第3話 - 残骸
「おかえりっ、キセイ」
慎次キセイは氷塊を繰り出す邪神と相対した後、住み処へと帰還する。
するとそこには小学校からの幼馴染みである真文ユリンがいた。
「……ただいま」
床に座り込むユリンが笑顔で言葉を告げてきたので、キセイはそれに返答し素っ気ない態度で腰を下ろす。
――慎次キセイの住み処。それはかつて家族と衣食住を共にし、日常的な生活を送っていた家の跡地だ。
燃やされた家の跡地に小さな小屋を建て、そこで細々とした生活を1人で送っている。
否、送っていたというのが正しい。
ある日、突如として幼馴染みである真文ユリンも押し掛けてくる形で小屋の中に住み始めたのだ。
昔から仲が良かったからか。はたまたキセイと同様にユリンも邪神侵攻で家族を喪ったからか。
押し掛けの真意はキセイ自身にも分からないが、結果として2人はあまりに小さな小屋の中で同棲生活を送っている。
「……どうしたのキセイ。なんか元気なくない? 心なしか目付きも悪い気がするし」
「目付きは生まれつきだよ。元気は……ないことねぇよ」
「いやそれどっち?」
ユリンは訝しげに眉をひそめ、ため息に似たものを吐く。
それに対してキセイは特に反応を示さず、羽織っていた服を脱ぎ中から刃物を取り出す。
邪神の血が付着し所々錆びついている刃物が狭く敷かれた布の上に置かれ、異臭が漂う。
思わず鼻を塞ぎたくなるような匂いが小屋内を覆い、ユリンは目を細めてキセイを見たと思えば。
「……またやったの?」
簡潔に単純な疑問を投げ掛ける。
キセイへ向けて日常茶飯事の問いを差し出すが、
「――――」
当の本人は何も答えない。
キセイはユリンの発言を無視し、無言で刃物に付着する血を拭き続ける。
「キセイ……」
これが2人の日常だ。
同じ家に住んではいるが、会話という会話はほとんど無い。
帰ってきた直後のやり取りが珍しいほどには、2人の間に基本的なコミュニケーションが存在しない。
「何か答えてくれてもいいじゃない……」
寂しげに呟くユリンだが、やはりキセイは反応しない。何も返さない。
それが2人の生活。
「……ちょっと出掛けてくる」
そんな状況の中、キセイはふと口を開き立ち上がる。
そうして服を羽織り直し扉を開ける。
「あ、ちょっと!」
ユリンは片腕を伸ばしてその背中を引き止めようとするが、それは幾ら伸ばしても届かないものだと悟り――。
「……いってらっしゃい」
それだけを告げられ、キセイは小さく頷き外に出ていく。
小屋に再びユリンだけを残し、意味もなく飛び出していった。
▽ △ ▽
――やってしまった。
特に理由もなく外に飛び出てきた慎次キセイがまず思ったのは、その一言だ。
――またやってしまった。
心に後悔を刻み込み、自分で自分の頬を叩く。
「くそ。オレってやつはなんでマトモに会話すらできねぇんだ……」
そう。ユリンに対しあまりに素っ気ない態度で接するキセイだが、本心ではしっかり言葉を交わしたいと思っていた。
それだけではない。慎次キセイは昔から真文ユリンに片想いをしていた。
恋愛感情を抱いており、だからこそ素直に物事を話すことができない。
初めて会った時から彼女のことを好いていて、その上で同棲など――これまで恋の1つとも接点が無かったキセイからすれば、ハードルはあまりに高い。
「だからって無視はダメだよな。もうそろそろ嫌われてもおかしくない頃だ……」
それは自覚している。
未だにユリンが愛想を尽かさず小屋へいてくれることに感謝しているが、その感謝を口に出せない。
一方的に愛する人へ素直な感情を送りきれない。
「はぁ」
ため息を吐き、荒廃した街を目的も無く歩き続ける。
あんな態度で出ていった以上、すぐには帰れない。だからこそキセイは顔を曇らせ、トボトボと足を動かす。
動かし、動かし――。
「まぁ。もうこんな腐りきったオレに、ユリンは似合わないか」
そう呟いた直後。
「あ?」
目の前に、見たことのない石が落ちてあるのを発見する。
「なんだこれ」
かなり特殊で奇抜な石だ。
黄色に光輝いており、不可思議なマークが刻まれている。
いかにも怪しく、触れない方が吉と分かる物――なのだが。
「……なんだ、これ」
キセイは自分でも無意識の内に腕を伸ばし、それに触れようとしていた。
虚な瞳を輝かせ、不可思議な現象を自分のものにしようとして――。
「おい。なにしてんだオマエ」
瞬間、石へ触れるよりも先にキセイは突如現れる拳に頬を殴られた。
「ぐっ!」
あまりに突然のことだったため、受け身も取れず横に吹き飛ばされる。
体ごと放り出され、瞬時に何が起こったのか確認しようとすると。
「あっ……」
そこには邪神がいた。
キセイを殴り飛ばした張本人は邪神であり、更にその正体は。
「ん? オマエ、なんか見覚えがあるな。誰だったか……ヒヒヒ、忘れちまった」
キセイの妹を殺した者、邪神――アツマだった。