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追放された天才錬金術師、悠久の眠りから目覚めると自分が神のように崇め奉られていた件~復讐を止めたいけど部下たちの熱量がすごくて言い出せない~

作者: 大木犬太

「やった……やったぞ………!ついに………ついに完成したんだ…………っ!!」


「おめでとうございます、アルバート様」


男の手の中にあるものは長年の研究の末遂に完成した、すべての錬金術師が欲してやまないもの。卑金属を金に変え、あらゆる病を癒し、枯れ地を豊穣の地へと変えることも出来るとされる『賢者の石』と呼ばれる、神々しく輝く真っ赤な血のような色をした霊薬だ。


「こ、これで私の……ゴホッゴホッ……」


「大丈夫ですか、アルバート様」


まるで枯れ木のようにやせ細り今にも倒れてしまいそうな弱弱しい男の背中を、メイド服に身を包んだ曲線美の美しい黒髪の美女が優しく撫でる。


「すまんな、アルファ。年甲斐も無く興奮してしまったわ」


「お気を付けください。御身にもしものことがあれば、私は…私は………!」


かつてこの地に存在したとされる巨大錬金国家。現代においては地表に古びた遺跡のみがチラホラとだけ点在しているだけであったのだが、地下には錬金術の研究施設が当時の姿のままで状態で保管されていたことをアルバートが発見した。


アルバートがこの地に移住してきたのは今より半世紀ほど前のこと。


アルバートがかつて所属していたニホニウム帝国の学会は二つの勢力に別れ争っていた。一つはアルバートが代表を務める錬金術を基礎とした『錬金工学』、もう一つの勢力が『魔導工学』と呼ばれる勢力であった。


日々研究に励むアルバートであったが、学会では技術の共倒れを防ぐためにどちらか一方にのみ集中して資金を投じると決定を下した。


アルバートは自分が研究をしている『錬金工学』が選ばれると確信していた。研究成果も『魔導工学』派よりも上げていたし、何よりも帝国の国宝とも呼ばれるほどの巨大なチカラを有するアーティファクトは失われた『錬金工学』の技術によって作らたものであり、そのポテンシャルの高さは研究の第一人者であるアルバートですら把握することが出来ずにいたほどであった。


アルバートは天才であった。失われた技術の再現と新しい技術の開発。どちらの分野にも精通し、目を見張るような数々の結果を残してきた。そんな優秀な頭脳を持つアルバートにも不得意な分野があった。それは根回しや裏工作といった政治的な取引であった。


かくして始まった学会での投票日。『錬金工学』が選ばれると信じてやまなかったアルバートの考えはアッサリと覆されてしまったのだ。


曰く『錬金工学など古臭い技術』、曰く『過去の技術ではなく新し技術を開発してこそ意味がある』、曰く『そもそも名前からしてダサい』。


どれもこれもが根拠に欠けるもの言いであり、結果を残してきたアルバートに向けられる言葉は冷たいものばかりであった。終いには『魔道工学』を率いる派閥の長から“そんな古臭い技術にいったい何の価値があるというのだ”という挑発までされてしまう始末であった。


そこまでならアルバートも我慢することが出来た。しかし去り際にアルバートにだけ聞こえる程度の小声で“君は本当に愚かだ。この投票も公平、公正なものではかったというのにね”という言葉を聞いたアルバートは怒りのあまり長をその場で殴りつけてしまった。


成果を出せばおのずと結果はついてくるもの。どちらを優遇した方が帝国の未来にとってどれだけ有益なのか子供ですら分かるものではないか。アルバートのそんな考えとは反対に学会の連中は帝国の未来よりも、潤沢な予算が投じられるであろう『魔道工学』の長から供与されるであろう賄賂に目がくらんでいたということだ。


アルバートはこの暴力事件をきっかけに帝国の学会を追放されてしまう。アルバートは悔しさや悲しみと言った感情よりも、社会に対する深い絶望と憎悪とも呼ぶべき黒い感情のほうが強かった。


