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【谷山雄大】ドラマみたいな

 入院生活はは一瞬で終わり、もう少しここでのんびり過ごしたいなと思っていた頃には、終わってしまった。

 退院すると同時に夏休みは終わりを告げ、新学期へと突入した。でもまだ夏は終わっていなくて、暑い日が続いていた。

 

 俺は、バイトの日数を週五日から週三日に変えた。嫌な顔をされるかと思ったけれど、店長は快く承諾してくれた。それよりも、「学生なのにそんなにたくさん入ってくれてありがとう」と改めて感謝されたくらいだ。


 始業式が終わった次の日から、通常通りの授業が始まった。昼休み、いつもの三人、田中、山本、香山と食堂で昼食をとっていた。  

 田中は、肌が真っ黒になっている。山本は、夏の部活のおかげか筋肉質になった気がする。香山は、身長がかなり伸びている。

 何も変わらないのは俺だけだ。いや、老いているようなのは俺だけだった。

 日替わり定食の油淋鶏にかぶりつく。

「なぁなぁ。やっぱり、奏と波北さんって付き合ってんの?」

「は? どこ情報だよ」

 相変わらず噂好きの田中が、意味不明な事を俺に尋ねてくるので、思わず苦笑いした。

「いや、祭りの時、俺見ちゃったんだよねー。人影の少ないところで、あの二人で一緒にいたんだよ。それになんか、楽しそうだったし」

「俺もいたよ」

「いいや、俺こそこそ見てたけど、お前いなかったぞ」

「じゃあそれ、俺がかき氷買いに行ってるときだわ」

「なーんだ。つまんねえの」

 田中は噂が思うような現実とは違ったことにショックを受けたのか、明らかに肩を落とした。

「でもさ、波北さん。やっぱり夏祭りまでお前らといるってことは二年の女の人と付き合ってないんじゃないの?」

 ニヤニヤする田中を見て、俺はため息をついた。

「なんか噂では女の先輩が無理矢理付き合わせたって噂らしいじゃん」

 こいつは本当に人の話が好きな悪趣味なやつだ。

「噂だろ。本当かわかんねぇじゃん」

「いいや雄大。火のない所に煙は立たないっていうじゃんか。絶対そうだね。俺、波北さんは絶対奏が好きだと思うんだよね」

 田中は何やら得意げな顔を浮かべている。そして、彼の会話はどんどん嫌らしいものに変わっていく。

「なぁ、お前ら。男なら誰がいけると思う?」

「ああ、俺いるぜ、候補!」

 山本が田中の嫌らしい会話に入ってくる。

「だれだれ!?」

「三組の大山なら可愛い顔しているから、俺いけるかも」

 二人はぎゃあぎゃあと盛り上がっている。けれど、香山はただひたすらに汗を掻きながらカレーを食べていた。何にも興味が無いようだ。

 俺は呆れ顔をしながら、熱い味噌汁を勢いよく飲んだ。

「まじかよ、山本きっしょ! ……あ! お前ら! あの人だよ。レズの人!」

 田中がいきなり俺の後ろを指さし始める。明らかに『レズ』の一言を小さな声で言った。そのことが『レズ』という言葉を強調していた。

 俺はゆっくり後ろを振り返った。正直言うと、朱音が付き合っている人がどんな人か、見てみたかった。見たところでどうにかする訳では無いけれど、ちゃんとした人なのかどうか、見た目だけでも見ておきたかった。

 田中の指す指の先を見る。人がわちゃわちゃいる。でも、その中に、一際目立つ人がいた。

 身長が俺と同じくらいか、俺より少し高いくらいの女の人。スタイルがめちゃくちゃ良いのか、スカートが短く見えた。

 その人は俺と同じ今日の日替わり定食を持って、人気の少ない隅っこの席へと移動しているところだった。

 モデルみたいな堂々とした歩き方。鼻がツンと高くて、顔が小さい。ショートカットが似合っている。

 その人は座ってすぐ、片手で本を読みながら、食事をし始めた。

 食べながら読書なんて行儀悪いはずなのに、彫刻みたいに綺麗に見えた。

 明らかに視線を浴びているけれど、それが噂の的だからか、綺麗なのかはわからない。俺的には、後者だと思う。

 俺は呆然と朱音の恋人を見ながら、口に入れた米を噛むことも忘れて、ゴクリとそのまま飲み込んだ。

 水族館で海を見ながらぼーっとしているときのような、そんな浮遊感を覚えた。怒りも悲しみも、正直湧かなかった。

 ただ、滅茶苦茶綺麗だな、って、思った。恋心とかではなく、美術館で展示品を見ているようなそんな気分になった。そんな人と、自分を比べようなんて発想すら浮かばなかった。




「いただきます」

 奏のお父さんの約束通り、俺は毎週木曜日と日曜日は、奏の家でごちそうしてもらうことになった。

 夜の十九時に奏の家へ行き、十五分くらい待っていると、奏が部活から帰ってくる。それから、奏のお母さん、奏のお兄さんの湊くん、奏と三人で食事をとる。奏のお父さんは二十一時頃に帰ってくるらしい。

 今日、奏の家で食べる初めての夕食は、ハンバーグだ。

「雄大くん、すごい食べるよね」

 小学生の時、バスケットクラブで一緒だった奏のお兄さん、湊くんとは久しぶりに顔を合わせた。湊くんは、今大学四年生で、かつては、今俺たちが通っている高校のバスケ部員だった。

