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サノバガン  作者: 不覚たん
第一部 青
8/36

私信

 たまにまともな配達の依頼もある。

 急いでどこかから荷物をとってきてくれ。あるいはどこかへ運んでくれ。大手の運送会社に頼むよりは高いが、個別に対応している。


 今日は一件。

 打ち合わせで使うとかいうサンプルを、ある会社から別の会社に運んだ。

 いまや道が渋滞することもないから、だいたい希望の時間に間に合う。


 仕事を終えて事務所へ戻ると、ちょうどボスも出てきた。

「内藤、このあと予定あるか?」

「いえ、特に」

「じゃあ、久しぶりにメシでもどうだ?」

「ええ、ぜひ」

「じゃあ時間になったらな」

「はい」


 平和に切り上げたが、内心焦った。

 弾薬の件がバレたかもしれない。

 クビということはないだろうが……。


 向井さんは申し訳なさそうにこちらを見ている。

 いや、大丈夫だ。

 俺が謝れば済む話だ。

 というか俺じゃなくて、向井さんのせいという気もしなくはないのだが。


 *


 仕事をあがった俺たちは、古い定食屋に入った。

 古いだけでなく小汚いが、この店には個室がある。

 ボスが商談に使う店だ。


「なに飲む?」

「サイダーで」

 酒は飲まない。

 いや、飲みたいのはヤマヤマだが、フローターを運転しないといけない。

 ボスはもともと飲まない。というか飲めないようだ。おかげでうちには飲み会がない。その代わり、たまにこうしてメシの時間がある。


「ところで、どうだ、最近」

 ボスはこんな薄暗いところでもサングラスを外さない。

 おかげで威圧感が凄い。

 警察の取調室にいるみたいだ。

「最近? いえ、まあ……ぼちぼちです」

「明智が情報欲しがってたぞ」

「明智さん? なんの情報です?」

「さあな」

 やっぱりバレてるな。

 フローターのGPSを追跡されたかもしれない。もしそうなら、俺たちが休日に現場へ行ったことは分かるだろう。


 老いた女将が刺身の盛り合わせを盛ってきた。


「遠慮しないで好きなの食え」

「ありがとうございます」

 といっても手が伸びるのはサーモンだ。

 これは味が分かりやすくていい。


 ボスはイカを食った。

 醤油につけてイカを食う。それだけで絵になる。絵になるが、やはりサングラスはちょっと……。


「娘はどうだ?」

「えっ?」

「仲良くやれてるか?」

「はぁ、まあ……。世間話くらいは……」

 だんだん怖くなってくる。

 ボスは悪い人じゃない。

 それだけに、この人に嫌われたくないという気がしてしまう。

 いますぐ土下座して、すべてを白状したい。


「アレの母親は、霧にやられてな」

「えっ?」

「その件になると、少々ムキになる傾向がある。もしそういうところを見かけたら、うまくたしなめてやってくれ」

「はい」

 だからあんなに前のめりだったのか。

 やはり俺が止めるべきだった。


 ボスはまたイカを食った。

 俺のぶんも残しておいて欲しいんだが……。


「内藤」

「はい!?」

「フジコはどうだ?」

「えっ?」

「変わった様子はないか?」

 ある。

 霧の一件から、しばらくテンションが低かった。

 だがその件は、すでにボスにも相談済みだ。隠すようなことはない。

「特にないですね。霧のことも聞けてないですし」

「そうか」

「……」


 なにかあと一言か二言ありそうだが。

 ボスはイカを食うばかりで、続きを言ってくれない。


「いやー、それにしても、今日の依頼は平和でしたね。毎回あんなだといいんですけどね」

「内藤」

「はい!?」

「今後もその調子で頼むぞ。お前の運転は安全でいい」

「はい……」

 なにか言いそうで言わない。

 心臓によくない。


 俺はサイダーを瓶から直接やった。

 クソ暑い夏に飲むサイダーもいいが、涼しい秋に飲むサイダーもいい。気持ちがスッキリする。いや、会話を始めると即座にスッキリしなくなるが。


「あの、明智さん、なんでしたっけ? 俺と話がしたいと?」

「いつでもいいから、支部に寄って欲しいそうだ」

「支部……」

 明智さんの自宅だ。

 謎の機材まみれでロクに座るところもない。あそこにはあまり行きたくない。微妙に道も分かりづらい。


 すると刺身を食っていたボスが、急に箸を置き、神妙な顔になった。

 トイレに行くような感じでもない。

 いったいなんだ?

 早く本題に入ってくれ……。


「内藤」

「はい!?」

「悪いんだが……。個人的な依頼を受けてくれないか?」

「えっ? はい? 依頼?」

 するとボスは立ち上がり、鞄から封筒を取り出し、畳の上に置いた。


「こいつだ」

「はぁ」

 これに住所を書いて切手を貼ってポストに投函すれば、希望の場所に届くと思うのだが。

 いや、運び屋がそんなことを言ってはダメだ。

 きっと目的があるはず。


 俺は封筒を受け取り、表と裏を確認した。

 なにも書かれていない。


「宛先は?」

「ポラリスの社長だ。直接届けてくれ」

「はい?」

「その際、俺からだと伝えてくれ。今日じゃなくていい。明日、事務所に来る前に届けてくれ」

「はい……」

 ポラリス興信所。

 正直、あまり近寄りたくない。

 だが仕事ということであれば、行かざるをえない。


 中身が気になる。

 爆弾ではあるまい。

 だが、内容がマズい場合、爆弾以上の破壊をもたらすことがある。


 *


 ポラリスの事務所はデカい。

 本部は、都内の一等地のビルに入っている。窓ガラスがキラキラと輝いており、ビル全体が鏡のようだ。出社するものたちは男も女も小ぎれいで、ブランドのスーツを着て、みんな背筋を伸ばして歩いている。

