心地よい匂いであった。食べ物の匂いではない。
午後5時10分――春子は花屋に入る。店主は普通の顔をした痩せた眼鏡の青年である。
午後5時15分――春子は、花から漂っていたのと同じ匂いが、青年の身体から発せられていることに気づく。
午後9時――春子は奇妙な匂いを嗅ぐ。それは不思議な匂いであった。
春子の内に、何かがある。
春子は裸であった。隣には普通の顔をした痩せた眼鏡の青年がいる。
青年は何も語らない。彼の表情は厳しく、どこか上の空である。
部屋の中は完全な沈黙に包まれていた。
春子は再び眠りにつく。
――この世界において、人間には記憶が存在しない。
一瞬ごとに、異なる宇宙が生まれる。
人々は振り子のように惰性で動き、ただ本能のままに生きている。
飢え、発情、眠気――それだけが衝動となり、行為を決定する。
固定された「自己」などなく、ただ時空の流れの一瞬ごとに異なる「私」が立ち現れるだけだ。
この物語を楽しんでいただければ幸いです。次の物語もすぐにアップロードします。




