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サノバガン  作者: 不覚たん
第一部 青
7/36

敵か味方か

 エレベーターに行き当たった。

 行き先ボタンは二つだけ。

 一つは「上」という表記のもの。いま俺たちがいるフロアだ。

 もう一つは「下」。


 当然、「下」を選ぶほかない。


 ボタンを押し、エレベーターが動き出した。

 すぐつくだろうと思った。

 が、意外と時間がかかった。


 なにかがおかしい。

 罠だろうか。


 そんな疑問を抱きだしたころ、すっと停止した。

 ずいぶん深いところまで潜ったのだろう。気圧の関係で、耳に異変が出るか出ないか、微妙なところだ。


 通路自体は「上」と変わりがなかった。

 だが、左右に部屋はなく、正面に巨大な鋼鉄のドアが待ち構えていた。


「これ、開けたらヤバいヤツだと思う?」

 フジコが誰にともなく尋ねた。


 まあ、ヤバいと考えるのが妥当だろう。

 ただ、特にこれといった音はしない。

 危険を知らせる表示もない。もしヤバい場所なら、普通、職員のためになんらかの表示があるものだ。


「確認してみましょう」

 向井さんは警戒もなくキーをかざした。

 一番ヤバいのは、間違いなく人間のほうだ。


 奥はまっくらだったが、すぐに照明がついた。

 複数の巨大タンクがフェンスに囲まれている。タンクからはダクトが伸びて、天井を貫通しているようだった。


 俺はつぶやいた。

「もし俺の予想が正しければ、こいつで霧を作って、上に放出してるんだろうな」

 返事はない。

 誰も答えを知らないのだ。


 だが、通信機が鳴った。

 表示はナシ。


 俺はみんなにも聞こえるようスピーカーモードにして、通話を開始した。

『あなたの予想はアタリです。それは青色スモッグの発生装置。壊さないでくださいね。信じられないほど高価ですから』

 機械の合成音声だ。

 俺たちを監視してやがったのか?


「情報提供に感謝しますよ。それで? 世界を混乱に陥れてるのは、つまりあんたらってワケか?」

「それは違います。例の青色スモッグを発生させているのが誰なのか、私たちも知りません。しかし興味深い技術でしたので、我々も模倣しようと思いまして。これはそのプロトタイプです。まだ本物には遠く及びませんが」

 あのクソみたいな技術を、自分たちでも利用しようってワケか。

 サイアクだな。


「あんたらの正体が知りたい」

『それを教えるわけにはいきません。たとえどんなに推測が容易だとしてもね』

「そう警戒しなくていい。俺たちはなにも知らない」

『なにも知らない人間は、こんなところに入って来ませんよ』

 一理あるな。

 こいつは一本とられた。


 俺は話題を変えた。

「休日に働いてるってことは、あんたは役人じゃないってことか?」

『ノーコメント』

「なぜ俺たちに情報を与える?」

『簡単です。ここまで踏み込んで来た人間は、存在を抹消するか、取り込んで味方にするしかない。あなたはどちらを望みます?』

「見なかったことにする、とか?」

『面白い冗談を言いますね』

 奇遇だな。

 俺も面白いと思ったんだ。

 誰も笑ってないのが意外だが。


「俺が荷物の配達に来たとき、霧を見た。あれも人為的なものだったのか?」

『ええ。荷物を奪われたくなかったため、妨害のつもりで霧を使いました。一度目は手遅れでしたが、二度目は間に合いましたね』

 なるほど。

 俺たちの活動を支援してくれた、ということか。

「荷物の中身は、そんなに大事なものだったのか?」

『運び屋が中身を気にするなんて、プロ失格ですよ』

「俺もそう思うが」

『ですがお教えしましょう。中身は爆弾です』

「……」

 なにがフェイルセーフだ。

 ハナからただの爆弾だったんじゃないか。


 俺は溜め息を我慢しなかった。

「なぜ群馬で起爆した?」

『それはヒミツです。ですが、我々は無意味なことはしません。運び屋を使うのもタダではありませんから』

「それでも二束三文だろう」

 これには返事がなかった。

 話題を変えたほうがいいかもしれない。


「上で死んでいたのは?」

『弊構の職員です。千里眼と通じていたため殺処分しました。コソ泥にキーを渡したのも彼です』

「なぜコソ泥の方を処分しなかった?」

『警告のためですよ。ここにレシピはありません。すべてお見通しだということを、彼らに知って欲しかった。もっとも、その役割を果たす前に、あなた方に殺されてしまいましたが』

 あの一部始終も見ていたわけか。

 となると、フジコが不死身なのもバレているはず。

 まったく話題にしてこないのが逆に不気味だ。

「レシピってなんなんだ?」

『教えられません。しかしそれが青色スモッグに関連したものだということは、誰でも推測可能だと思います』

 まあそうだ。

 むしろ無関係のレシピだったら驚く。


 向井さんが周囲を警戒しながら尋ねた。

「私たちになにをさせるつもりです? 利用価値があるから生かすのでしょう?」

『ええ。近々、次のオファーがあると思います。ぜひ受けてください。荷物を運ぶだけの簡単なお仕事です』

「もし断ったら?」

『ある日突然、事務所が吹き飛ぶかもしれませんね』

「……」


 こいつらなら可能だろう。

 いや、誰にでも可能だ。

 うちの事務所には警備という概念が存在しない。そもそも、外部からの攻撃を想定していない。誰でもウェルカム。ネコだろうがイヌだろうが入り放題だ。もちろん客も。完全にガバガバで営業している。