 俺は私服。サイズが合っているのか怪しいチュニックに、ベトナムズボン。友人が作った服だ。まったく売れないアパレルブランドをやっている。潰れていないのが不思議なくらいだ。

 いかにも配達といった帽子をかぶっているから、不審者とまでは思われないだろう。


 ともあれ、ここではスーツ姿じゃないというだけで一段低くみられる。

 これが俺の被害妄想ならいいが。


 俺はエントランスに入ると、すぐ受付嬢に尋ねた。

「配達です。ポラリスさんは何階です?」

「二十八階になります」

 ずいぶん上にいるな。

 酸欠にならないのか。


 エレベーターで二十八階へ。

 到着するまで少し待たされた。

 デカい箱だ。

 帰りは階段を使おう。


 ガラス張りのオフィスだ。

 外からの光が入ってきて明るい。


「失礼しまぁーす。配達でぇーす」

 帽子をとって挨拶すると、新人らしき男が近づいてきた。

「誰宛てです?」

「社長宛なんですが、直接渡すよう言われてまして」

「えっ? どこからです? 荷物は?」

「この封筒です。芝商店の社長から」

「はぁ、少々お待ちください」

 露骨に不審そうな顔で行ってしまった。


 向こうでも同僚に「なに?」「どうしたの?」などと聞かれて、彼は迷惑そうに首をかしげていた。

 人間同士なんだから、業者にも優しくしろ。


 しばらくすると、先ほどの社員が戻ってきた。

「どうぞ」

「失礼します」


 *


 社長室は格別だった。

 とにかく広い。

 デスクと応接セット。モノはそれだけ。あとは空間だ。正直、あと四つくらいデスクを入れても問題ない広さだ。


 待っていたのはポラリスの社長。

 眼帯をしたオールバックの中年男性だ。

 細身だが、威圧感がある。


「芝商店からの配達です」

「座ってくれ」

「えっ?」

「少し話をしよう」

「はぁ……」

 なんだ?

 業者に優しくしろとは思うが、ソファに座らせると?

 特に話のネタはないのだが。


「そんなに緊張しなくていい。白木だ」

「存じ上げております。私は内藤……」

「知ってる。芝さんとこのエースだな」

「えへへ」

 活躍しているのは否定しないが、エースは言い過ぎだ。俺は下っ端の雑用だ。

 ほかにも職員はいる。ほとんど会ったことはないが。

 もしかしたらそれぞれの「支部」で働いているのかも。


 美人秘書が茶を出してくれた。

 白木社長が手で促したので、俺は遠慮なくすすった。熱すぎず、うまみのよく出た茶だ。


 彼は封筒の中身も見ず、応接テーブルに置いた。

「下からも報告は受けている。先日は迷惑をかけたそうだな」

「いや、まあ、お互い様ですから」

「そう卑下しなくていい。うちはデカいからな。バックアップも手厚い。それを自分の力だと勘違いしている職員もいる」

「はぁ」

 そういえば、現場で敵に捕まって半泣きになっていた各務とかいうのもいたっけ。


「第三セクターの件、こちらでも調べてみた。水輪と風輪のほかに、残りの三つも見つけた。この話は厄介だ。政府が絡んでるってだけじゃない」

「というと?」

「出資企業だ。どれも『宇宙人民結社』という宗教団体が絡んでる。正直、連中からの仕事はこれ以上受けるべきではないだろう」


 宇宙人民結社は、政治と結託しているカルトだ。

 このところの霧の騒ぎで存在感を増している。


「けど、仕事を拒んだら事務所を爆破するって脅されてまして」

 俺は冗談めかして言ったが、彼は少しも笑わなかった。

「それでもだ。ただでさえ社会が混乱してるのに、カルトに利するような行為はすべきじゃない」

「ではそのようにお伝えします」

「ふん」

 不機嫌そうに茶をすすり始めた。

 気にさわるようなことでも言ったろうか。


 彼は碗を置くと、背もたれに身をあずけ、こう言った。

「伝えるならもうひとつ頼む。この封筒の中身がなんであれ、こちらの答えはイエスだ」

「えっ? 見たほうがいいのでは?」

「無粋だろ」

「大事なことですよ」

 もしかすると「ぬるぬるローションレスリングで勝負しろ」と書かれているかもしれないのに。

 文書を読まずに返事することは、偉いことでもなんでもない。

 深い信頼があれば違うのかもしれないが。


 白木社長は天井を見上げ、それからまたこちらを見た。蛇のような目だ。

「君は、思っていたのとちょっと印象が違うな」

「そうですか?」

「正直、期待外れだ。その一方で、期待以上の面もある。よく分からない。芝さんとはうまくやれているのか?」

「えっ? いえ、まあ……」

 失礼なことを言われている気がする。


 彼はフッと笑った。

「いや、いい。余計なことを言って悪かった。封筒は確かに預かった。君は、いま言ったことを社長に伝えてくれ」

「かしこまりました」


(続く)

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