【波北朱音】誰?
雄大とは一緒に下校しているからよく二人きりになるけれど、奏と二人きりになるのは久しぶりだ。
私と奏は、過去の思い出話をしながら、雄大を待った。
「奏、花火好きだよね」
「そんなこと言ったっけ?」
「うん。初めて花火見た時奏さ、『花火になりたい』って言ってたよ。あれは可愛かったよね」
昔を懐かしむ私に、奏は「やめてよ」と小さな声で言い返してくる。
そして、拗ねるように、わたあめを口パンパンに詰める奏。
可愛い。
「『花火になりたい』って、意味わからないよ。なんだか馬鹿みたい」
「馬鹿なんじゃないの?」
私がいつものように奏をからかうと、奏はため息をついて、奏の一段下にいる私を蔑むような目で見下ろしてきた。
次第にその目は優しくなっていき、奏の顔は笑みが混じってくる。
私たちはクスクスと笑い合った。
そして、私たちはしょうもない話を続けた。
私は、おばあちゃんの家に行ったときの話や、奏のお兄ちゃんにこの前挨拶してもらったことなどを奏に話した。
「おーい! 買ってきたぞー!」
そうしているうちに、少し溶けたかき氷を持って、雄大が帰ってきた。赤、紫、そして青と、それぞれ違う色三つのかき氷を器用に持っている。
多分、二十分くらいは奏と待っていたような気がする。
「遅かったね」
何の気なしにそう言うと、雄大はごめんごめんと謝ってきた。
「ちょっと混んでてよ! これは俺のおごりってことで!」
「わーい! 雄大ありがとう」
わざとらしく声を上げて喜んでおいた。やった。
「ありがとう雄大」
奏も嬉しそうに笑っていた。
「しょうがねぇなー。ほらよ!」
雄大は私たちにいちごとぶどうのかき氷を差し出した。自分はやっぱり青色のブルーハワイらしい。
どっちにしようか。今日は私、ぶどうがいいな。そう思って、奏に言おうとする。
しかし、そう言う間もなく、奏は紫のかき氷を手にした。それぞれの色が決まっているかのように。
さっきの馬鹿にしたこと怒っているのかな。
わかりやすくて面白いな、なんて薄ら笑いを浮かべながら、私はもう一方のいちご味を雄大から受け取った。別にいちごが嫌いなわけじゃ無いし、わざわざ文句を言うほどのことでは無かった。
「これな! それぞれの色見れば色んな味を楽しめるんだぜ!」
雄大がそれぞれのかき氷を指さす。かき氷のシロップは、本当は全部同じ味で、視覚によって惑わされているということが言いたいのだろう。
馬鹿げた提案に苦笑いするも、奏はやる気だった。
「いいじゃん。雄大やろうよ。まずは目をつむって別の味を考えながら、自分のかき氷を食べてみよう」
そう言う奏の顔には、悪巧みをする小学生のような笑みが浮かんでいた。
この先に起こることが瞬時に予想できた。
「おお! いいねえ!」
雄大はノリノリで目をつむる。しかし、奏は目をつむらない。そしてそのまま、目をつむっている雄大のかき氷をたくさんとって口に運んだ。
奏はやっぱり、腹黒だ。
「ブルーハワイの味だ」
無邪気に笑う奏。
ブルーハワイの味がするなんて当たり前だ。奏は青色のかき氷を見ながら、雄大のブルーハワイのかき氷を食べているのだから。
そんなことにも気付かず、雄大は呑気に目をつむりながら、「そうか?」と首をかしげている。
「俺、味覚おかしいのかな。何味かわかんなくなっちゃった」
真剣にそんなことを言い出すのだから、私は爆笑してしまった。隣で奏は必死に笑いをこらえていた。泣く直前かのように、歯を食いしばって笑うのを我慢している。
そんな二人を見ながら、自分の持つ、赤いかき氷を一口口へ運んだ。
冷たさで頭がキーンとする。もう一口口へ運ぶ。次は、生暖かい舌の上で、だんだん氷が心地良い温度へと変わっていく。
それをじんわり感じるのが、気持ちよかった。
バァン……! バァン!
