【谷山雄大】相見
母さんの病院に俺が一人で行った日の、翌週の日曜日に、奏の部活が午前のみだったので、三人で母さんのいる病院へ行くこととなった。
午後から三人で、バスには乗らず、のんびり散歩しながら母さんのいる病院へ行った。
「朱音ちゃん、よりいっそう美少女になったわね。将来どっちと結婚するの?」
母さんは久々に二人に会えて嬉しいのか、ベッドの上で調子に乗っていた。
最悪だ。
「雄大。顔は奏君には負けるけど、ちゃんと優しい男よ」
「知ってますよ」
朱音は真面目に返事している。
「……は!? 変なこと言うなよ! 朱音は恋人がいるんだよ!」
「あら、そうなの? ごめんなさいね朱音ちゃん」
母さんが朱音に微笑みかける。
「雄大……。ショックね……」
そして母さんは俺に同情の目を向けてくる。
「……は!? おめでたいじゃねえか!」
俺は声を荒げた。
朱音にはいっそ笑って欲しかった。いつものように「顔も性格も奏に負けてるよ」って笑い飛ばして欲しかった。それなら俺も、冗談らしく笑えるのに。
俺を認めてくれている朱音の発言に、心臓がうごめいているのがわかる。波のような衝動がやってくる。不安でも幸せでも無い、もどかしさ、というやつだろうか。
朱音の発言に期待しちゃいけないのに、まんまと喜んでしまう。
でもダメだ。この気持ちは、朱音にも、そして奏にも絶対に知られたらいけない。こうして三人で楽しく過ごすには、俺の気持ちは一番不要だ。
母さんは言いたいことだけ好き放題言って、すぐに奏に夢中になった。
「いやー、久しぶり奏くん。ますますかっこよくなっちゃって。バスケ頑張っているんだってね。時々雄大ともしてあげてね」
焦る俺をほったらかしに母さんは、奏を見て鼻を伸ばす。イケメン好きの母さんは奏がお気に入りだ。「お兄さんの湊くんも良いけどやっぱり私は奏くん派」なんてふざけたことを昔から言っていた。
奏は母さんの話も面倒がらず、ニコニコと聞いている。
俺は大きくため息をついた。
「雄大にもそろそろ春が来て欲しいんだけどねー。一向に来ないのよ」
母さんが朱音をチラチラ見ながら俺に言ってくる。
もう本当にやめてほしい。本当に余計なお世話だ。
元気になったのは良いことだけれど、元気になりすぎるのも困る。
「うるさいな。もう早く退院してくれ」
「大丈夫よ。心配しなくてもクリスマスまでには退院するわ。雄大を一人にするわけにはいかないもの」
「うるさいな!」
俺たちを見て、朱音も奏も呑気にニコニコと笑っている。
「クリスマスケーキは絶対チョコレートケーキにするからね」
「いいや! 俺はアイスケーキがいい!」
母さんと以前から繰り返していた論争が始まる。
母さんも俺も、今年のクリスマスケーキはどの種類にするかの論争を繰り返すほど、今年のクリスマスを楽しみにしていた。もう、父さんのいなくなったクリスマス、ではない。クリスマスは、一年に一回の楽しいイベントなのだ。
結局、朱音たちが来ても、俺と母さんの二人で盛り上がってしまい、後々は少し申し訳ない気持ちになった。でもまぁ、母さんが楽しんでくれたならいいか、とも思った。
母さんがカウンセリングの時間になったので、俺たちは解散することになった。
「お大事にしてくださいね。雄大の面倒は私が責任を持って見ますので」
「あらー。朱音ちゃん頼もしいわね。雄大良かったね」
朱音も母さんも人の気持ちも知らずに呑気に笑っている。
俺は心の中で頭を抱えながら、母さんに手を振った。
「じゃあな。また来る」
「うん。朱音ちゃんも、奏くんも今日はありがとうね」
朱音と奏は二人は母さんに会釈する。
そうして俺たち三人は病室を出た。
病院の出口に差し掛かったところで朱音が立ち止まった。
「……お願いなんだけどさ……、私の付き合ってる人と、会って欲しいんだ」
少しうつむきがちに朱音は言った。
断られると思ったのか、途切れ途切れに話す素振りから、勇気を振り絞っているのがわかった。
心の波の流れが止まる。時間が止まったかのような気がした。
自動ドアが開いたまま、停止する。外のぬるい空気が顔に当たる。
「先輩が二人に会いたいって言ってるの」
朱音は顔を上げた。
その提案は俺にとっては残酷すぎではないだろうか。
恋人のために勇気を振り絞っている朱音を、まじまじと見ることは出来なかった。
「いいよ」
俺より先に、奏はお願いを快く引き受けた。
俺にはもう、選択肢が無かった。ここで俺が断ったら、空気が悪くなってしまう。
「いいじゃん! 会いたい!」
口から思ってもないことが出てきた。
いや、あながち嘘ではないのかもしれない。朱音の恋人を目の前に、俺の方が朱音のこと好きなのだと一発言ってやってもいいかもしれない。
「今からでも良いかな?」
「今から!?」
「えっ」
俺だけでなく、奏も思わず声を上げた。
まだ日は落ちてなくて時間はあるけれど、心の準備が出来ていない。
また、後日にしてもらおうか。
そう思ったときだった。
「いいよ」
奏が即答する。
珍しく奏がウキウキしているように見えたので、俺の脳内の拒否の言葉がすっ飛んでいった。
「行くしかないっしょ!」
テンションで乗り切れ。それしかない。
俺たちの許諾を得た朱音が、携帯で電話をかけ始める。
「今から会える?」「じゃあ先輩の家の前行くね」と朱音は心底嬉しそうに声を上げている。
俺は衝撃で、思わず身震いした。
は?
家?
いきなり俺たちが朱音の恋人の家に行くのか?
俺一人が動揺していて、奏はなぜか嬉しそうに見えた。
俺たちは来た道を早足で引き返していく。
朱音と奏が何やら楽しそうに話している。
外の日差しはまだ強く照っている時間で、俺の脳の働きを損なわせた。二人の話している内容を、うつろな頭で聞いていた。
本来緊張するはずの、好きな女の子の恋人に会うというイベントに、緊張をする間もなかった。めまぐしく回っていく現実を脳が理解する前に、朱音の恋人の家に着いた。
俺はその家を見ながら、ぽかんと口を開けたまま、数秒固まった。




