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サノバガン  作者: 不覚たん
第一部 青
5/36

ドライブ

 職場に来たはいいが、特に仕事もなかった。

 そういうとき、俺は事務所のパソコンで動画を観る。


 それは茨城の一般人が撮影した倉庫付近の映像だった。

 青色スモッグが広がっている。

 だが、特に混乱はない。


 一般に、青色スモッグが発生する場合、最初にラッパの音がする。そして青黒い霧が湧き出してくる。ヒトの姿になる。人間を襲う。

 この順番だ。

 当初はニュース映像でも、青黒い人影がハッキリと映り込んでいた。無数のヒトが、とにかく人間を捕まえて霧散させるのだ。ところが、いまは引きの映像しか流さない。見たければ動画サイトをあさるしかない。


 ともあれ、普通は人的被害が出る。

 ところが、ここ数日の青色スモッグは……ただ視界を奪うだけで、これといった害も及ぼさなかった。

 もし害があるとすれば、フジコをヘコませたくらい。

 あいつは霧の中でなにかを見たんだろう。その「なにか」は不明のままだが。


 いまフジコは……PCでおそらくエロサイトを見ている。眉をひそめ、集中した表情でマウスを動かしている。


 ボスが部屋から出てきた。

「明智から報告があがった」

 プリントを手にしている。

 明智というのは、うちのインテリジェンスチームだ。

 そのデータを、ボスは印刷してから読んだのだろう。


 ボスが腰をおろしたので、俺たちもそこへ集まった。


「先日、水輪の敷地に行っただろ? あそこの霧の発生パターンを分析してもらった。その結果がこれだ」

「はぁ」

 グラフが出てきた。

 これは気象庁から引っ張ってきたものだろうか。いや自治体か。ともかく公式なものだろう。

「なにか気づかないか?」

「霧の発生に周期があるような印象を受けますね」

「正解だ。だがもっとよく見てみろ」

「えーと……」

 山あり谷ありの棒グラフだ。

 規則性があるように見える。

 だがそれだけだ。


 するとフジコが「あっ」と声をあげた。

「分かった! 土日はお休み!」

「……」

 俺はつい顔をしかめた。

 そんなバカな。

 あれが自然現象かどうかは疑問の余地があるにしても、人間が勝手に決めた曜日とはさすがに無関係だろう。


 そう思ってグラフに目を落とす。

 本当だ。

 土曜日と日曜日には、霧が発生していない。

 なんだこれ?


 ボスは神妙にうなずいた。

「あくまで俺の推測だが、あの近辺には霧を発生させるなにかがある。そしてそのなにかは、人の手でコントロールされている。だから土日はお休みってワケだ」

 俺はつい鼻で笑った。

「そんなお役所仕事みたいな……」

「きっとお役所仕事なんだろ」

 ボスは真顔だった。


 えっ?

 つまり政府が?

 いや第三セクターがそれをやっていると?


「だが、俺たちのよく知る霧とは性質が違いすぎる。ラッパは鳴らないし、人も襲われない。だからこれは、霧を模してつくられた別物だろう」

「政府が似たようなものを作っていると?」

「おそらくな」

 霧の多発地点は、すでに把握されている。

 だから多くの人は、その手の場所は避けている。現在、あまり大きな被害は出ていない。


 俺は言おうか言うまいか迷ったが、念のため確認することにした。

「えーと、つまり、あの周辺を探れば、霧の発生装置が見つかるかも……ってことですか?」

「そんな顔するな。お前に探らせたりしない。やったところで一円にもならないからな」

 それもそうだ。

 依頼主もいないのに仕事なんて。

 しかも探ったところで、政府に目をつけられるだけ。

 そんな誰も得しないボランティアをするヤツがいるとすれば、きっととんでもない暇人だけだ。あるいは頭がどうかしているか。


 *


 ボスは資料を置きっぱなしにしたまま、誰かの電話で事務所を出て行ってしまった。

 またやることがなくなった。


 席に戻ると、フジコがぐっと顔を近づけてきた。

「あのさ」

「おわ」

 なんだこいつ!?

 足音もなく人の背後をとりやがって。

「そんなに驚かないでよ。それより、今度の休み、暇だったりする?」

「暇じゃねーよ」

「なんか予定あるの?」

「たぶんな」

 いや、予定などないし、間違いなく暇だ。

 だが俺には分かる。

 こいつはいまから、とんでもなくクソみたいな提案をしてくるはず。決して応じてはならない。


 フジコは空いている椅子に腰をおろし、また距離をつめてきた。

「ドライブでもどう?」

「断る」

「は? 美女とドライブできるのよ? あなたに断る権利あるの?」

「どうせ水輪の敷地を探らせるつもりだろ?」

「正解」

 ニヤリと笑みを浮かべた。

 こいつはもともとマネキンみたいな顔だから、笑顔がとんでもなく怖い。


「勘弁してくれよ。俺は金にならない仕事はしない主義なんだよ」

「ダサいわね。それでもちゃんとタマついてんの?」

「どうだろうな。少なくとも最後に確認したときはついてたが」

 向井さんがいるのにセクハラするのやめて欲しいな。


 するとその向井さんが、なんとか笑みを浮かべてこちらへ来た。

「あの、もしよければ私が付き合いましょうか?」

「はい?」

 この疑問は俺とフジコの両方から出た。

 向井さんが付き合う?

 つまりフジコのクソみたいな提案に乗るということか?


「私、フローターの運転もできますし、銃も扱えますから」

 意外な事実が発覚してしまった。

 フローターはいい。

 高校生でも運転できる。

 だが銃はどうだ?

