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【谷山雄大】安心する声

 「もしもし……」


 

 俺が電話に出てから、一瞬の間があった。母さんの呼吸する音が、電話越しに聞こえてくる。



 「ねえ、あたし、今からいくね。もう耐えられないよ。寂しいよ」


 目線は花火に向けたまま、俺はその声を聞き取った。

 今からいくね。

 その言葉の意味を理解するまでの間に、空がぴかんと光った。

 電話越しに、電車の音がする。

 駅だ。

 駅で聞くアナウンスが流れている。

 俺の思考よりも先に、母さんが喋り続ける。

「一人で頑張っても、誰も助けてくれないの」

 どれだけ花火が弾けても俺の心は綺麗にならない。

 何か、黒い泥のようなもの喉元に押し寄せてくる。

 

 父さんがいなくなったのは俺のせいじゃない。

 姉ちゃんが家に帰らなくなったのは俺のせいじゃない。

 母さんがおかしくなったのも俺のせいじゃない。

「助けてって。寂しいって何回も言ったのに、誰も助けてくれない」

 

――なんで俺だけ……? 助けてなんて、俺が一番言いたいよ。寂しいなんて、俺だって口にしたいよ。

 

 頭に一瞬よぎった考えが止まらなくなった。目に涙が溜まっていく。目の前の花火は俺の惨めな顔をしっかりと捉えている。

 自分勝手な考えをまた、何かモノとして吐き出したくなってえずいた。そしてその気持ち悪さでめまいが起こる。

 自分の身体が一瞬宙に浮いた。そしてすぐ、俺はバタリと地面に横になった。

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 頭が痛い。痛い。足も痛い!

 

 リビングの床にまるまるかのように、地面に丸まった。

 俺だけ楽しんでいた罰だ。母さんが愛した相手と離ればなれになってしまって悲しんでいる間に、浮かれていた俺が悪い。もしかしたらなんてぶどう味のかき氷を一口食べたのも、朱音の声が聞こえているのに聞こえていないふりをして顔を近づけたのも俺が悪かった。

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 頑張っている二人は楽しむべきだけど、俺はこんなところにいる場合ではない。謝るから、もう許してくれ。

 

 なあ、もう許してくれ。

 

 見えない何かに許しを乞う。

 

 誰か。誰か。誰か。

 誰かって一体誰なんだよ。もう誰でも良いから、助けてくれ。

 

 異常な吐き気がするのに、口からは変な音が出るだけで何も出てこない。

 俺が悪かった。惨めな思いにさせて、ごめん母さん。朱音や奏みたいに自慢できるような子供になれなくてごめん。

 そう考えて意識が飛びかける。


「大丈夫。大丈夫だから。雄大。大丈夫だからね」



 飛びかける意識の中、奏の透き通る声が耳に届いた。背中から奏の温かい手を感じる。冷たい冬の空のような俺の心を、まるで花火で温めてくれているような、そんな感じだ。

 

 そっか。奏がそう言うなら、本当に大丈夫かもしれないな。

 奏、嘘はつかないからな。

 

 ただちょっと眠りたい。休みたい。

 救急車の音が遠くで鳴っていた。

 俺の意識は、そこで途切れた。


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