「おばさんの料理、すげえうまいんで」

「あはは、良かったね、母さん」

「口に合って良かったわ。奏も雄大くんぐらいいっぱい食べてくれたら良いんだけどね」

 二杯目のご飯を口の中で蒸らす。蒸気が口の中でもわもわと立ちこめるのを感じるのが好きだ。

 俺の隣で奏が不満そうに口をつぐんでいた。まるで拗ねた女の子みたいだ。

「そういえばさ、奏。僕の一個下の後輩の子が、奏のこと、すごいって褒めてたよ。エースになったんだってね」

「何でその人僕のこと知ってるの?」

 奏はお兄さんと話すときは、少し口調が鋭いような気がする。それほどに、気を許している証拠だろう。

 二人の会話を、微笑ましく見ながら食事をとる。

「その子の弟が今奏の高校のバスケ部なんだって。宮城くんって子、いる?」

「ああ、宮城先輩いるよ。新キャプテンだよ」

「へぇー。あいつの弟も優秀なんだなぁ」

 湊くんが嬉しそうにはにかんでいる。

 基本的に湊くんがこの場の会話を回し、それにおばさん、奏が便乗する。いつもは見られない月岡家の中身を見られて、嬉しい。

 口に入れていた米を飲み込んで、俺も会話に混じった。

「そうなんすね! 何だよ奏。そんなこと俺に一言も言ってくれなかったじゃんか!」

 俺の言葉に「ははは」と声を上げて、奏は笑っている。自慢の一つくらい、俺にすれば良いのに。

「奏はすごいよね」

 湊くんはひまわりみたいに嬉しそうに笑っている。

 湊くんは奏が大好きだ。いつも奏はすごい、俺とは違う、と言っている。

 男兄弟はもっと険悪な感じだと思っていたけど、月岡家はそうでもないらしい。

 羨ましいな、と思うけれど、俺の理想は、俺にベタ惚れな可愛い妹がいることだ。なんてね。

 

 お皿に残ったソースを、あと一口サイズのハンバーグで絡め取って一気に口に放り込んだ。そして、一気にご飯を駆け込む。食べても味を感じなかった先月のことが、うまく思い出せないほど、肉のうまみが口にじんわり広がっていくのを感じる。

 温かい食事をとり、皿洗いの手伝いをしてから、月岡家を後にしようと玄関に座り靴を履いていた。

 そこに、奏のお母さんがやってくる。

「お皿洗いまでありがとうね。週二日だけじゃなくても来たいときに来て良いからね」

「いえいえ。ごちそうさまでした!」

「これ、少ないけどおうちで食べて?」

 奏のお母さんは俺に紙袋を差し出した。紙袋の中をチラリと見ると、タッパーがたくさん入っていた。

 作り置きだ。

 心の奥底で複雑な気持ちになった。でも、それは決して表には出さなかった。

「ありがとうございます!」

 頭を下げる。

 それから、「おじゃましました」と大きな声で言い、外へ出た。

 

 夏の外はじんわりとした空気をしていた。とぼとぼと治りかけの足で家に向かう。

 奏の家が醸し出す雰囲気は、明るくて温かい。ドラマに出てくるような理想の家庭だ。奏のお父さん、お母さん、湊くんを見ていれば、奏がいつも幸せそうな理由がわかる。

 

 俺はそんな人たちに救い出してもらった。幸せ者だ。

 

 ぶんぶんと腕を振りながら、団地のエントランスをくぐる。

 明日は学校の後、バイトだ。

 そして、明後日は、初めて母さんの病院へお見舞いに行く。

 カバンの中の鍵を取り出して、家の鍵を開けた。

 家に入り、まずおばさんからもらったタッパーを冷蔵庫にしまう。結構たくさん作ってくれたようで、寂しかった冷蔵庫がすぐに充実したものへと変わった。

 手を洗う前に、暗くて部屋の冷たい床に頬をこすりつけながらうつ伏せで寝転んだ。

 冷たくて気持ちいい。

 ごろりと寝返りを打つと、月の光が窓から差し込んでいた。スポットライトを当てるかのように俺の顔を照らす。思わず目を細めた。

 寝転んだままポケットから携帯を取り出す。画面を開いても、クラスの男子からのしょうもない連絡が来ているだけで、他の連絡は無かった。

 姉ちゃんに、母さんが入院していることと、病院名、病室まで伝えたけれど、返信は来ていない。

 連絡してからもうすぐ一週間が経つ。

 はあ、とため息をつき目を閉じる。

 母さんの作ってくれた料理が食べたい。家族みんなで食卓を囲みたい。

 おばさんからタッパーを受け取ったときのなんとも言えない気持ちが、湧き水のように湧き出てくる。

 美味しい料理をもらったはずなのに、心の底から喜べなかった。喜んじゃいけないような気がした。

 

 誰の気配もない家の床で、今日も静かな夜を過ごす。

 奏の家で楽しく食事をして帰ってくると、昨日よりも寂しく感じる。ひとりぼっちであることを、より実感する。

 

 大丈夫だ。俺は幸せ者だ。俺は幸せ者なんだ。

 

 言い聞かせるように心の中で唱えた。


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