アルバートは黒い外装に身を包み帝国を出奔した。彼は子供のころ日の光を浴びると皮膚が赤く焼け爛れるという病にり患してしまっていたのだ。そのため他の子供が外で遊び体を鍛える中、彼は室内にこもり様々なことを学び知識を蓄えていった。


今にして思うとアルバートの社交性の無さはこの病が原因ともいえるだろう。病を憎む気持ちもあったが、それ以上に人間社会というものに対する失望という感情の方が強かった。


目的地のない旅路であったが、アルバートが行きついた先はかつて錬金国家として名をはせた大国の跡地であった。この場所で死ぬのも悪くない、そんな考えでいたアルバートであったが偶然謎の地下遺跡を発見し、その先にかつての研究施設を発見したのだ。


(これは神が私に社会に対して報復をしろという思し召しに違いない!)


アルバートはこの場所を拠点とし活動を始める。食料プラントの復旧から始め、兵器開発、軍事ロボットの研究にまで手を染める。


アルファを発見したのはその辺りの時期だった。研究室に残されていた資料を読み解くと、錬金工学の最盛期と呼ばれたころに作られた人造人間。それが研究室の奥深くに封印されていることを突き止めたアルバートは、自身の研究の手伝いをさせるために彼女を封印から目覚めさせることにした。


「おはようございます、主様」


凛となるような美しい声をした、10代後半ぐらいの少女が封印ポッドからでてきたのだ。妖艶とも言うべき容姿も大変すばらしく、彼女をつれて帝都を歩けば帝都中の男から羨望の眼差しを向けられることは想像に難くない。


「どうかされましたか主様?」


アルバートの様子を心底心配しているような声色で問いかけてくる。不安によって心が押しつぶされてしまいそうな、思わず同情してしまいそうな彼女の様子に、そのきっかけを作ってしまった自分の行動に罪悪感がこみあげてくるほどであった。


「何でもない。それと私の名はアルバートだ。次からそう呼べ」


「かしこまりましたアルバート様」


恭しく一礼し、顔を上げた彼女の顔は満面の笑顔で染まっていた。そうして始まった2人の生活は錬金術の研究に埋め尽くされていたが、彼女は不平不満一切こぼすことなくアルバートに尽くしていた。実際彼女は優秀であり、錬金工学に関する知識も最初からある程度有していたのだ。


充実した研究生活を送っていたアルバートであったが、彼に再び不幸が訪れる。もともと体があまり丈夫でないアルバートは別の病にもり患してしまったのだ。


アルバートはこれまでの研究を一旦停止し、復習を成し遂げる研究よりも先に病を癒すための研究に着手する。そうしていきついた答えが『賢者の石』の製造と、自身の体に定着させるというものであった。




「賢者の石の開発にとりかかったのが今から30年前。ようやくここまで来ることが出来た……」


「はい。ですがかつてこの地にいた錬金術師たちは完成させることが出来ませんでした。流石はアルバート様です」


「私は残された資料を読み解き、精査し統合しただけだ。当時の研究者たちもつまらん派閥争いなんかせずに、互いに協力し合っていればとうの昔に賢者の石を開発できただろうに」


発見した当時のまま、若々しい見た目をしたアルファに応えるアルバート。人造人間である彼女は年を取ることはない。そんな彼女にアルバートは命令を下した。


「アルファ、チューブを外してくれ」


「………!!で、ですが!これを外してしまうとアルバート様が…!」


病にり患しながらも、アルバートがこの年まで生きてこられた理由は全身に繋がれたチューブから送られてくる薬のおかげで会った。これは賢者の石研究の副産物であり、これがなければアルバートはとっくの昔に死んでいた。