いきなり爆発音が鳴る。もう花火の上がる時間になっていたのか。
空の上で、赤、青、白、紫。色んな色の花が咲く。
私たち三人は、空を見上げた。
「綺麗だね」
小さい声で奏が呟く。私は肯定の意味を含めて、小さく頷いた。
今だけは、静かでいたい。
花火の散り際の呼吸まで、感じていたい。
そう思って、空を黙って眺めていた。
この三人で過ごす十分間が、来年も来ますように。
神社でお参りをするみたいに、空に向かって祈る。
ふと静かになったところに、ブーブーと何かが揺れる音がした。聞き耳を立ててみると電話のバイブ音だった。
その音のする方へ呼びかける。
「で、ん、わ!」
雄大だ。雄大のポケットから音がしている。
「ん?」
「だから、電話!」
花火に負けないくらいの大きな声で雄大に言う。やっと気がついたのか、雄大は体を大きく動かしながら、携帯を取り出した。
薄暗かった場所に、携帯電話の光が現われる。雄大の顔がぴかんと照らされる。
その瞬間。
一瞬だ。
一瞬のうちに雄大の顔がこわばった。まるで大失敗をしでかした子供のような顔に変わる。
「どうしたの?」
私がそう問うても、雄大は肩をすくめたまま、肩をビクビクと震わせるだけ。携帯を持つ手が、ぶるぶると震えている。
一段下のところから、見上げるような形で雄大を見ているから、誰からの電話なのか私にはわからない。
雄大はしばらく、下を向いて、そして、勇気を振り絞るかのように深呼吸してから、携帯電話を耳に当てた。
「もしもし……」
そう言ってからすぐ、雄大が目をかっぴらく。怒られている、というより、脅されているみたいに見えた。
雄大の背後の空で、バンバンと花火の音が鳴っているも、あまり耳に入ってこない。
一体誰からの電話なのだろう。
雄大の携帯越しから、誰からかはわからないが、声が聞こえる。
雄大の様子がまた急に変わった。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
雄大の声はもはや息。呼吸をするようにごめんなさいと言い始めた。
いつも花火以上に騒がしい雄大の消え入るような声を、ずっと一緒にいて初めて聞いたかもしれない。
どれだけ花火が上がっても三人とも、誰も花火を見ることはない。
どうしたのだろう。何か事故があったのかな。
雄大の鼻息は荒くなっていく。
風邪の時に見る夢のような、鳥肌がぞっと立つような感じがした。
私の真横を、何かが通り過ぎた。
バァン!
花火の音では無い。もっと恐ろしく大きな音が鳴る。
「え」
私も奏も変な声が口から漏れる。
雄大が、私の真横を通り過ぎ、二段の段差を一気に落ちた。地面に頭をぶつけ、倒れる。雄大は頭を抑え、小さく唸っている。そこら中に、雄大が持っていた青色のかき氷が飛び散り、雄大の携帯が数十メートル先に飛んでいく。
「え? 何? どうしたの!? 雄大!?」
立ち上がり、雄大に近づく。そして大きな声で呼びかけながら、雄大の肩をバシバシと叩いた。
雄大はどんどん呼吸のスピードを上げていき、口からヒューヒューという音が鳴らす。
私が雄大の肩を叩くにつれ、それ呼吸のスピードが速くなっているようなして、恐ろしくなった。
怖くて雄大に触れるのをやめた。
何これ。
目の前の出来事を、頭は受け付けない。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
雄大は、呼吸がうまく出来ていないのに、その言葉だけは聞き取れるくらいはっきりと発している。
どうすれば良いの。
何もわからない。
しゃがみ込みながら、周りを見渡す。
穴場スポットのここにいる私たちに、誰も気付かない。四十メートルほど先にいる人の集団たちは皆、馬鹿みたいにぽかんと空を見上げている。
「朱音ちゃん。これ持ってて」
私の右腕の辺りに何かがコツンと当たる。
雄大の携帯だ。
奏が、固まっている私に、応答中のままの雄大の携帯を勢いよく突きつけてきた。わけがわからぬままそれを受け取る。
目の前の奏は自分の携帯を取り出し、どこかに電話をかける。
「救急です」
奏がすぐに電話の相手にそう言ったので、一一九に通報したのだとわかった。公園の名前、詳しい位置情報などを伝えている。携帯を持っていない方の手では、雄大の背中をゆっくりさすっている。
雄大の早い呼吸が、感染症のように私に移る。
私はどうしたらいい? 誰かを呼びに行く? 誰に? 雄大の状況も詳しくわかっていないのに、どうしてもらうっていうの?
自問自答を繰り返す。一番辛いのは雄大だろうに、幼児みたいに泣きじゃくりたくなる。
その時だった。
「やめてえぇぇ! 離してえぇぇぇ! いやああぁぁぁぁぁ!」
手に持っている携帯から、ガラスが割れてしまうような甲高い奇声が聞こえてくる。思わず雄大の携帯を落とした。
それを拾う気力すら出てこない。
心臓の音が、バンバンと強く私の胸を叩いている。
間違いない。これは――。
雄大のお母さんの声だ。