 俺はいちおう反論した。

「仕事をくれるのはありがたいんだけど、値切るのだけは勘弁してくださいよ」

『ご安心ください。弊構は値段交渉はしない主義です。契約価格を厳守しますし、必ず期日までに振り込みます。会計上のトラブルは、お互いにとって不幸でしかありませんから』

「オーケー。これからもごひいきに、名無しのお客さま」

 ちゃんと金を払うのはいい客だ。

 中には、できるだけ踏み倒そうとするヤツもいる。契約後にだ! いったいどんな教育を受けているのやら。


 だがフジコは不審そうだった。

「なに納得してるのよ。こいつ、あきらかに怪しいでしょ? 爆弾魔よ? 私たち、それに巻き込まれてるのよ?」

 その通りだ。

 基本的な事実を忘れていた。

 だが荷物の責任は俺たちにはない。


 フジコは通信機を覗き込んだ。

「そもそも、あなたたち、あんな爆弾くらい自分で運べたでしょ? なんでわざわざ運び屋を使うの?」

『本当に知りたいのですか?』

「ええ、もちろん。教えてくれる?」

『簡単な話ですよ。私たちが直接持ち運べば、発覚したとき大きな問題となります。しかしあなた方なら、なにかあったとき責任をなすりつけることができます。それだけですね』

「はぁ? よくもそんなことが言えるわね」

 いや、これは相手の言う通りだ。

 運び屋に仕事を依頼する客は、だいたい自分の正体を隠したがる。

 こいつに限らず、ほとんどの客がそうだ。

 後ろめたいことがないのなら、普通は大手の運送会社を使う。そのほうが安い。


 フジコでは話にならなそうだったので、俺は割って入った。

「ただ、無差別に人を傷つけるような依頼は勘弁だぜ。そういうのはサービス料に含まれてない」

『ご安心ください。前回の爆弾でも、人的被害は出ていません。我々はテロリストではないのです。むしろその逆。あなた方の貢献は、そのまま社会貢献になるとお考えください』

「なるほど」

 絶対にウソだな。

 いや、人的被害が出ていないのは事実だろう。

 だが社会貢献でもなかろう。

 公園で爆弾を使うなんて、そんな社会貢献があってたまるか。

 こいつらはウソをついているか、あるいはそれを本気で社会貢献だと思い込んでいるカルトか、そのどちらかだ。


 *


 俺たちは何事もなく施設を出た。

 遺体は転がったままだが、彼らが対処するからなにもしなくていいとのことだった。


 二台のフローターで事務所へ。

 いまやここはフジコの住居でもある。仕切りで区切られた生活スペースには、ペットボトルや缶が転がり放題だ。少しは片付けろと言いたい。


 椅子に腰を落ち着けた瞬間、どっと疲れが襲ってくるのを感じた。

 あまりにいろいろなことがありすぎた。

 人に向けて銃を撃つのは初めてではない。それでも、かなり鮮烈に記憶に残る。正当防衛とはいえ、簡単には割り切れない。


 フジコがカーテンから顔を出した。

「服の弁償! 忘れないでよね!」

「ああ」

「あとファミレス!」

「分かってるよ。けど、いまから移動するのダルいし、ピザでもとらないか?」

「おごり?」

「そうだよ」

「やった! じゃあピザね! 待って! すぐ着替えるから!」

 なぜ俺がこいつのメシの世話まで……と思わなくもないが、何発も銃弾を撃ち込んだ代わりと思えば、むしろ安い気もする。


 いや、問題はその銃弾のほうだ。

 撃ったら撃っただけ申告せねばならない。うちの事務所は、その辺は厳しい。


「向井さん、銃弾の件だけど」

「あ、申告しなくて大丈夫ですよ。私のほうで調整しておきますから」

「ホントに?」

「管理してるの私なので」

 事務を一手に引き受けているだけのことはある。

 だが、本当に大丈夫だろうか?

 わりとボスは、気づかないフリをしてくれていることがある。この件も気づかないとは思えない。


 いや、今日は考えるのはナシだ。

 フジコが着替えたらピザでも選ぶとしよう。


 だが、まだ下着のままのフジコがタブレット端末を持って飛び出してきた。

「ね、ちょっと見てよ」

「おいちゃんと着替えろよ」

「それよりこれ」

 画面をぐっと押し付けてきた。

 近すぎて見えねぇ。


「なんだって?」

「千葉のほうで霧が出て、人が何人か消されたって」

「被害が出たの? 珍しいな。このところ安全だったのに……」

 霧の多発地点は特定されている。

 そこを避ければ、いちおう生活することはできるはずだった。


「なんか、普段出てなかったところに出てきたみたい」

「マジかよ。そんなのどうしようもないだろ」

「政府が新しく基準を見直すって」

「また住めなくなる地域が増えるのか。道路も封鎖されてるし、どんどん不便になるな」


 誰かは言った。

「この世界は滅ぶ」

 別の誰かは言った。

「この世界は滅ばない」


 だがこの言葉には欺瞞がある。

 正確にはこうだ。

「人間は絶滅するかもしれない。だが、世界が終わるわけではない」

 この世界に住んでいるのは人間だけではない。


 フジコはいつまでもタブレットをいじっていたので、俺は「いいから早く着替えろ」と苦情を申し立てた。


(続く)

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