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【清水伊織】花火

【清水 伊織】

 十二月二十四日。

 世の中がクリスマスで賑わっている中、【紫の海になって、】は一気に有名になった。

 作者が書いたあとがきが話題になったからだ。

 

 *****

【紫の海になって、】[あとがき]

 十二月二十四日。

 この作品を完璧にする。

 『紫の海になって、』

 決して綺麗な月になりたいのではない。綺麗な海になりたいのではない。

 年に一回花を咲かせる、花火になりたいのだ。

 読んでくれてありがとう。

 批判してくれてありがとう。

 共感してくれてありがとう。

 

                月海奏

 *****

 

 十二月二十四日、月岡奏はこれを書き終えた後、海で入水自殺をしたと言われている。彼は、私が入院していた病院に運ばれてきた。


 月海奏のあとがきを、顔も知らない誰かが話題にし、それを見た私たちの学校の誰かが、月岡奏の顔写真や個人情報をネットに流した。


『月海奏の本名は、「月岡奏」』


 一つの書き込みによって、二人は一つとなった。

 この書き込みは、書かれてから一週間も経たないうちに大きく広がり、ネットニュースにもなった。SNSで大きく取り扱われたり、月海奏が書いた小説を無断転載している人もいた。

 そうして大きく広がっていた【紫の海になって、】を、多くの人が読むようになった。

 月岡奏がこの世からいなくなってからすぐについたコメントでコメント欄は埋め尽くされた。


――ご冥福をお祈りします。

――これ書いて死ぬってすげえな。

――写真見たけどマジでイケメンだった。死んだ理由がわからん。俺ならあの顔で女食いまくる。

――あの人バスケで有名な人! 中学の時全国の選抜大会にも出てた!

――俺、一緒のクラスで仲良かったけどまじで良いやつだった。

――いや、普通に自殺とかクソ過ぎるだろ。

――死んだの後のことまで、自分で作品にするとかイカレてんな。

――本当に親から暴言吐かれてたのかな。

――なんか嘘くさい笑顔してたよな。写真のせいかもしれんけど。

――イケメンへの嫉妬乙w


 月岡奏に対するコメントが波のように溢れ返っていた。そのどれにも返信は無い。


――私も無性愛者だから気持ちわかる。

――最後の蒸発の表現、結構好きだけどな。

――なんかこれ、読んでて辛かったな。


 そんな中でも、月海奏に対する言葉もまだ生まれていた。


 バァン!

 

 イヤホン越しに、何かが爆発する音が聞こえる。

 でもその爆発はすぐに止まった。


 奏くんのお葬式に、私は参加しなかった。入院中ということもあったし、何よりそこまで関わりがなかったからだ。

 病院で変わらない日々を過ごしていると、朱音から連絡があった。電話ではなく、メールだった。


『一緒にいて欲しい』

 

 それだけ書かれたメールが送られてきて、朱音は私のいる病院へ顔を出した。一人ではなく雄大くんも一緒だった。

 二人はお葬式の後すぐに、奏くんのお兄さんから月海奏が奏くんであることを教えられたらしい。

「これは奏が書いたんだ。だから、二人にはそれを見て欲しい。奏の気持ち、ちゃんと知って欲しい。僕からのお願いなんだ」

 そう言われたと朱音が言っていた。

 

 そうして、私のいた病院の四ニ八号室で、二人は【紫の海になって、】を読み始めた。

 朱音は多分、お葬式でも泣いていなかったと思う。私と一緒に、病院にやってきた奏くんを見た時だって、泣いていなかった。

 多分、朱音はずっと奏くんがいなくなったことを信じていなかったのだと思う。

 また、会える。

 そう思っていたのだと思う。自分をそう信じ込ませていたのだと思う。

 

 でも、【紫の海になって、】を読み終えたときの朱音の顔は、雨上がりのグラウンドのようにぐちゃぐちゃになっていた。雄大くんも同じだ。


 その時、私は、高揚した。

 泣いている二人を見て、思わず笑みがこぼれそうになった。

 二人のぐちゃぐちゃになっている顔を、奏くんに見せてあげたいと思った。


 君が死んで、二人はこんなになっちゃうんだよ。


 そう教えてあげたいと思った。


 バァン!


 イヤホン越しの爆発がさっきより大きく聞こえた。

 でもまたそれはすぐ止まった。


『遺書として書きました』

 送られてきたメールを思い出す。

 あれは私の質問に対する答えじゃない。

 きっと、不器用でかっこ悪い彼の最後の願いだった。

 ああやって誰もが目に付く場所に小説を出したのには、理由があったはずだ。

 

 願いはちゃんと叶っただろうか。

 彼の『裏側』はちゃんと伝わっただろうか。

 

 バァン!


 爆発音が近くで響く。


 私はそんな時でも、【紫の海になって、】の最終話を読んでいた。


 携帯の通知が鳴る。

『花火見てる?』

 つばさからのメールだ。

 今日は、八月の最終土曜日。去年までは、音楽を聴きながら過ごしていた。

 耳に刺さったイヤホンを抜き、立ち上がる。

 部屋に窓はないから、ベランダまで一目散に走った。歩くことすらままならなかった半年前までのことなんて、私の身体はすっかり忘れている。

 私は窓の鍵を開け、ガッと一気に開けた。そして、ベランダへと身を乗り出す。

 

 バァン! 

 

 ……。


 窓を開けると同時に、大きくて綺麗な音が私の耳で弾けた。

 赤、

 青、

 白、

 ピンク、

 紫、

 と次々と形の違った綺麗な花が空で満開になる。

 

 その後の真っ暗な空ですら、綺麗に見えた。

 

 私は空を見ながら、つばさにメールを打った。

『悪くないねぇ』

『なんで上からやねん(笑)』

 送信すると、すぐに返信が来た。

 

 生ぬるい風が、私の前髪をなびかせる。

 朱音は今年も私を置いて、幼なじみと一緒に夏祭りへ行っている。

「明日、会いに行ってくる!」

 昨日の夜の電話したときの朱音の声を思い出す。

 あんな嬉しそうに会いに行かれると、私としては困るのだ。

 

 私を置いて、大好きな人と一緒に、大好きな人に会いに行くなんて。

 

 大きな爆発音が空で鳴る。

『眩しすぎてやっぱり嫉妬しちゃうね』

 私はメールを開き、綺麗な彼にメールを打った。

 返事が返ってくることは、もう二度と無い。

 ありがとうございます。

 そう素直に受け取ってくれるといいな、と思った。

 ベランダから部屋に戻ろうと、振り返ったとき、背後で声がした。

「おーい! 伊織―!」

 再び振り返り、ベランダの柵から顔を覗かせ、下を見る。

 

 そこには、私に花火の綺麗さを教えてくれた人がいた。

 私が飛び降りた日、『夕食はいらない』とメールしただけのことで、心配してしつこく電話をかけてきたつばさが、こちらに手を振っていた。

「花火! 綺麗だろ!」

 ニカッと笑う彼の目は、綺麗な花火によって、穏やかに光っていた。

 

 あ、そっか。


 それを見た時、奏くんの気持ちが少しわかったような気がした。

 空で、また違う形の花火が打ち上がる。

 

 恋でもない、友情でもない。

 名前のない愛情を、私も心の中にずっと持っていた。

 ただ、それを口に出して伝えることは、きっとこれからもないだろう。

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