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【紫の海になって、】[最終話][打ち上げ花火のような蒸発]

 誰だ。

 聞いたことのある声だけれど、誰かは思い出せない。

 だんだんと視界が暗闇へと変化していく。そして何も見えなくなった。

 なんだこれ。

 もうダメじゃないか。

 『大丈夫?』って何だ。

 俺はこれまでずっと。ずっと……。

「大丈夫じゃないです」

 あっさりと言葉が出た。俺は見えない誰かに対し、ずっと出せなかった言葉を初めて言った。


 身体から大量の海水が湧き出る感覚がする。毒が抜けていくような、気持ち悪さが無くなっていくようなそんな感じだ。

 溜まっていた毒が流れ出ても、その色を確かめることはもう出来ない。

 自分がどんな姿か確かめることは、もう出来なかった。

「あははー! ブサイクだね」

 お茶のような声の主は俺にそう言った。

「うるせぇよ」

 口が無いのにどうして会話が成立しているのかわからない。おっさんは笑い声を上げている。ブサイクだなんて初めて言われた。

 

 決して褒め言葉ではない「ブサイク」という言葉を受けて、俺は心が躍るほど嬉しくなった。

 海の波が立つときのような、そんな気分になった。


 どんなに褒められても、どんなに女に告白されても、どんなに感謝されても、ずっと死にたいと思っていた。まともに喜べない自分が嫌で、その最低さにずっと心を痛めていた。

 けれど、このおっさんのブサイクの一言で俺は止めていたもの全てを吐き出した。


 ずっと怒られたかった。

 ずっと嫌われたかった。

 ずっと無様だと言われたかった。

 かっこ悪いと言われたかった。

 だから、二人にわざと嫌がらせをした。

 

 けれど、誰一人としてそんな俺を認めてくれなかった。

 俺の小さな嫌がらせに二人は気付かなかった。俺のする行いは、全てが正しいと勘違いされた。

 

 怒られることは嫌いだけど、俺はずっと二人に怒られたかった。

 

 頭がよくて、成績優秀で、運動が出来て、優しくてかっこいい。そんな言葉は俺にとって褒め言葉でもなんでもない。

 ただ、死にたいと言っている俺を見て、かっこ悪いと言ってほしかった。

 そう言って笑い飛ばしてほしかった。

 本当の俺を見つけてほしかった。

 死にたいと思う俺を見てもらいたかった。

 

 俺が海になった、って知ったら二人は泣いてくれるだろうか。

 雨ぐらいじゃなくていい。

 ただ、かき氷の溶け残りぐらいでいい。泣いてくれ。

 

 そしたら俺はお前らと空で会える。

 

 気がつくと寒さも苦しさもなくなった。


「やっぱり君、綺麗な色してるね。昔息子と娘と一緒に見た花火によく似てるよ」

 何も見えないのに、聴力だけはずっと残っている。 


――花火?


 そっか。俺は花火の色をしているのか。赤か、青かまたもや別の色かもわからない。

 ただ一つだけわかることがある。


 それは絶対に綺麗な色なのだろう。


 だってあいつらと一緒に見た花火、綺麗だったから。





――月よりも、お前らと見る花火の方が、綺麗ですね。

 

 そうだ。俺はこれを伝えたかったのだ。どうかな。伝わったかな。


 まぁ、どっちでもいいや。

 

 毎年花火を見る度に、俺の顔を少しでも思い出してくれればそれでいい。

 隣に誰がいようとも。

 

 気が付くと太陽に手を取られて俺は空に近づいていった。

 

 まるで、花火が打ち上がるかのように。


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