サノバガン
荒廃した街を眺めながら、俺は芝商店へ向かった。
日差しは日に日に強くなっている。
路上には、まだまだたむろする人々があふれかえっていた。
仕事もない。
未来もない。
うろうろしてなにかを探していないと生きていけない。
そういう状況になっているのだ。
ただ、海底人は彼らに配給をおこなっていた。
さも善人のように。
地上のあらゆる国は、海底人に支配されている。しかし彼らの支配下で、傀儡政権が以前と同じような政治を続けていた。
一部は混乱している。
だが、一部は以前のまま。
悪魔が線を引いたように、整然と混沌が分裂して存在していた。
本当は誰もが混乱しているはずなのだ。
しかし大半の人間は、「正常性バイアス」によって平和だったころの行動を繰り返してしまう。なにも壊れていないと信じ込んでいる。そのおかげで、一部は秩序が保たれているように見える。
*
事務所は、予想を超える大所帯だった。
山崩が戦闘員を連れてきたようだ。
なにやら雑談していたが、俺たちが入ると途端に静かになった。別に嫌われているわけじゃない。仕事モードになったのだ。
EXEが特等席につき、「始めましょうか」と告げた。今日もフリルのついた服を着ているから、椅子に置かれた等身大人形のようだ。
話によれば、フジコが監禁されているのは麻布だという。
旧アメリカの施設だそうだ。
そこまで聞いて、俺はふと思い出した。
「もしかして、俺の知ってる施設か?」
EXEは無表情のままうなずいた。
「ええ。あなたがクイーンの肉片を手に入れた場所です」
「特別な場所なのか?」
「ビルの地下には、海底国家との連絡通路があります。いえ、通路というよりはエレベーターですね。あの場に転がっていたのは、地上からではなく、地下から侵入した海底人の残骸です」
なんてことだ。
だからあんな奥まった場所にいたのか。
「かなりの重要拠点だったんだな」
「前提からお話しします。もし誰かが海底国家を支配したならば、そのテクノロジーを独占することができます。アメリカは、その計画のためにあのビルを建てました」
ムチャクチャだ。
他人をぶっ殺して技術を手に入れる?
それで地上で威張り散らすと?
EXEは肩をすくめた。
「余計な義憤は捨ててください。どこの国でも、機会があればすることです。誰しも『自分だけ強い』のが大好きですから」
レアメタル、石油利権、紛争ダイヤ、あるいは強制労働で作られた安い食材……。
人々は、他者の命を犠牲にし、金に換えている。
たしかに、いまさら怒っても遅いのだろう。俺だって素知らぬ顔で恩恵にあずかってきた。それを豊かさと呼ぶことに躊躇もなかった。
こちらが反論できずにいると、EXEは表情ひとつ変えず淡々と続けた。
「クイーンは海底国家を防衛していました。それでアメリカと戦闘になり、頭部にミサイルを撃ち込まれたのです」
「普通、それは死ぬのでは?」
「普通はそうでしょうね。ともあれ、アメリカはそのとき飛散した眼球を回収し、例のビルで保管していました。それを海底人に狙われたわけです」
日本付近の海底で、勝手に戦争を始めていたワケだ。
やりたい放題だな。
「なぜそんな重要なものを、海底人に狙われそうなビルで保管してたんだ?」
「狙われるはずではなかったのです。あそこはアメリカが海底での作戦に使用していたビルですから。いわばアメリカの海底支部とでも呼ぶべきものでした。安心して物資を保管していたのでしょう」
いや、日本の領土なのだが……。
すると山崩のリーダーが補足した。
「ビルはいま海底人が警備しているようだ。青色スモッグは完全に排除されている。霧が使用される可能性は極めて低い。純粋に火力での勝負となるだろう」
おそらくそうだ。
そこにはフジコがいる。もし青色スモッグに触れれば、東京がまるまるふっ飛ぶことになる。
だから霧は使用されない。
仮に使用されても、小型スピーカーで無効化できるはずだが。
俺はいちおう挙手をして尋ねた。
「敵は正規兵ですか? 規模は? こちらの火力で太刀打ちできますかね?」
すると彼は肩をすくめた。
「信頼できる筋からの情報によれば、彼らはあまり火器を好まないらしい。たいした戦力ではないと予想できる」
信頼できる筋とは?