「これから賢者の石の移植実験に入る。対象者はアルバート・ホーエンハイム」


「わ、分かり……ました………」


きつい口調で命令を下すとアルファもしぶしぶ従った。延命治療を施しているとはいえアルバートは全身を襲う痛烈な痛みから逃れることは出来ずにいた。死にたいわけではなかった。だが、仮にこの賢者の石が失敗していたとしても、この痛みからは逃れることはできる。それは今のアルバートにとっては救いでもあり、彼が実験を強行した理由はそこにあった。


アルバートは残された力を振り絞って医療用ポッドの中に入った。賢者の石を飲み込むとポッドの中が液体で満たされていく。ガラス張りのポッドの外では、気丈にふるまいながらも涙を必死にこらえているアルファの姿が見えていた。


「アルファ。私が眠りについたらお前は自由に生きろ。私に遠慮することはない」


「アル、バート様……」


「お前と過ごした人生は楽しかった。私はお前のことを……」


娘のように思っていた。その言葉を言い切る前に、液体がアルバートの顔の高さにまで浸水し、アルバートの意識は深い闇の中に消えていった。




瞼越しにでも分かる暖かな日の光を顔に浴びアルバートは目を覚ました。


(太陽の光なんて子供のころ以来……そうか、賢者の石は成功していたか)


瞼をゆっくりを開けると遮光カーテンの向こう側にはサンサンときらめく太陽が顔をのぞかせており、そのまぶしさのあまりアルバートは手を陽にかざして陰を作る。


(なんじゃこりゃーーーッ!!)


まるで帝城にある貴族専用の豪華な天蓋つきのベッドの上に寝かされていたことよりも、アルバートが寝かされていた部屋がとても広くて高級そうな調度品が飾られていたことよりも、ガラス窓から見える庭の景色が美しくキレイな花々が咲いているという事よりもアルバートには驚いたことがあった。それは自分の枯れ枝のように細くなっていた自分の手が、若々しくそして程よい筋肉のついているものへと変貌を遂げていたことであった。


アルバートは急いでベッドから立ち上がり窓ガラスの方に歩み寄ってガラスに映る自分の姿を確認する。そこにはかつて、というよりは体感にして数時間前の自分の痩せ衰えた姿はなく、十代後半から二十代前半と言った健康的な若者の姿があった。


混乱のうちにあるアルバートであったが、部屋をノックされていることに気が付き根が小市民であるためか無意識のうちに“どうぞ”と応えてしまう。


「おはようございます、アルバート様」


恭しく一礼するアルファ。依然として混乱のうちにあったアルバートであったが、見知った顔を見ることで少しだけ平静を取り戻すことに成功する。


「ああ、おはようアルファ。ところでここはいったいどこなんだ?」


自由に生きろと言ったのにな。そんな言葉が出かかったアルバートであったが、そんなことよりも先に聞かなければならないことが彼にはあった。


「かつて私とアルバート様がともに研究していた地下研究所。その場所の更に地下深くに隠されていた地底国家になります」


アルバートが眠りについたあとアルファは彼の研究を引き継いで様々な研究に従事していた。その最中この場所を発見し、アルバートの眠る医療ポッドごとこの場所に移住してきたのだ。


「地下ってことは、あの太陽の光とか外に吹いている風とかも人工の物ってことなのか?」


窓ガラス越しに外を見れば、草木がわずかに揺れ動いているのが視界に入っていた。


「左様でございます」


この地底国家には人はおらず、ゴーレムとよばれる機械生命体が建物や設備などを維持管理をしているのみであった。しかしアルファの様な人造人間が封印されていたことをしった彼女は、アルバートの研究成果を利用して他の人造人間を封印から解き放った。その数33,650体。


アルファ1体ですら目覚めさせるのに数年を要したアルバートからすれば、彼女の働きに目を見張るどころの話ではなかった。


「ず、随分とたくさんいたんだな…時間もかかったんじゃないのか?」


「アルバート様が眠られてから時間はいくらでもありましたから」


「そ、そうか………ん?俺ってどんくらい眠ってたんだ?」


「およそ1000年間になります」


「…………………?」




「アルバート・ホーエンハイム様。御身の前に揃いましてございます」


地底国家の中央に位置する巨大な王城。その玉座の席にあれよあれよと言う間にアルバートは座らされ、彼の前にはおよそ100名の眉目秀麗な人造人間達が膝をつき、首を垂れてアルバートの命令を待っていた。


