【清水伊織】四つ葉
柔らかな日差しで目を覚ます。
私は布団の上だった。
家では無い、真っ白な布団の上で、管に繋がれている。そして、左足と右手にはぐるぐるに包帯が巻かれている。
あ、私、生きてるんだ。
自分の身体をくまなく見る。身体には怪我が多いが、頭は傷一つついていない。頬にはガーゼが付いているけれど、多分軽傷だろう。そこまで痛くない。
たんこぶ一つ無い後頭部をさすりながら、自分の目で頭に外傷がないことを確認しようとしていると、背後に文字が見えた。
『四二八号室、清水伊織様』
そう書かれた紙が貼ってあった。
私はそれを見たまま、しばらく放心状態で固まっていた。
何分そうしていただろう。身体を起こしたまま、目の前にある自分の名前と、その周りを囲う画用紙で作られた四つ葉のクローバーを見ていた。
『四二八』、だからか『よつば』なのか。
簡単な語呂合わせを理解するのに、かなり時間がかかった。
私の腹が、ぐうっと音を立てて鳴る。
いつから食事を取っていないのか、今は何日なのだろうか。
ちょうど机の上に私の携帯がぽつんと置かれていた。携帯と一緒に飛び降りたはずだが、携帯は私と違って傷一つ無い。
私は、携帯に手を伸ばした。
思った以上に届かない。
私はさらに身体を傾け、携帯へと手を伸ばす。
その瞬間、ずるん、と身体が傾いた。
そして、地面に直撃した。
「いったぁ!」
私は声を荒げた。幸い、痛めている方の右手はつかず、左腕でなんとか全身を受け止めた。
すぐに、大きな音と私の声を聞きつけた看護師がやってくる。まるで、心肺停止になった患者を見つけた時のような焦り具合だ。
「大丈夫ですか!?」
やってきた看護師は、私は心底心配そうな顔で私を見てから、肩を貸してくれた。私は恥ずかしくてうつむいてたまま、その肩を借りた。
布団の上に下ろされて、私は恥ずかしさを誤魔化すために苦笑いをこぼした。
それを見た看護師が、そっと私に微笑みかける。
「起きたんだね」
風邪をひいている家族が、リビングへ顔を出したときみたいな反応をしてくる看護師。
「生きていてよかったね」
ぽかりと心臓の真ん中を、銃で撃たれた気分になる。ポカンと心に穴が空いたような気持ちだ。
私は、看護師の微笑みに、頷けなかった。
よかった、のか?
看護師の『よかった』は、私が生きていることに対してではなく、自分の病院で死人が出なかったことに対しての安堵から生まれたものではないだろうか。
看護師は、何も言わない私に再度話しかけてきた。
「せっかく神様が助けてくれたんだから、もうあんなことしちゃだめだよ」
諭すような目で私を見る看護師。
私は心の中で舌打ちをしながら、表面上で笑顔を見せた。
「せっかく綺麗な顔なんだから、もう傷つけちゃダメだよ」
看護師が、私のガーゼの付いた頬を、優しく撫でる。
褒めているつもりなのだろう。
慰めているつもりなのだろう。
でも私にとっては、不快でしか無い。
綺麗な顔だったら何だ。ブサイクだったら傷つけても良いのか。
看護師は、極めつけに言い放った。
「親からもらった大事な身体なんだから、大切にしなさいよ」
布団の中で、左手の小指がぴくりと反応する。
私の親はもう、とっくの昔に私を捨てている。私が自殺しようが、多分気にしない。むしろ死んでくれた方が喜ぶかもしれない。
誰もが親に愛されて生きていると、思わないで欲しい。
笑っているから、幸せだなんて、決めつけないで欲しい。
だったら、泣けば良いじゃないか、と思うかもしれない。でも、泣いたところでどうにもならない。
私はにっとわざとらしく歯を出して笑った。
泣いてもらう同情なんかいらない。いらない同情を勝手にされるだけだから、絶対に泣かない。
私が頷くことなくただ笑っているだけだったので、看護師は不気味に思ったのか、ご飯持ってくるねと言ってそそくさと部屋から出て行った。
ひとりぼっちになった病室で、ぼーっと白い天井を見る。そして、看護師に言われた言葉を反芻する。
生きていてよかったなんて、私が思うまでに思わないで欲しい。私が認められないことを他の誰かに認められると、自分が間違っているような気がしてしまう。
あんなこと、だなんて言葉で、私の覚悟を片付けないで欲しい。
認めてもらいたい。
死にたい私を、誰かに認めて欲しい。死にたい気持ちをわかってほしい。
天井の一点を見つめながらぼーっとしていると、先ほどの看護師が昼食を持ってやってきた。
会釈して受け取る。
「いただきます」
小さく呟く。
そうして口へと運んでいく。
正しい味。これを明日も明後日も食べておけばいいのだと言われているかのような、給食のような食事。
食事をしているだけなのに、自分を否定されているような気持ちになる。
口に溜まったままの白米を、味の薄い味噌汁で流していく。
喉を食べ物が通るたびに、まだ生きていることを実感した。
死にきれなかった。
これから、どうすればいいのだろう。
下を見ながら口を動かしていると、電話が鳴った。私の携帯から、聞き慣れた音が鳴る。
そういえば、飛び降りた時にも、今聞いている音と同じ音を聞いたな。
あれはいったい誰からの電話だったんだろう。まぁもう、死ぬつもりだったしどうでもいいか。
私は携帯に伸ばす手を引っ込め、食事に戻った。
『紫の海になって、』は更新されただろうか。
ゆっくり瞬きしながら、食事する手を動かす。
やっぱり、あの作品が終わるまでは生きてみようかな。
窓から光が差していて、私を照らした。
鳴っていた着信音はぷつりと途切れた。
食事を終えると、すぐに眠気がやってきた。穏やかな光が、布団のように温かくて気持ちが良かった。
やることがない、というより何をすればいいのかわからなくて、頭が空っぽだった。だからだろうか、私はいつも寝つきが悪いが、すぐに瞼が重くなり、眠りについた。
目が覚めると、夕方になっていた。窓から見える空がオレンジ色になっていた。
誰かが私を見ている。
やけに視線を感じた。
私は、その視線を感じる部屋の外の廊下を見た。
そこには、二人の人が、私の方を穴が開くほど見ていた。
「……はあぁ!? ……いったあああ」
衝撃でとてつもない音量の声が出る。
大きな声を出してすぐ、頭に電流のような痛みが走り、私は頭を抱えた。