俺がそう疑問に思っていると、EXEが勝ち誇ったような顔で会話に参加してきた。
「その通りです。海底国家ではなにより平和主義が重視されています。火を使う兵器は好まれません。長いこと戦争もありませんでした。火器で人を殺傷するなど野蛮の極みですから」
こいつが信頼できる筋か?
宇宙人という立場を使って、好き放題やっている。
それにしても武器を捨てた国家とは。
そこだけ聞けば、あるいは理想郷のようにも思える。
「けどレーザーは? 連中、人をミンチにする兵器を上空に浮かべているのでは?」
先日、それでカルトが爆散する様子を見せられたばかりだ。
EXEはしかし表情を変えなかった。
「あれは兵器ではなく、防犯用ドローンです。処刑機能はあくまでオプション」
モノは言いようだな。
「またどこかの誰かがコントロールを奪ってくれたら、仕事もやりやすくなるんだが」
「おそらくそうなるでしょう」
いくらか卑怯な気もしなくはないが……。
命をかけたやり取りをするのだ。手段を選んでいる場合ではない。
説明によれば、海底人は、地上に流通している9ミリ弾の拳銃で武装しているらしい。自分たちが戦わずとも、ドローンが勝手に対応してくれると思い込んでいるのだ。
数は多いらしいが、勢いで蹴散らせそうだとリーダーは語った。
本当に大丈夫なのだろうか?
*
ミーティングを終えると、リーダーが近づいてきた。
「お前にサポートをつける。よかったら使ってくれ」
サポート?
隣にいたのは、半笑いの中年男性だった。四十代? いや五十代か?
「よろしくお願いしますね」
青白い顔の痩せた男だ。半笑いというか、ヘラヘラしている。カルトと戦う戦闘集団にしては、ちょっと浮いている気もする。着ているスーツもよれよれだ。
俺は困惑してしまった。
「あの、サポートというのは?」
「コードネームはサノバガンだ。戦闘力は……まあまあといったところだが、お前とは合うだろう。ある意味、俺がもっとも信頼してる男だ。もっとも信用できない男でもあるが。部下として使ってくれ」
「いや、部下って……」
一回りも年上の人間を、部下にするのは抵抗がある。
サノバガンは「構いませんよ」とヘラヘラしているが。
リーダーはかすかに笑った。
「部下がイヤなら相棒でも護衛でもなんでもいい。とにかく一緒にいてくれ。一人でいるより安全だ」
「はぁ。では、ありがたく」
見た感じ、役に立つのか怪しいが。
それでもフジコより役に立たないということはないだろう。少なくとも銃は撃てるはず。名前がサノバガンなんだから。もし撃てないというのなら、いまこの場で改名して欲しい。
しかしサポートとは? 部下? 相棒? 護衛?
いや、きっとどれも違う。
この男は、もしかすると俺の監視役かもしれない。
烏丸麗のことをかぎつけられたらマズい。
するとみーこまで来た。
「え、お兄ちゃん、運び屋にサノバおじつけるの? 正気?」
頭はプリンではなく、ちゃんと染まっている。淡いピンクだ。彼女にはよく似合っている。
しかし「サノバおじ」とは……。
当のサノバガンは「ひどいなぁ」と半笑い。
兄は真顔で反論した。
「お前の意見は聞かない」
「はいはい。お兄ちゃんって、いつもそうだよね」
「もう行く」
会話したくなかったのか、リーダーは行ってしまった。
反論しないのはいい判断だ。
妹を怒らせるだけでなく、話まで長くなる。
みーこは去り行く兄の背を忌々しげに見送ってから、笑顔でこちらへ向き直った。
「あたしさ、いま向井ちゃんとこ住んでんの。よかったら遊びに来てよ。あ、でもサノバおじは来なくていいから。運び屋だけね」
「えっ? ああ、分かった……」
向井さんの負担が大きすぎる。
というか、向井さんの家なんて、これまで一度も行ったことがないのだが。おそらく今後も行くことはないだろう。なぜか間取りだけは詳しく知っているが。
みーこは「じゃね」と行ってしまった。
サノバおじも「じゃあね」と愛想笑い。
さて、どうしたものか。
「あの、内藤です。サノバガンさんとお呼びすれば?」
俺がそう話を振ると、彼はやはり半笑いで答えた。
「あー、みんなはサノバって呼びますね。でもサノバって響きがよくないでしょ? 私としてはガンちゃんを推奨してるんですが、誰も呼んでくれなくて」
誰も呼んでない名前で呼んだら、周囲を混乱させる可能性がある。
日常生活ならいいが、戦闘中は生死にかかわる。
「すみませんが、サノバさんでお願いします」
「へへへ。はい。それでも全然」
本当に貫禄というものが存在しない。
だが、気になるのはリーダーの言葉だ。
もっとも信頼しているし、もっとも信頼できない人物だと言っていた。
意味は?