「う、うむ。ご苦労。それでアルファ。コイツらはいったい何なんだ?」


「アルバート様の野望を実現させるため、私共が用意した部下にございます。彼女らはその中でも特に優れた能力を持ち、幹部にあたる役職を与えた者達でござます。畏れ多くはございますが、アルバート様の前にその姿をさらすことをお許しいただけるのであればこれに勝る喜びはございません」


(野望……?………ああ、そういや昔、人間社会に報復したいってアルファに散々語っていたな。最近じゃ病の治療法のことばかり考えてたからすっかり忘れてたわ)


アルバートは人知れず背中に大量の汗をかいていた。きっかけは自身の研究を認めてもらえないという復讐からか始めた研究であったが、最近ではその目的も薄れ始め、単に知識欲を満たすという事に重点を置いていたためであった。


しかしアルファは違った。アルバートの目的はあくまでも人類社会に対する復讐であると信じ切っており、そのための戦力をアルバートが眠っていた1000年間ひたすら集めてきていたのだ。


社会に裏切られたアルバートにとっては人類なんてどうでもよい存在だ。それよりも、娘のように思っているアルファが自分の為にこれほどまでに努力してきてくれたという方が遥かに嬉しい……と言う感情よりも、それほどの長い期間働かせていたという罪悪感の方が強かった。


「さ、流石だな、アルファ。感謝するぞ。本当に……本当にな」


「も……っ!もったいなきお言葉……!!」


頭を下げ、涙を堪えたような声色で応えるアルファ。そんな彼女の様子を見て、彼女に封印を解かれた人造人間達も感極まって涙を流している者達も何人もいる。他者の心の機微に疎いアルバートであっても、アルファが彼女の部下である人造人間たちから慕われているということを察することはそう難しい事ではなかった。


「……さて、私は少しばかり外の世界を見て回ることにする」


罪悪感にこらえきれなくなったアルバートはこの場を逃げ出すことにした。心のどこかで自分の行動を批判する自分もいるが、これ以上この場にいることがつらくなってもいたのだ。


「かしこまりました。では、警備部門長を筆頭にアルバート様の護衛部隊を………」


「無用だ」


「で、ですが……!」


「無用だといっただろ」


アルバートは自身の掌に膨大なマナを収束させる。その量は常人が体内に宿す量の数千倍を優に超えており、攻撃魔法に転じれば戦略級魔法を易々と放てるほどの量であった。


「こ、これは……!さすがはアルバート様っ」


アルバートはニヤリと笑う。賢者の石を体内に宿した影響か、目覚めたアルバートの体には膨大なマナが宿っていたのだ。


1000年もの時代の移り変わりによって、社会がそして文明がどれほど発展しているのかアルバートには想像もつかなかった。だがこれだけのマナがあれば、少なくともこの場所まで逃げ帰るだけの時間は稼げるはずであることだけは確信していた。


「では行ってくる。アルファ、留守は任せたぞ」


「ははっ!」


アルバートは転移魔法を行使する。かつては大量の魔力を貯め込んでいる複数の魔道鉱石を消費しなければ行使できなかった魔法であったが、今のアルバートであれば片手間で行使できる魔法だ。この魔法を行使した時に感じるほんのわずかな浮遊感の後、アルバートの目の前の景色が一瞬で切り替わった。





「はぁ~~~。ヤッベ、罪悪感が半端ないんだけど」


周りにアルファたち人造人間がいない場所に来たという事でアルバートはようやく一息つくことが出来た。彼女が部下である人造人間にアルバートのことをどう伝えていたのかは知る由もないのだが、部下たちもまたアルバートに向ける目線は圧倒的上位者に向けるものであり、一研究員であったアルバートには重いものであった。