 高校生はおろか、社会人でも扱えない。いやトリガーを引けば弾は出るとして。それだけだ。扱えるというレベルじゃない。


 フジコも目をパチクリさせている。

「え、向井さん……正気?」

「正気ですよ。それとも、私じゃ頼りないです?」

「いや、えーと……」

 目が泳ぎまくっている。

 自分でクソみたいな提案をしておいて、なぜ俺に助け舟を求めるのか?


 だが、向井さんを行かせるわけにはいかない。

「分かった。俺が行くよ。だから向井さんはムリしないで」

 すると反論は向井さんから来た。

「ムリなんてしてません」

「ああ、ごめん。別に頼りないとかじゃなくて……。道、分からないだろうし」

「道は知ってます。ナビもありますし。それに、私も行きたいんです。人為的に霧を発生させるなんて、どうやってるのか……」

 いつもはにこやかな向井さんが、どこかムキになっているように感じた。

 そんなに行きたいのか?


 フジコがあたふたし始めた。

「や、でも危ないかもだから、向井さんは行かないほうがいいんじゃないかな?」

「なんでですか? 私、いたら邪魔ですか?」

「いや、邪魔とかじゃなくて……。なんかあったらボスに殺されちゃうし」

「ボスは関係ありません」

 火に油を注いでしまった。

 彼女は確かにボスの娘だが、自立した一人の大人でもある。ボスのことを持ち出すのはよくなかった。


 俺は溜め息を噛み殺し、こう切り出した。

「分かった。なら三人で行こう。ただ、危険と判断したらすぐ引き返すこと。俺も死にたくないしね。それでいい?」

「はい」

 もしボスがいたら、きっと止めていただろう。

 いや、あるいは俺が止めるべきなのかもしれない。

 だが、言って聞くような雰囲気じゃなかった。

 強く反発して無視されるより、同行して流れをコントロールしたほうがいいだろう。たぶん。少なくとも最悪な選択肢は回避して、少しマシな選択をできたはず。

 こういうのを「場に流される」というのかもしれないが。


 とはいえ、依頼ではないから、配達すべき荷物もない。強奪犯も来ない。あの辺で発生する霧も無害だと分かっている。

 想定外のトラブルさえなければ、本当にただのドライブで終わるはずだ。


 *


 秋ではあったが、やや夏を思わせる暑さだった。

 風が吹けば涼しいのだが、それがなければぬるま湯の中にいるようだ。日差しも強い。


 空は水色。いや青白いというべきか。

 どこかよどんでいるのに、目には清々しい印象がある。


 ともあれ、現地だ。

 駐車場にフローターを停めて、歩き始めた。


「ここが最初の現場。まあ見れば分かるか」

 道路に血痕が残っている。

 どうせ誰も来ないと思って、ろくに清掃もされていない。

 遺体は回収されているから、警察は来たはず。

 これが事件として処理されたか否かは不明。この業界、不明なことが多すぎる。まあ俺に面倒が舞い込まないならなんでもいいが。


 フジコはキョロキョロしている。

 夏みたいなキャミソールを着ている。肩がつやつやしていて、作り物みたいだ。きっと無言で立っていたら、マネキンと区別がつかない。


「どうだ? なんかあるか?」

 俺がそう尋ねると、フジコはぐっと表情をしかめた。

「どうだ? なんかあるか? なんでそんな他人事なの? あなたも探しなさいよ」

「なにを探せっつーんだよ」

「なにかよ。探偵なんでしょ?」

「探偵じゃない。ただのパシリだ」

 しかも安月給だ。

 だいたい、俺は探偵の真似事さえしたことがない。

 ボスは浮気調査やネコ探しなんかもしているらしいが……。


「向こうの区画が、第二の現場ですよね? ホントに近い」

 向井さんは、手にしたタブレットで位置を確認していた。

 秋らしい涼しげなワンピースがよく似合っている。

 あのいかついボスの遺伝子から、こんなに可憐な娘が生まれてくるとは。きっと母親似なんだろう。そうとしか考えられない。


 俺は特に真面目にやる気もなかったから、適当にそこらを散策した。

 あくまでなにかを探すフリだ。

 なのだが、イヤなものを見つけてしまった。


 血痕がある。

 しかも古いものではなく、新しいものだ。まだ赤い。派手にぶちまけられている感じではなく、点々と落ちている。

 それが路地裏まで続いている。


 見なかったことにするか……。


「ちょっと内藤さん! なにぼうっと……」

 フジコが大股で近づいてきた。

 しかも血痕を見つけてしまった。

「ご覧の通りだ」

「え、事件?」

「いや、通りがかった誰かが、鼻血でも出したんだろ」

「誰かって、誰よ?」

「さあ」

 俺はつい路地裏へ目をやってしまった。

 奥の方は見えない。

 きっと「いる」んだろう。

 いや、逆に、そこから出てきてどこかへ行った可能性もある。その場合、乗り物でどこかへ移動したことになる。血痕が途切れているからだ。


 選択肢はそう多くない。


1.見なかったことにして立ち去る。

2.警察に任せる。

3.自分たちで路地裏を確認する。


 だが俺に意思表示する猶予はなかった。

 なぜなら向井さんが拳銃を抜き、両手で構えて路地裏を覗き込み始めたからだ。


「私が先頭に立ちます。二人はバックアップをお願いします」

「えっ?」

 鋭い眼光だ。

 こちらに選択肢はない。


 フジコも「腕が鳴るわね」などと意気込んでいる。

 おそれを知らぬというのは、いいことばかりではない。危険を危険だと分からなくなるし、なにより一円にもならないことに首を突っ込んでしまう。

 もし怪我をしたらマイナスだ。


 おとなしく家でネットでもしているほうが、はるかにマシだったろう。


(続く)

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