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サノバガン  作者: 不覚たん
第一部 青
9/36

 事務所につくと、俺はまっすぐボスの執務室に入った。

「失礼します」

「どうだった?」

「配達完了です。返事はイエスだそうですよ。中身も見てないのに」

 俺がそう告げると、ボスは苦い笑みを浮かべた。

「相変わらず気取った男だ」

「俺もそう思います」


 それにしても狭い執務室だ。

 デスクだけでなく、棚も置かれているが、もうギチギチだ。荷物をよけなければ座れない。もちろん俺の座るスペースはない。

 ポラリスの社長室とはえらい違いだ。


 ボスは「で?」とこちらを向いた。

「ほかにはなにか言ってなかったか?」

「第三セクターについて調査してくれたようです。五つともあったようですよ。それで、そのぅ、出資してる民間企業が、どうも宇宙人民結社の関連企業みたいで……」

 ボスがガックリとうなだれた。

「おいおい」

「白木社長も、手を引いたほうがいいと」

「合点がいったよ。明智が、例の襲撃者を千里眼だと特定した。千里眼ってのは、名前は怪しいが、宗教団体じゃない。むしろその逆でな。カルトを標的にした地下組織だ」

 どうやって特定したんだ?

 いや、それより千里眼だ。

「有名なんですか?」

「有名になりつつある、といったところだな。だが慈善団体じゃない。宇宙人民結社は、このところ様々な分野に進出していてな。ライバルが多い。それで各団体が対策費を投じた結果、千里眼も拡大を始めたというわけだ」

 法の及ばぬ地下での闘争、といったところか。


 口にすべきかどうか迷ったが、俺は思い切って尋ねてみることにした。

「明智さんは、どうやって千里眼を特定したんです?」

「さあな。とある情報源としか教えてもらえなかった」

 とある情報源?

 まさか、俺の通信機を傍受してるんじゃないだろうな?

 これは一度会う必要がある。


 会話は途切れたが、ボスはなにかを言いたげだった。

 だが、言わない。

 また特別な用だろうか?

「分かりました。えーと、じゃあ、特になければ俺はこれで」

「待て」

 やはりだ。

 ボスは意外と分かりやすい。


「いまの話をくつがえすようで悪いんだが、じつは算法電力なる企業から配達の依頼が来ていてな」

「露骨にあいつらじゃないですか」

「じつはお前に頼もうと思ってたんだが……。いまの話を聞いた以上、すんなり受けるわけにもいかないようだな」

「俺はいいですけど」

 受けないと事務所を爆破されるかもしれない。


 ボスは難しそうな表情だ。

「本気か? 他の事務所に回すこともできるが……」

「それ、結果は同じじゃないですか? 結局、どこかの誰かがやるんです。違うのは、誰が金を受け取るかだけ」

「そういう発想ができるのは羨ましいが」

 これは褒められてないな。

「判断はボスにお任せします」


 俺はまともに人の上に立ったことがないから、責任についての考えも軽い。

 ボスの判断が正しいだろう。


 *


 執務室から出ると、フジコに手招きされた。

「どうした?」

「服! いつ買ってくれんの?」

「ああ、そうだったな。金渡しとくから、好きなの買ってくれ」

「はぁ?」

 露骨に不快そうな顔をされてしまった。

 なにが不満なんだよ……。


「問題が?」

「いや、普通、女の子に服を買うっていったら一大イベントでしょ? 特に、あなたみたいなモテない男にとってはね!」

「モテないのは認めるが、特に一大イベントではない。家でネットでもしてるほうがマシだ」

 だいたい、一緒に買い物なんかした日には、その後の晩飯までおごるハメになる。もうピザは食わせたし、それで十分だろ。次にメシをおごるのは、また銃弾を撃ち込んだときだ。