しかし過去をかえることはできないし、アルファが積み上げてきてくれたものを無為にはしたくないという思いも強い。本当に復讐のしたかった連中はすでに墓の中だろうが、アルバートの人間社会に対する落胆や復習したい気持ちはホンモノであり、1000年たったからといって消え去っているわけではなかった。


自分の気持ちを再確認したアルバートは自分がどこに転移したのか冷静に考えることにした。


あの時はこの場所から離れたいという一心で目的を適当に決めてしまったが、冷静に考えればそれはあまりにも愚策である。落ち着いて周りを見回せば少し離れた場所に人間の姿をチラホロと見かけることも出来た。


(情報を集めるためにも人から話を聞くのが手っ取り早いな。言語は通じる……よな?)


一抹の不安を抱きながらもアルバートは前進する。アルバートは健康的な若い肉体に感謝しながら、その道中、なぜ病を癒すだけでなく肉体までもが若返ったのかについても考察を重ねた。


(やっぱり、膨大なマナがきっかけってのが有力だろうな。古龍とか幻想種とかも不老長命って話だし)


思案に耽っていたせいであろう。アルバートがわき目もふらず前進していると、彼の進行を妨げるような形で柵が設置されている場所にでる。その策が囲っていたのはアルバートの記憶にある、とある人物を象った立派な胸像であった。


(………?あれ?この顔って確か……)


胸像に刻まれた文字にも見覚えがあり、その人物の名前にも見覚えがあった。どうやらニホニウム帝国は健在のようであり、少なくとも言語は通じるのだろうと考える。アルバートは少し離れた場所にあるベンチに腰を掛けていた、暇を持て余していそうなご老人に声をかけた。


「すまない、あの胸像のお方はどういった人なんだ?」


「なんじゃ若いの。まさかおぬし、アルバート・ホーエンハイム様をご存じないのか?」


心底あきれたような口調で老人が答える。そんなもの言いにアルバートは腹が立った、というよりは、やはりそうだったかと言う感情の方が先に来る。


「……いや、実は祖父母とつい最近まで山の奥で生活をしていたんだ。こういったことに疎くてな。出来ればこの方のことを教えてはもらえないだろうか」


「そうか……ちょっと待っとれ」


その老人は近くの自動販売機でジュースを買いアルバートに手渡した。アルバートからしてみればとっさに出た言い訳ではあったのだが、この老人は何か重いものを感じ謝罪の気持ちとしてジュースを奢ったのだ。アルバートも訂正するのも面倒だったのでそのまま話を聞くことにした。


「ボウズはエクスギアを知っておるか?」


「もちろん」


と、言うよりは、かつてのアルバートが基礎設計を作り出した発明品だ。大気中にあるマナを吸収し、壊れさえしなければ永久に動き続けるアーティファクト。魔道工学派の連中に邪魔さえなければ、追放される数年前までには実用化されていたるはずだった彼の自信作であった。


「エクスギアの生みの親。他にワシ等の生活にはかかせんたくさんの発明品を作られたトンデモなく偉いお方じゃ。帝国市民であるなら、あのお方の顔と名前ぐらいは憶えておくがいい」


「分かった、心得よう。ところでこのアルバートという人なんだが―――」


「これっ!!アルバート様じゃっ!敬称を付けんか敬称を!!」


鬼気迫る様相で老人が大声を上げて怒鳴りつける。あまりの気迫に圧倒され、アルバートもカクカクと頷き言葉を失ってしまう。


「そ、そうか。分かった、アルバート様だな」


「分かればよい。じゃが周りに人がおらんでよかった。アルバート様は錬金工学に携わる者達からすれば神様のようなお方じゃ、呼び捨てしているところを聞かれてしまえばどういった目にあわされるか分かったものではないぞ…」


自分を敬っている存在にひどい目にあわされるのか。アルバートはそれだけはイヤだなと思いつつ、先ほど浮かんでいた疑問を思い出すことに成功し気を取り直して再び老人に問いかける。


