本物の強さ
これはこのアンソロジーの最新話です。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
雲川ヒカルは、日本の産業革命初期において最強と称された侍であった。彼は少数派の一人として新政府に仕え、帝国主義の波に身を投じた。しかし、日本を出て武者修行の旅に出たヒカルは、世界の広さと自らの限界を思い知らされることになる。
最初の対戦相手は、イギリスの元ナショナル・チャンピオンであり、キャッチ・レスラーとして名を馳せた アルベルトホフスフィールド。武器を持たぬ彼に、ヒカルはあっけなく打ち負かされた。
二番目の相手は、オクラホマ地方最強と呼ばれるフェンサー トマスマクマック。しかし彼は全米ランキングで十位に過ぎなかった。それでもなお、ヒカルは負けた。
三番目の相手は、フランスのディエップに住むボクサー フランソワ ベリオン。全国的な栄光を掴むことはなかったものの、彼もまたヒカルを容易に退けた。
三度の敗北に打ちひしがれたヒカルは、ディエップの雨の夜道を歩きながら、日本へ戻る道を思案していた。だがその時、何者かに押され、濡れた石畳に足を滑らせた瞬間、彼は異なる時代へと転移していた。
目の前に広がっていたのは太古の大地。ヒカルはヴェロキラプトルの群れが巨大なティラノサウルスを打ち倒す光景を目撃する。その戦いぶりに魅せられたヒカルは、独りごちる。
「一匹のラプトルでさえ、人間の武芸者などより遥かに強い……」
だが次の瞬間、ヒカルは水溜まりに足を取られ、再び別の時代へと呑み込まれていった。
今度は未来。そこには人類の姿はなく、代わりに支配者として存在していたのはロボット達だった。中でも最も強大で進化した存在が、ナシカザルのような姿をした ナットクラッカ888 であった。ヒカルは思う。
「ラプトルでさえ、この機械の力の前では弱者にすぎぬ……」
さらにヒカルは、太陽と出会う。その膨大な力の前では、ナットクラッカ888 さえも取るに足らぬ存在であった。
そして次に彼の前に現れたのは、太陽すら飲み込む黒き巨渦――ブラックホール。
やがてヒカルは宇宙そのものを体現する神 ヴィトリオスと邂逅する。擬人化された宇宙の姿をまとったその存在の前では、ブラックホールすら微塵も及ばない。
さらに次元を越え、ヒカルは「生きた多元宇宙」ロットを目にする。その姿は無数のビー玉を詰め込んだ袋のようであった。
だが旅はまだ終わらない。ヒカルの前に現れたのは、四柱の「大いなる神々」――
既知(すべての既知を司る神、五本の黒髪で作った姿)
未知(未知を司る神、完全に不可視の存在)
ボイド(虚無を司る神、黒板のような姿)
存在(存在そのものを象徴する神、毛糸玉の姿)
そして最後に、全てを超越する唯一絶対の神 全体が姿を現す。その姿は人類の祖先であるミアキスが人型となったかのようであった。
ヒカルは悟る。
「日本人も、他の人間も、あらゆる生物も、そして神々でさえ……絶対者ゼンタイの前では虫に等しい。すべては層を成した幻にすぎぬ。唯一の現実、唯一の絶対とはゼンタイのみ……」
こうしてヒカルは、自らの矮小さを受け入れ、その無力さを抱きしめることで、新たな自分の在り方を見出していった。
この物語を楽しんでいただければ幸いです。次の物語もすぐにアップロードします。