「とんでもないクソ野郎ね。じゃあ服はいいわ。お金もいい。その代わり、永遠に呪い続けるから」

「逆になんなんだよ。つーか、仮に一緒に行ったとして、俺に女の子の服なんか分かるわけないだろ。自分の服もよく分かってないのに」

 するとフジコは、すっと我に返った。

「そういえばそうね。そのよく分からない服はなによ?」

「これか? 友達が作った服だが……」

「は? なに? 彼女いたの?」

「彼女じゃない。付き合ってない。そいつは男だ。しかもタダじゃなくて有料だ。おっとケチはつけるなよ。まあまあ気に入ってるんだから」

 サイズ感の不明なチュニックと、頑丈なだけが取り柄のベトナムズボン。

 この絶妙なダサさは、俺に合っている。

 なにより動きやすいのがいい。


 だが、このクソ会話は長く続かなかった。


「失礼します」

 入口から女が入ってきた。

 艶のある黒髪、長いまつげ、鋭い眼差し、ややかげりを帯びた表情――。歳は二十代後半といったところだろうか。スーツに着崩したところはなく、スカートから伸びた足は黒のストッキングで覆われている。

 客だ。

 この弱小事務所に、いきなり客が来た。


 俺はすっと立ち上がった。

「ようこそいらっしゃいました。ご依頼ですか?」

「ええ」

「こちらへどうぞ」

 見た目というか、雰囲気がドストライクだ。

 どうでもいい情報かもしれないが、俺はこういう落ち着いた女性に弱い。


 するとボスも出てきた。

「お話をうかがいます」

 少し斜めに立って、すっとサングラスを直した。

 まさかボス、モテようとしているのか……?