「アルバート様の没年不明となているが…」


そもそもアルバートは死んでいないため、彼自信からしてもおかしな質問であると言い切ることができた。しかし1000年前に何があり、自分の栄誉が守られていた理由は知りたくなっていた。その質問を聞くと老人の顔が渋面を作る。


「情けない話じゃが、当時の学会の連中がアルバート様を追放なされたんじゃ。彼の御方と敵対関係にある派閥の長に賄賂によって懐柔されてしもうてな。その後は行方知れずじゃ。あの御方が帝国におられれば……帝国の文明は今の100年先を行っておったじゃろう」


「もう少し、その辺りの話を詳しく聞かせてはもらえないか?」


アルバートが最も欲していた情報であった。加えて錬金工学が復権した理由も知りたい彼からすれば、この先の情報こそ最も重要な話となる。


「ほう……ボウズは歴史に興味があるのか。だとすれば運が良いな、儂は数年前まで学校で歴史を教えておったからの」


偶々声をかけた老人がそのような経歴の持ち主であったことにアルバートは自身の幸運に感謝した。


今からおよそ1000年前。アルバート学会を追放されて数年後、1人の学会員が告発され皇帝陛下直属である特捜部隊の監査が入ることになった。その結果、長年学会全体で行われていた数多の不正が明るみとなる。


本来であれば帝国の規範とならなければならない学会員の罪は他の職業の者が行う罪よりも重いとされ、その存在意義すら疑われることとなりすべての学会員が財産を没収されたうえで帝国を放逐される。


当時の帝国の国力も近隣諸国を圧倒しており、それと同時に他国に対する影響力も相当なものであった。そんな帝国を追放された人材を他国が欲しがりはしない。多少なりとも有益な知識はあるかもしれないが、帝国の機嫌を損ねてしまえば国が滅ぼされてしまう危険性もあるからだ。つまり追放された学会員を受け入れる国はどこにもなく、遠回しの死刑宣告でもあった。


その中にはすでに学会員入りを果たしていた、アルバートと敵対関係にあった魔道工学派の長もいたというのはアルバートからしても喜び以外の感情はない。


そうして調査が進む中でつまらない派閥争いによる学会員によって潰されてきた数々の素晴らしい発明品に日の光が当たることとなり、その中の一つであるアルバートが開発に携わっていたエクスギアがあったのだ。


その性能の高さに当時の学者はすぐさまエクスギアの研究にとりかかり、数年で実用化にこぎつけることに成功する。そこからもアルバートの残した研究資料なども多数発見され、今日至るまで錬金工学は熱心に研究され続けていた。


それと同時にアルバートの名誉も回復し、今では神様のように称えられている。


「………と、いう事じゃ。今では学会という制度そのものが廃止され、当時のメンバーの名は今でも無能物の集団として帝国の恥部として晒されておるわ」


「なるほど、アルバート様はさぞやご苦労をされたのですね」


アルバートは自分の名誉が回復しているという事を聞いて、そして自分の功績が認められ多くの民から神のように崇められているという事を聞いて自尊心が満たされる。それと同時に心の奥底に溜まっていた鬱憤も晴れ、体感にして数時間前まで感じていた人間社会に対する絶望や憎しみも消えていた。


「……おっと、もうこんな時間か。ボウズもっと詳しいことを知りたいのなら帝国図書館にでも行くと言い。あそこなら心行くまで調べることもできよう」


用事があると言って、その老人はエッチラオッチラと立ち去っていく。その後姿を見送ったアルバートは帝国図書館に向けて移動した。場所は1000年前と変わっていないようであり、老人のざっくばらんとした説明でも問題なく到着することが出来た。


その図書館内にある書物を読み漁るとやはり老人の言っていた話を裏付けるようなものばかりであり、錬金工学に関する書物には必ずと言っていいほどアルバートの名前が記載され『偉大なる発明家』として帝国の歴史にその名が深く刻まれているようであった。


