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【清水伊織】依存

 高校の二学期期末テスト最終日、前日の夜のこと。

 眠れずに夜起きていると、携帯の通知が鳴った。おやすみモードにしていたから、ぶーっと棚の上で携帯が揺れる音がした。

 暗い部屋の中で、手探りで携帯に手を伸ばす。

 暗い部屋の中でのいきなりの光で目がくらむ。目を凝らしながら見ると、小説アプリからの通知だった。

『お気に入り作品に通知が来ています』

 私はそれをタップし、すぐ作品ページに飛んだ。

 通知が来るだけで、胸がドキドキする。

 夜の静かな外とは違い、太鼓が鳴るようにどくんどくんと一定のリズムで心臓の音が鳴った。

 いったいこの話はどのような結末を迎えるのだろうか。

 私は、最新話を読み始めた。


*******


 読み終わってしばらく放心していた。感想を言葉に表すことも出来ない。

 この話の主人公は、辛い気持ちをフィクションに押しつけていた過去の私のようだった。

 自然と涙が溢れる。頭の中に、過去の自分が鮮明に蘇ってくる。

 

 同性を好きになったことで苦しんだ私は、同じに苦しみに耐えてハッピーエンドになる作品に依存していた。同性を好きになり、周りから非難に苦しめられ、それを乗り越えていく。そして、最終的に思い人と結ばれる。そんな話を中学生の頃、よく読んでいた。

 また、両親の仲が良くなかった私は、バラバラになった家族が、救いの手によって幸せになれる作品に依存していた。子供を殴るひどい親がいて、でも子供はその親が大好きで、なんとか和解して幸せになっていく。そんな話に依存していた、昔の私。


 【紫の海になって、】も、父親の暴力を受ける描写がかなり鮮明に描かれていた。まるで、全て本の中に閉じ込めて、真実を無かったことのようにしているみたいだった。

 ティッシュをつまみ、鼻をかむ。

 いつも小説を読むとき、登場人物の気持ちに肩入れしすぎるのだけれど、この小説の主人公には肩入れ出来なかった。

 なぜか主人公より作者の顔が浮かぶ。

 自分が無性愛者でないことは確かなのに、同じ苦しみを感じているかのように共感してしまう。

 かんでもかんでも鼻水は止まらない。

 

 私は死のうとした。

 確かに死にたいと思った。だから飛び降りた。

 でも、その感情には裏側があった。その裏側が、この作品を読むことによって見えてきた。


 同性を愛する自分を認めてほしい。両親に愛されたい。朱音と付き合っていることを許されたい。私の気持ちの大きさを証明したい。

   

 私が思う死にたいの『裏側』にはいつも、贅沢な願いがあった。

 

 そして、【紫の海になって、】の主人公にも、感情の『裏側』がはっきり存在していた。

 意味不明な興奮が抑えられなくなって、足がうずいた。

 最新話を何度も読み返し、また、初めから読む。それを私は夜中ずっと繰り返した。読む度に新しい発見をする。文章から読み取れるものをひとつ残らず感じ取るために、繰り返し読み続けた。読むたびに、涙が出た。

 寒い海の中に取り残されたような気分になる。

 深いところまで沈んでしまっているような怖ささえ感じた。この作品が、良い、好きだと思っているはずなのに、恐怖心も同時に生まれる。

 私は夜中、海の中からずっと出てこられずに、何度も同じ話を読み続けた。

 

 

 十二月二十四日の日の朝。

 今年のクリスマスイブは土曜日で、朝から朱音がやってくる。

 そんな中、朝四時頃に目が覚めてしまい、しばらく布団の中で【紫の海になって、】の作者とのメールのやりとりを眺めていた。

『蒼空と日和は実際の誰かをイメージして書いたのですか?』

 私のメールに対する作者の返信は、いつも遅かった。

 昼間に帰ってくることなんてまずない。いつも夜中だった。

『そうです』

 私は作者に繰り返し質問を送った。どうにかして、メールを続けたかったからだ。

『その他に海も誰かにイメージしてますよね?』

『そうですね。深いところまで読んでくださり、ありがとうございます。嬉しいです』

 少しの長文が帰ってきたときは、、ひどく興奮したものだ。

 続いてメールを見返していく。

『あなた自身は無性愛者ですか?』

 これは、先週送ったメールだ。

 九割答えのわかっているのだけれど、あの時は会話が続いていたから、どうしてももっと話したかった。

 でも、返ってきた返信は私の思っていたものとは少し違った。

『わかりません。恋愛がしたくないのか、したい人と出会えていないだけなのかわからないからです。でも自分のことを無性愛者であると思っています。そう思わないと、生きていけないからです』

 

 わからない。

 その一言だけを見れば疑問しか浮かばない。でも、それに続く文字を見て腑に落ちた。

 作者が私が同性愛者だと知るはずもないのに、同時に私に対して、同性愛者だと確信するには早すぎると言われているような気もした。

 私がこの先、好みの男性に出会うことだってあり得るのかもしれない、と。


『どうしてこの作品を出そうと思ったのですか』

 今では、このメールを安易に送ってしまったと、後悔している。私は続く作者の返信を見る前に、新しいメールを開いた。これまでは、来たメールに返信する、という形で、メールを送っていたけれど、新しいメールを作成した。

 そして、今度は質問じゃないメールを送っておいた。

 携帯を棚に置こうとすると、手のひらでブーと通知がなった。思わずびくんと身体を跳ねさせる。

 私は置こうとした携帯を取った。

『お気に入り作品に通知が来ています』

 こんな早朝なのに通知が来ている。

 さっきまでうつろだった目が、ひどく冴えわたっていくのを感じた。


 私は、震える手で『最終話』と書かれた画面をタップした。


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