 向井さんは笑顔のままお茶の準備を始めた。


 *


「算法電力から参りました、烏丸麗からすまうららです」

 その自己紹介で、場の空気が静まり返った。

 懸念となっていた客が、みずから乗り込んで来たというわけだ。


 しかし残念だな。

 その名の通り、こんなに麗しい女性が、よりによってカルトの手先とは。


 ボスも面食らっている。

「本日は、例の件で?」

「ええ。ぜひ御社に依頼を受けていただきたく、お願いに参りました」

「いや、あー、ですが、お返事はまだ先のはず」

「はい。きっとお悩みかと思いましたので、最後の一押しにと」

 淡々と強気なことを言う。


 ボスは肩をすくめた。

「じつはこのところ立て込んでましてね。受けたくとも、受けられない可能性があるんです。その場合、同業者を紹介しますんで、そちらにご依頼いただければと思いますが」

「そういう冗談は結構ですよ。それに、いまはお願いというていで参っておりますが、最終的には強制することになると思います。必ずやることになると思いますよ」

 烏丸さんは表情を変えない。

「強制? それは聞き捨てなりませんな。具体的には、いったいどんな?」

「忙しいというにも関わらず、もしふらふらしているところを見かけた場合、スナイパーが足を撃ち抜きます」

「……」

「もちろんもう一方の足も。それから腕も一本ずつ。もし7.62ミリ弾の直撃を受ければ、おそらく回復不能なダメージを受けることになるでしょうね」

 サイアクだ。

 雰囲気はよかったのに、こんなド畜生だったとは。

 やはり見た目より性格を重視すべきだな。


「どうぞ」

 向井さんが笑顔で茶を出し、また事務仕事に戻った。


 烏丸さんは手を出さなかったが、ボスは一口飲んだ。

「方法の是非はおくとして、それでも疑問は残りますな。なぜ、それほどウチにこだわるんです? 優秀なチームならほかにもあるでしょう?」

「あなた方もじゅうぶん優秀では?」

「それは否定しませんがね。しかし資金も設備も潤沢とは言えない」

「道具とは、身体の拡張である」

「えっ?」

 ボスが気の抜けた返事をした。

 烏丸麗は微笑している。

「つまり道具が不足していれば、仕事の質も落ちるということですね。しかしその点は問題ないのでは? こちらは、必要であればいくらでも資金を投じるつもりでいます」

「最初から不足してないところに頼んだほうが、安上りですよ」

「なぜそんなに拒むのか分かりませんね。もしかして、私たちがカルトだから?」

 この言葉に、茶碗をつかんでいたボスの手が止まった。


 事実だ。

 俺たちは、こいつらがカルトだから渋っている。

 まあ金は金だし、どうせ誰かがやるんだから、個人的には受けてもいいと思うが。

 一方で、ポリシーを捨てたら、そいつはもう人間じゃないとも言える。金を稼ぐ機械だ。幸福のために働いているかどうか怪しくなる。

 つまり「金さえ稼げればそれでいい」のであれば、そいつは詐欺師になっていないとおかしいわけだ。しかし大半の人間は、詐欺師ではない。少なくとも職業上の詐欺師では、ない。

 しばしば非合法の仕事をしている俺たちに、倫理観を語る資格があるのかはともかく。


 烏丸さんは微笑のままだ。

「結構ですよ。事実ですので。私たちは、信仰ではなく脅迫を使ってお金を巻き上げている。そのお金で政府とも癒着している。反社会的な組織です」

 おそらく事実なんだろうが、俺は少し混乱した。

 彼女は政府の人間ではなく、政府と癒着している民間企業の人間なのだろうか?

 つまり、宇宙人民結社の?


 ボスもそこに気づいたらしい。

「なるほど、あなたが誰だか思い出しましたよ。まさかこんなに強硬な人物とは思わなかった。だが、そちらがカルトかどうかはさておき、仕事の内容がマズい。調べた感じでは、千里眼の事務所にクール便を送ることになってる。ウチは、生モノは扱ってないんです」

 気分が悪くなってきた。

 そいつは、どう考えてもよろしくない生モノだ。

 フローターに乗せたくない。


 しかし烏丸さんは表情を変えない。

「おかしいですね。過去に何度か生モノを受け付けた履歴があるはず」

「以前はそんな仕事も受けてたような気もしますがね、ほんの例外です」

「なら、お願いではなく、強制するしかないようですね」

「待ってください。そうまでしてウチにこだわるなら、隠さないで理由を教えてください。誰が目当てなんです? 内藤? フジコ? それとも俺ですか?」

「……」

 ボスの問いに、烏丸さんは返事もせず、静かに茶をすすり、ほっと息を吐いた。

 俺はその姿勢に見とれていた。

 あきらかに気に食わない敵なのに。


 彼女は、するとフジコを見た。

「あの方、フジコさんとおっしゃるのですか?」

 すると本人が「なによ?」とぶっきらぼうに応じた。

 敵とはいえ、いちおうは客なのに。


 烏丸さんは眉ひとつ動かさなかった。

「うちの系列のローン会社から一億をだまし取り、その代償として新薬の実験体にされた女性を思い出しますね。名前は違いますが、彼女とよく似た顔をしていた気がします」

 よりによってカルトの系列から金を借りたのかよ。

 なら、目をつけられても仕方がないな。


 ボスもこれには苦笑いだ。

「きっと人違いですよ。ええ。ですが分かりました。お受けいたしましょう。日程が決まったら教えてください。すみやかに対応します」

 ウソだろ?

 いや、これが正解だったのか?

 ボスはフジコを守ったのだ。


 烏丸麗はすっと立ち上がった。

「ではそのときにまたうかがいます。おいしいお茶、ごちそうさまでした。失礼しますね」

 一礼をして退室。


 胆力のあるいい女だ。

 だが、マジでクソだった。


 頭を抱えるボスのもとへ、フジコが駆け寄った。

「ボス、いいんですか? 私のために」

「気にするな。いいか? この件は、いっさい負担に感じる必要はない。その代わり、お前はクビだ」

「は?」

 おいおい。

 おそらくフジコを守るためだとは思うが、いきなり?


 するとボスは、こちらへも目を向けた。

「それと内藤。お前もクビだ」

「はい?」

 え、なんで?

 巻き添え?

 俺をクビにしたら、誰が生モノを配達するんだ?


(続く)

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