(……ってか、俺が帝国を出てから数年後には名誉が回復してんじゃん。あの頃の俺って人間社会憎しで研究に没頭してたからな……ちょっとぐらい様子見で帝国に戻ってりゃよかった)


当時の帝国の様子を知れば、自分が帝国に戻っていれば大衆からもろ手をあげて歓迎されていたのだと思うとアルバートは少し後悔をした。とは言え、知識欲を満たすことはできていたのですべてがすべて後悔と言うわけでもない。


しかし帝国に戻っていれば潤沢な予算が与えられ、人々から感謝されながら研究を続けることが出来ただろうと思うとアルバートとしても思うところはあった。


アルバートが帝国図書館を出ると日はすっかり傾いていた。そろそろ地底国家に帰ろうかと思い、念のため周囲に人の目がないことを確認して転移魔法を発動させる。彼の心の中は、帝国に来る前とは違い非常に晴れ晴れとした気持ち良い感情に満たされていた。




「アルバート様。人類社会抹殺の為の先遣部隊、部隊編成が完了してございます」


帰宅時早々、機嫌のよかったアルバートは水をぶっかけられたような気持ちにさせられた。


満面の笑みに満ちたアルファの背後にはアダマンタイトで外殻を拵えたと思われる大型戦闘用ゴーレムがズラリと並び、アルバートが設計した携帯型長距離射撃兵装や収束粒子刀を携えた、オリハルコン製の戦闘用パワードギアを着込んだ人造人間が屹立した姿で立っていた。


皆士気が高く、アルファの命令一つで死地にも喜んで赴くような雰囲気を醸し出している。圧倒されるような気持ちを抱きつつも、アルバートは頭を働かせた。


(やっべ、どうしよ……どうしよ………素直に自尊心が満たされたから報復はナシで!って言える状況か?………無理だな。そもそもアルファには人間社会はクソとか存在する価値はないって言ってたけど、理由まではちゃんと伝えてなかった気がする……)


自分の功績がちゃんと認められていたという事実によって、アルバートの人間社会に対する憎しみはほとんど消えていた。そのためアルファたちとの間に温度差が生じたのだ。


「さ、アルバート様。どうぞご命じ下さい!愚かなる人類社会を抹殺せよと!!」


「………………………する」


「申し訳ありませんアルバート様。うまく聞き取れませんでしたので、もう一度おっしゃってください」


「……延期する、と言ったんだ。よく考えてみろ。人間社会には無駄も多く、時には優秀な存在を自分たちが理解できないといったバカげた理由で排斥することもある。だからと言って人類すべてが無能と言うわけではない。油断してしまえば思わぬところから反撃にあい痛い目を見るかもしれない。私はお前たちを失いたくない。だからまずは人類のことをよく調べ、そのうえで作戦を開始すべきだろう」


「ふふっ……なるほど、流石はアルバート様。人間どもの反抗作戦を見越して、そのうえで作戦を遂行されるとおっしゃるのですね。人類は決して敵に回してはならない方を敵に回してしまった……やはり人間と言うのは愚かな生き物と言うことでしょう」


妖艶な笑みを浮かべながら機嫌よさげに語るアルファを前に、アルバートは緊張のあまり額から噴き出そうになった汗を気合と根性で抑え込んだ。先ほどのアルバートの説明はいまさら本作戦を止めるとは言えない、つまりは追い込まれた結果にでた方便である。


(人類の反攻作戦を読むだって!?そんなこと出来るわけないだろ!俺の頭脳は錬金工学特化、それ以外の分野に関しちゃ平凡以下だ!!)


