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【清水伊織】遠くにいても

清水しみず伊織いおり

 修学旅行一日目の夜、夕食を食べながらつきっぱなしになっている大きなテレビをぽかんと見る。

 最近有名になってきた、イケメンアイドルグループのメンバーが出ているバラエティーショーだ。

 修学旅行に来ているのに、私は周りの人と喋ることなく、そのテレビを見ていた。


 私は、小学生の頃から、みんなが一度は好きになる同級生の男子にも、世間でイケメン俳優と騒がれている芸能人にも興味を持てなかった。

 いつも目に付くのは女の子。

 声が綺麗な女の子。

 自分とは違う、まっすぐで綺麗な髪をした女優さん。

 

 私はいつも女の子に興味があった。

 男の子になりたいのかと思ったこともあるけれど、そういうわけではない。私は女の子として女の子が好きなのだ。そういった人間のことを同性愛者と呼ぶということを、私は小さい頃から知っていた。

 私はお母さんに、自分のことを話したことがある。

 中学三年の春、初めて彼女ができて、お母さんにすぐ報告した。

「お母さん、私、彼女が出来た」

 あの頃の私は、世の中の残酷さを知らなかった。家族という存在に、自分を受け入れてられてもらえないことがあることを知らなかった。

 私は当たり前に、良かったね、と言ってもらえるものだと思っていた。でも、お母さんの反応は真反対のものだった。

「気持ち悪い」

 その時の、私を見るお母さんの視線は、針のように鋭かった。

 とってもそれが、ひどく心に突き刺さった。多分その頃から、私はよく笑うようになった。

 相手に伝えてもわかってもらえない思いを消化するために、笑うようになった。

「なんとなく付き合ってみたけど、やっぱり気持ち悪いから、別れたい」

 だから、付き合った彼女に、二ヶ月もしないうちに別れを告げられた時も、笑えた。


 自分の親と元カノから、私の向ける愛情が気持ち悪いものだということを教えられた。

 お母さんは、たまにしか家に帰ってこなくなり、お父さんは、お母さんと気持ち悪い私を捨てて、新しい女の人と血の繋がらない普通の女の子と家族になった。

 それでも私は、笑っていた。

 自分でも、馬鹿だなーと思う。

 同じ机の上で食事を取っているクラスメイトが、私の方をチラチラと見てくる。

 みんな、私の存在そのものを嫌っている。その中に、かつて一度好きになった女の子もいる。

 千有希だ。那賀千有希。

 千有希は、まるでゴキブリを見つけた時のような怪訝な目で、私を見ていた。


 千有希とは、高校も同じになった。そして彼女は、学校中に私が同性愛者であることを広めた。

 だから、私は高校に入学した頃から自分が同性愛者だとみんなに知られていた。

「清水さんとお風呂入るとか絶対無理なんだけど! 襲われたらどうしよう!」

「いやそれな! 私同じ部屋だよ! 怖いよー!」

 修学旅行に来るとやっぱりいつも以上に気持ち悪がられる。

 目の前に座るリーダー格の三宅さんが、私の名前を出している。


 別に誰彼構わず襲ったりしない。君たちみたいな汚い心の持ち主はこっちから願い下げだ。


 私は黙って、苦いゴーヤチャンプルを口に運んだ。

「そういうのよくないよ。やめようよ」

 まじめぶった女子の委員長が私を庇う。気持ち悪い私のことを大事にする自分に酔っている。不快だからやめてほしい。

 委員長に注意された女子たちは、不満げな顔を浮かべてから、私を睨み付けてきた。私は、それを横目に、テレビの中に映る女優さんを見ていた。


 私は、同性愛者だから嫌がらせされていることに何も感じていない。同性愛者が世間から異質な存在として見られることをもう知っていたからだ。

 周りが普通で、私が異質。

 だから、嫌がらせされるのは自然の摂理だ。しょうがない。

 食事を終え、部屋に戻ろうと一人ホテル内のロビーを歩く。

 視線の先で、つばさとつばさの友達が卓球をしながら遊んでいた。つばさの打つ球は、素早いスピードで相手の方へ飛んでいく。

 楽しそうだな。

 つばさは、腹を抱えて笑っていた。

 そして、私に気付いたのか大きくこちらへ手を振ってきた。つばさの周りにいる男子たちは、私を一目置くように見てから、こそこそと噂話をしているようだった。どうせ私の悪口だろう。

 私は小さくつばさに手を振り返し、すぐにその場を離れた。

 急に昔の事を思い出した。

 

 高校一年になってすぐの、桜の降る季節。

 幼稚園からの幼なじみである神崎かんざきつばさに、自分が気持ち悪いことを話した。

 つばさに捨てられる前に、つばさのことを捨てたかった。

 誰に嫌われても良かったけど、つばさに嫌われるのは、嫌だった。いずれつばさに知られるより、自分から話した方が、後々の苦しみが楽だと思った。

「私、女の子が好きなんだ」

 それを言ったとき、人生で一番緊張していたように思う。多分、朱音に告白したときよりも緊張していた。

 少しの沈黙が、ひどく長く感じられた。

 お母さんと同じように、気持ち悪いと言われるかもしれない。明日からさりげなく避けられるかもしれない。もう友達じゃ無くなるかもしれない。

 そう思いながらうつむいていた。

 でも、つばさの回答は予想に反して、あっけらかんとしていた。

「そうなんや!」

 その時のつばさの顔は、一言で言うと『普通の顔』だった。

「確かに伊織、昔から女優さんとか好きやったもんな。納得やわ……。それより、母さんの豚の角煮うまいんやで。はよ食おうや!」

 つばさは学校の女子たちとは違い、ゴキブリを見るような目で私を見ることはなかった。私のことよりも、豚の角煮のことを気にしていた。

 その時私は心から笑った。自衛の笑顔ではない、意識して作った笑顔でもない、感情を隠すための笑顔でもない、心から嬉しくて笑ってしまった。

 私が両親に捨てられても、私と一緒にいることで友達が減っても、つばさだけは決して私のことを捨てなかった。

 