サノバ氏の外見からはなにも読み取れない。
彼は半笑いのまま言った。
「よかったら、交流も兼ねて、このあと射撃場にでも行きませんか?」
「ああ、はい。ぜひ……」
さっそく射撃の腕前を披露してくれるとは。
敵を知り、己を知れば、わりといい、みたいなことを古人も言っていた。サノバガンのスペックを知るいい機会だ。
*
地下射撃場はまだ営業していた。
婆さんも相変わらず売店で暇そうにしている。
ここは先払い。現金のみ。
「レーンお借りできます? 二人分」
俺がそう尋ねると、老婆はぎょっとした顔を見せた。
「あら? あー、えーと、久しぶりだね? 生きてたの?」
「ちょっと地方行ってまして」
「そうだったの? 左遷? 大変だね。レーンは空いてるから好きに使いな」
左遷ではない。
この界隈、急に見かけなくなったヤツは、だいたい死んでいるものだ。俺もそう思われたのだろう。なにせ死人は銃の訓練をしない。
EXEと執事は先に帰らせたから、いまは俺とサノバ氏の二人きりだ。
地下に入ると、彼はすぐさまレーンにつき、準備に取り掛かった。特に会話もなく、休憩するでもなく。
撃ちたくて仕方がなかったのか?
スーツから拳銃を抜き、レーンのスイッチを入れ、吊るされた人型のターゲットに狙いを定めた。
構えは普通。
プロがどんなのかは知らないが、初心者っぽくはない。銃は普通に扱える感じだ。
俺はベンチに腰をおろし、彼の腕前を見ることにした。
パァンと発砲音。
弾丸は、いちおうターゲットに命中した。だが中央ではなかった。やや外れぎみ。静止した大きな的だから、初心者でもそうそう外すことはないが。
その後もパンパンと発砲したが、どれも似たような当たりだった。
腕前は、特に言うことがない。
達人でもなければ、まるっきりの素人でもない。
俺と似たようなレベルだ。
彼は半笑いで向き直り、こちらへ来た。
「いやぁ、長いことやってるつもりなんですが、ちっとも上達しませんね。恥ずかしい」
「なぜサノバガンというコードネームに?」
俺がそう尋ねると、彼は「へへへ」と笑いながらベンチに腰をおろした。
「もともと私のコードネームじゃないんですよ。ただ、そういう名前の人間をね、私、撃っちゃいまして。それで襲名することになったんです」
「えっ?」
クマソタケルをぶっ殺したヤツがヤマトタケルを名乗ったみたいなことか?
冷静に考えるとサイコパスだな。
「だから、もし誰かが私を撃ったら、その人に名前をあげちゃいます。まあ死んじゃったら発言権もありませんけどね」
彼はそう続けた。
ヘラヘラしていたが、目は笑っていなかった。
「その、先代のサノバガン氏は、強かったんですか?」
「強い、というか……。まあ、カリスマのある人でしたね。私のあこがれの人でした。ただ、どんなに強い人間でも、隙を見せることがあるんだなぁ……」
だんだん怖くなってきた。
強いヤツが隙を見せるのを待って、撃ったのだ。
卑劣な人間かもしれない。
彼は遠い目のまま、ひとつ呼吸をして、こう続けた。
「私ね、あんまりどうしたいってのがないんですよ。カルトと戦ってるのも、正義感とかじゃなく、生活のためですし。だから鮫島さんが信頼してるって。感情ではなく、金で動くヤツのほうが、ある意味では管理しやすいですからね」
「鮫島さん?」
「リーダーですよ。あ、知りませんでした? 鮫島さんって言うんですよ。名前までカッコイイですよね」
「はい……」
なんだか調子が狂ってしまう。
この人、じつはなにも考えてなくて、そのせいで浮いているだけなのでは? 鮫島氏も、面倒だから俺に押し付けたのでは?
そんな気がしないでもない。
(続く)