一芸に秀でる者は多芸に通ずとも言うが、この諺は少なくともアルバートには該当してはいなかった。もしかしたら他分野にもある程度の才覚を有していたかもしれないが、病気のため人との交流を積極的に持たなかったアルバートにはその機会がなかったことも関係していたかもしれない。


過去の自分に思いをはせていたアルバートであったが、そんな思いにばかり浸っているわけにもいかなかった。何せ彼の周りにいる人造人間たちは彼の能力を彼以上に高く評価しており、娘のように思っているアルファの子供たちのような存在、つまり孫のような存在である人造人間達を落胆させたくはなかったのだ。


しかし、そんなアルバートの考えとは反対に人造人間達は色めきだっていた。


「さすがはアルバート様ね。アルファ様がおっしゃっていた通りの御方だわ」


「まったくその通りかと。恐らくはアルバート様が転移魔法を使われ戻って来られるまでの僅かな時間に、人間国家の勢力を視察されていたのではないでしょうか」


「なるほどね。御大将自ら強硬偵察されるのはいただけないけど、それだけアルバート様の士気が高いという事か。僕たちもうかうかしてはいられないな」


「そうね、その通りだわ。本当なら部下である私たちがやらなければいけなかった雑務だもの。もしかしたら、私たちの能力を疑っていらっしゃるのかもしれない。こうなったら少しでも早くアルバート様に認めて頂くためにより一層励まなければならないわね」


アルバートの座る玉座のような席から人造人間達のいる場所は離れており、尚且つ彼女たちは小声で話し合っていた。にもかかわらず彼女たちの会話はアルバートの耳にしっかりと届いていた。


(くっそ!コイツ等の俺に対する評価が高すぎなんだよ!つか、何でこんだけ離れてんのに話が聞き取れてんだ?これも賢者の石のチカラなのか!?)


人間、知らなければいたほうが幸せなことだってあるのだとアルバートは身をもって知ることとなる。


その間もアルバートは必死に頭を働かせ、人造人間たちの人類社会抹殺計画を彼女ら落胆させない形で中止させるための案を必死に考えを巡らせる。そうして考えて考えて考え抜いたアルバートはゆっくりと口を開いた。


「今日は……少し疲れたな。アルファ、休養を取りたいので俺の部屋まで案内してくれ」


頭が痛くなるぐらいまで考えぬいたアルバートであったが答えが出ることはなかった。そんなアルバートが下した決断は、未来の自分に託すというあまりにも哀れなものであった。


「かしこまりました。どうぞこちらへ―――」


アルファ自らアルバートを部屋まで案内をする。彼女は人造人間たちの実質的なリーダーのような立場であり、本来であればそのような雑務をしなければならない立場にはない。つまり彼女自身が望んでいた仕事であったわけだ。


自分の部屋に案内されたアルバートであったが、彼が目覚めた場所とは違う別の部屋に通された。その場所もまた見事な造りと豪華な装飾品が目立っており、平民であったアルバートにはかなり居心地の悪い空間となっていた。


かと言って、せっかくアルファが用意してくれた部屋という事もあってこれを拒むことはアルバートにはできるはずもない。


「ご苦労だったなアルファ。今日は疲れた、1人にしてくれないか?」


「分かりました。アルバート様―――」


アルファが一瞬ためらったような表情を見せた後、意を決したような表情に変わり口を開いた。


「ご生還、こころよりお祝い申し上げます。貴方様とこうしてもう一度、お会いすることが出来て本当にうれしく思います」


そう語るアルファの目に涙が溢れていた。1000年前の別れの時、彼女は涙をこらえることが出来ていたにも関わらず。ここにきてようやく、アルバートの体感からすればほんの数時間の話ではあるが、彼女からすれば悠久に等しい期間を過ごしてきたのだと改めて実感することになる。


それと同時に、アルバートとの約束?である人類社会に対する報復という野望が、彼女にとっても心の拠り所であったのかもしれないという考えにも至る。余計に計画の中止を言い出しにくくなったアルバートであった。


罪悪感はあるが、アルバートを神のように崇める人間社会を撲滅したいかと聞かれれば否定せざるを得なかった。心は晴れ、病は癒え、永遠に等しい寿命を手に入れたアルバートであったが、彼の苦難とも呼べる日々はここから始まってしまったのだ。

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