 部屋に戻り、お風呂へ行く準備を始める。パンツの中に隠して持ってきたウォークマンを、いったんカバンの置くに移動させる。

 出来ることなら、一人で入りたいのだけれど、このホテルには各部屋のシャワーがついていない。大浴場に行くしかなかった。

 着替えを持って大浴場に向かう。

 そして靴下を脱ぎ、脱衣所へ入る。

 すると、中にいるほとんどの人に見られた。同じ学校の人だ、というのはわかるけれど、名前はわからない。時々学校のトイレで会っているような気がするけれど、わからない。

 そんな女子がほとんど。そんな集団に注目される。

 

 ああ、めんどくさ。

 

 私はそそくさと服を脱いで、浴場へと入った。するとまた同じように、注目を浴びる。

 それに気付かないふりをしながら、かけ湯をして、湯船に浸かる。さっきまで近くにいた子が、私から遠く離れて、友達らしき人と互いの身体を守り合うように身を寄せ合っていた。

 大きな湯船に浸かっているのに、身体は休まらない。むしろ凝り固まっていっているような気さえする。

 大きなため息をつくと、今から出るであろう同じクラスの三宅さんと千有希と目が合った。

「レズでも生理なるのかわいそうだね」

 明らかに私に聞こえるように声を上げる三宅さん。隣にいる千有希が笑い出す。

「必要ないのにね」

 何もしていないのに笑われる。声も上げてない、変顔をしているでも無い、ただここにいるだけで、私はいつも笑われる。

 私の悪口を言って盛り上がる二人に、そっと微笑み返しておいた。


 朱音は今、何をしているだろうか。幼馴染の子と一緒に帰っているのだろうか。本当ずるい。

 朱音は私と同じじゃないからが、私は妬みの対象が人よりも多い。朱音は多分、男の子でも好きになれる。

 雄大くんと奏くんに会ってから、感情がごちゃごちゃになっていた。

 見る限り、きっと雄大くんは、私が朱音に会うずっと前から朱音が好きだ。朱音に向ける視線が、花を見るように綺麗だったから、そうだと思う。

 奏くんは、特別朱音に大きな感情を抱いているようには見えなかったけれど、朱音を大事に思っているのは、見てわかった。

 あんな人気者の二人に好かれるなんて。


――私だけのものになればいいのに。


 朱音が誰かに大切にされているのは良いことだ。 

 そう思うのに、気持ち悪い感情が心の底から生まれてくる。

 これは、決して朱音に見せてはいけない。

 綺麗なところだけを見せないと、朱音もきっといなくなってしまう。

 早く電話したい。早く会いたい。早く抱きしめて、キスしたい。

 早く私のものにしたい。

 汚い感情が、頭の中を独占している。

 私は湯船から上がり、一度冷水を頭から浴びてから、シャンプーをした。

 朱音は、そういうことを望んでいない。だから、言っちゃいけない。

 今度は絶対、捨てられたくない。

 唇を噛みしめながら、泡だらけになった頭、おでこを洗い流した。

 


 四日目の夜になっても、懲りずに悪口を言われた。

「本当気持ち悪い」

「ね、先生も絶対知っているでしょ」

「せっかく楽しい修学旅行なのに、最悪だよ」

「三日耐えたけどさすがにキツいね」

 同じ部屋の女子たちが私に聞こえるように話している。三宅さんと違う部屋になっただけマシかと思ったが、やはり私はみんなに嫌われていた。

 隠れて持ってきたウォークマンの電源をつけ、イヤホンを耳に挿した。

「本当やめなよ、そういうこと言うの」

 私の隣で寝ている委員長の不愉快な声がイヤホン越しから聞えてくる。できれば、構わないで欲しい。

 委員長の言葉に誰一人として反応しない。黙ったと思えば、また攻撃を開始してくる。

「怖いから布団ちょっとこっちに離しとこう」

「そうだね。襲われたら怖いもんね」

 イヤホン越しに、騒がしいロックンロールが鳴っていて、その奥で歌声がする。

 悪口を言われたって辛くはない。

 全部どうだっていい。

 私が何を言われても、朱音が幸せに笑っていてくれたらそれでいい。

 つばさがわかっていてくれていたら、なんでもいい。

 ロックバンドのボーカルが、耳の中で騒ぎ出す。それと同時に私の胸が躍り出す。

 音楽は、本と同じで、いつも私を現実から遠ざけてくれる。空想の世界へ連れて行ってくれる。目をつむると、図書室の風景が頭に浮かんだ。 

 昼休み、時々イヤホンを挿して、図書室で寝ているからか。

 その時の歌を聴くだけで、その時間に飛べるような気がする。

 図書室。

 図書室。

 ああ、電話したいな。

 周りのクラスメイトから、少し離された布団の上で、朱音の声を必死に思い出しながら眠りにつく。

 朱音のことを考えて修学旅行に行き、朱音のことを考えてお土産を買う。朱音のことを考えながら班の人と水族館のクジラを見る。早く一緒に水族館に行きたい。好きな人と好きなものを見られる贅沢を味わってみたい。

 欲張りな願いがどんどん増えていく。

 一緒にいない時間の方が、朱音のことで頭がいっぱいになった。


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