【清水伊織】寸草春暉
十一月末。寒いと感じる季節になった頃、『部活が午後からやから明日行く』と、夜につばさがいきなりメールを送ってきた。つばさはいつも勢いで生きている。いつも即席の予定でことが決まっている。
その翌朝、つばさは私が朝食を食べた直後にやって来た。ちょうどあくびしていて目が霞んだ瞬間に、つばさは現れた。
「よ!」
朝、とは聞いていたが、そんなに早いとは思っていなくて、何度も目をこすった。
「早くない?」
「本持ってきたぞ!」
話が嚙み合わない。そしてうるさい。
私は鼻息を漏らしながら笑った。
つばさは、学校の図書室で適当に本を借りてきてくれたらしい。私がずっとメールで、『ひまだー』と打っていたからだろう。
つばさはトートバッグごと棚の上にどん、っと音を立てて置いた。
「ありがとう」
一応お礼を言っておく。
何かと行動にうつしてくれるあたり、なんともつばさらしい。
私は鼻歌を歌いながら、つばさの借りてきてくれた本を見た。十冊くらいある。ミステリーに時代劇、SFにラノベ。
本のことを知らないつばさなりに、気を遣って色々なジャンルの本を借りてきてくれたのだろう。全く統一感のない、チョイスだった。
久々にラノベでも読もうか。
今のところ読もうとしている順番に本を重ねていく。
「伊織さ。なんかええことあったん?」
鼻歌を歌っている私に、つばさが口を挟んできた。そして丸椅子に腰かける。椅子が、きゅうっと悲鳴を上げていた。
「何で?」
「ずいぶんと機嫌良さそうやから」
つばさは薄ら笑いを浮かべている。
「そう?」
「おん。どしたん? 飯が意外とうまかったん?」
窓の外に見える人たちはみんな厚着をしているのに、今日来たつばさは、なぜか薄着だ。薄いシャツにハーフパンツ。まるで春夏秋冬半袖半パンの小学生みたいだ。
朱音は寒い寒いと言って入ってくるのに、つばさは全然変わらない。筋肉に包まれているから、温かいのだろうか。
私は質問に答えず、つばさを見ながら笑っていた。
「まあ、お前が幸せなら俺も嬉しいわ!」
つばさが大きな声でゲラゲラと笑う。微動な地震が発生したかのような揺れが起こったかのような。音の振動具合だ。
肺活量を増やすため相当な筋トレをしているらしいつばさは、年々声が大きくなっているだけでなく、身体もどんどん大きくなっている。
前に朱音が、つばさのことを「パパみたい」と言っていたのを思い出して、目の前のつばさが老けて見えた。
「何笑っとんや伊織?」
「朱音がつばさのことおっさんみたいって言ってたの思い出してさ。思い出し笑い」
「は!? なんやて!? 留年してそうとか、酒飲んでそうとかよく言われるけど、朱音ちゃんもそんなこと思ってたんか……」
思った以上につばさが肩をすぼめてショックを受けるので、声に出して笑ってしまった。
「嘘! パパみたいで好きって言ってた! おっさんみたいは、私が思ってる」
「なんやと!」
つばさは犬を撫でるように、私の髪の毛をぐちゃぐちゃにした。
「何するの! 最悪」
私はつばさの腹を思いっきりパンチした。対して痛くないくせに、つばさは「ぐはぁ」と声をもらす。そして、さらに私の髪の毛をぐっちゃぐちゃにしてきた。
年頃の男女がじゃれ合っている。そんな様子を廊下から、看護師さんが見ていた。
一瞬目が合ったと思えば、気を遣うように目をそらし、離れていく。
私はぐちゃぐちゃになった髪の毛を、手櫛で整えながら言った。
「ありがとう」
「何がやねん!」
グーパンチで優しく頭を叩かれる。全く痛くない。
「私の義父になってくれて」
「俺は朱音ちゃんのパパちゃうわ!」
心地の良い声が病室に響く。
つばさのちょっと怒ったときのいつもより高くなる声が好きだ。だから、よく私はこうしてつばさを怒らせている。まるで、構って欲しい子供みたいに。
この気持ちは何だろう。
つばさに怒られたいと思う。
優しさが含まれる声で、笑いながら怒られたい。それを見ながら、何も考えずに笑っていたい。
自由気ままなままで、生きていたい。
これからもずっと、つばさと一緒にいたい。つばさがいる人生を、歩みたい。
将来のことなんて、わからない。これからどうしていくかなんてわからない。
ただ一つだけわかることがあるとすれば、私はつばさがいればこれからも大丈夫と言うことだ。
女の子を好きなことを他の誰かに許されなくても、つばさは絶対許してくれる。
つばさはいつも絶対私の味方でいてくれる。
それなら、私もちゃんと、つばさに見合うようになりたい。つばさに引っ張っていってもらうんじゃなくて、並んで歩けるようになりたい。
つばさとじゃれ合いながら、考える。つばさの太い眉毛を見ながら、考える。
ただの幼なじみに対する気持ちとしては、重すぎるかもしれない。
恋人じゃない男の子に対する気持ちにしては、重すぎるかもしれない。
でもそれでも、この思いを捨てずにはいられない。
好きだ。
この一言に尽きる。私はつばさが好きだ。
私は心の底から、笑みをこぼした。朱音といる時とは違う。嬉しさ、喜びというよりは、安堵、安らぎからくるものだと思う。
つばさは、私の頭をひとしきりぐちゃぐちゃにしてから、ぐっと撫でた。犬を撫でるみたいに、ぐしゃっとした。
「まぁ、また来るわ! 風邪ひくなよ。それと、朱音ちゃんによろしく頼むな!」
「うん。またね」
つばさは、相変わらずパパのような台詞を言ってから、消えていった。
その次週、十二月に入り、高校が二学期の期末テスト前に入った頃。
私は外を、松葉杖をつきながら歩いていた。
やることが無かった。
宿題も無い。つばさが持ってきてくれた十冊ほどの本も、たった一週間で読み切ってしまった。
約二ヶ月ぶりの外は、空気がピリリと冷えていた。はーっと息を吐くと、たばこを吸っているかのように息が白くなる。
外は、まるで冷蔵庫の中みたいにぴりりと冷え切っていた。
寒い。寒いけれど、寒さを感じることで生きている実感を覚えた。
ベンチに座り、携帯を開く。朱音は勉強で忙しいだろうし、邪魔は出来ない。つばさにも邪魔はできない。
ふと、通知がたくさん来ていたことに気がついた。小説アプリからの通知だ。
『お気に入り作品に通知が来ています』
同じ内容の通知が昨日の夜中に三件も来ていた。
私がお気に入りしている作品で、まだ完結していない作品は【紫の海になって、】だけだ。
これまでは、大体一ヶ月ごとに更新されてきたが、最終更新からまだ二週間しか経っていない。
急いで作品ページに遷る。三話分の話に『New』と書かれていた。
前回までの、小学生編、中学生編とは違い、小さな見出しは何も無い。
次は高校生編だろうか、と思いながら、寒い空の下で、小説を読み始めた。




