【清水伊織】好きな人
楽しくない五日間の修学旅行が終わった週末、私はいつものようにつばさの家にいた。
つばさは私と同じ団地に住んでいる。
私のお母さんがあまり家に帰ってこないことを、高校一年の時につばさに話すと、それをつばさは自分のお母さんに伝えてくれた。そして、私たちはほとんど毎日、夕食を一緒にとるようになったのだ。
初めはお金のこととか、色々気にしたが、つばさのお母さんは「私一人分ぐらいついでの範囲だ」と言っていた。だからそれに甘えている。
「今日の夕食は豚の角煮でーす」
おばさんはにこにこしながら、ダイニングテーブルの真ん中に鍋を置いた。豚の角煮はつばさの好物だ。
甘い肉の匂いがぷうんと香る。
確か、沖縄でも同じような料理を食べた。ラフテーと言ったっけ。
「よっしゃ! 俺の好きなやつや!」
つばさは、急いで自分の分のご飯を盛りに、大きい図体で台所まで走る。
そしてつばさは、自分専用の大きなお茶碗に、漫画みたいに山盛りにご飯を盛っていった。
私もつばさの後ろに茶碗を持って並ぶ。
つばさの家の食器だけれど、一年間私が使い続けて、もう今では私専用となっている。
ご飯を持って、おかずの並ぶ食卓に座った。つばさの目の前が私で、つばさの隣におばさんが座っている。
「いただきます!」
手を合わせ、大きな声で挨拶をした。そして柔らかいお肉をお箸で掴み、口に運ぶ。口の中でお肉がとろけていく。
「うまい! おばさん美味しいよ!」
「そうでしょ?」
私の言葉におばさんは嬉しそうに頬を赤くする。つばさの笑顔と同じように、鼻が少し膨らむ。
私はそれを見ながら、一目散にご飯をかきこんだ。修学旅行で食べたのよりも何倍も美味しい。
目の前のつばさは、もうすでに盛った半分の量までご飯を食べていた。早すぎる。
私は、口に入れていたご飯を飲み込んで、つばさに話しかけた。
「そういや、吹奏楽部、金賞とったんだって?」
「ああ! そうやねん! すげえやろ! 俺のクラリネットのおかげやな」
「それ、私のおかげじゃないの。オーディション前聴いてあげたじゃん」
「いいや、俺の実力や」
つばさはそう言ってから、唾が飛んでくるんじゃ無いかと思うほど大きな声で笑った。
吹奏楽部が金賞だったことしか知らなかった。オーディションについては、悪い結果だったらと思って聞いていなかったので知らなかった。
よかった。無事にメンバーに入れたのか。
ほっと胸をなで下ろす。
「明日から部活かー」
つばさは口に食べ物を詰めたまま、少しけだるげな顔をした。それから、私と目が合う。
「明日も朱音ちゃんと一緒に教室に来るか?」
「うん。もちろん」
明日は月曜日だ。やっと朱音に会える。
そう思うだけで、顔がほころぶ。
「あら、朱音ちゃんって誰?」
おばさんが角煮に口をつけながら、私とつばさに尋ねてきた。
なぜかつばさが得意げに鼻を膨らませた。
「伊織のかわいいかわいい後輩や」
「あらあら」
二人は私をニヤニヤしながら見た。
きっと、おばさんも私が女の子を好きなことに、ずっと前から気付いている。もし、私が男の子のことを好きになるのなら、高校二年生になってもなお、男の子のつばさの家に入り浸ったりはしないだろうから。
おばさんはそれでも、私のことを食事に誘ってくれる。
普通ではない、自分と違う何かを持っていても、受け入れてくれるのだ。
一緒に食べる人によって、美味しくなったりならなかったりする、と言うのは本当だと思う。
つばさの家で食べるご飯は、一人で食べている学校の学食より何倍も美味しい。きっと、食べ物だけでなく、つばさたちがいつも明るい反応をしてくれるから、その効果によっておいしく感じるのだと思う。
私はもくもくとご飯を食べ、おかわりまでした。
「じゃあな。また明日」
「うん。おやすみつばさ」
食事を終え、自分の家のドアを開ける。
つばさは、「お前は危なっかしいから」という理由で、なぜか毎晩私の部屋の前まで送ってくれる。同じマンションだというのに。
家に自分の部屋の椅子に座る。
そしてポケットから携帯を出した。
通知が来ていた。小説アプリからの通知だ。
夏頃から更新が始まった、『紫の海になって、』という作品を私は、お気に入り登録していた。
この作品の更新頻度は高くない。一ヶ月に一回程度ののろま更新だ。
それに大して人気ではない。
でも、なんだか引き込まれる。
理由はわからないけれど、何か身近なものを感じる。常識での生きづらさというか、普通でいられない人間の心が描かれている気がする。
実際の書籍を読んでいる時も、同じようなことがたまにある。
だいたい本を読み始めたときの感想は、二パターンある。『なんかわからないけどとりあえず読んでみよう』というときと、『文章の雰囲気、物語の雰囲気からして好きだ』と思うとき。
この作品は、明らかに後者だ。
ハッシュタグに、『私小説』とついているからほぼ、作者の経験を書いているのだと思う。なかなか触れないカテゴリだけれど、こんなにも面白そう、と思ったのは初めてだ。
踊るような気持ちで通知をタップする。自動的に小説アプリが起動する。
そして、『New』と書かれたページが現れた。
私がつばさの家でご飯を食べている間に、二話が更新されていたみたいだ。
より世界観に浸りたいので、一話から読み返すことにしよう。
私は目次を押して、一話をタップした。




