幽霊
帰宅できたのは夜だった。
青白い洋館は、月明り差す森の中にぽつんと建っている。
残念ながらホラーハウスにしか見えない。
まだ幽霊に出くわしていないのが不思議なくらいだ。このおどろおどろしい外観で幽霊が出てこないなど、誰が想像できるだろうか……。もう作り物でもいいから出てきて欲しいくらいだ。
中は明るい。
誰のセレクトなのか分からないが、あたたかい色の照明だ。まさに家という感じがする。LEDではないのかもしれない。
食堂に入ると、コックの格好をした女が、ワゴンで料理を運んできた。
どこかで見た顔だ。
「本日からこちらでお世話になる烏丸麗です。どうぞよろしくお願いします」
彼女はにこりともせずお辞儀をした。
意味が分からなかった。
彼女はこの世界にいないはず。
少なくとも人間の姿では存在しないはずだった。
なのに、いる?
「まずは前菜の……野菜炒めです」
普通の野菜炒めが配膳された。大部分がもやしだ。
前菜というより、おかずでは?
けど、本当に?
どこからどう見ても烏丸麗だ。
いまは長い黒髪を後ろでまとめている。
この愛想のない顔は、記憶の中の彼女と一致する。
「内藤さま、私の顔になにか?」
「い、生きてたのか……?」
「どうやらそのようですね……」
困惑しているようだった。
というより、雇用主の表情をうかがっている。
EXEはニヤニヤしている。
こいつは感情のない無表情女かと思いきや、ときおりこうして陰湿な笑みを浮かべる。だが人をバカにしているというよりは、幼い少女がいたずらをしているような表情だ。こうして見ると、宇宙人も俺たちと大差ない気がしてくる。
「どうですか、運び屋。これがサプライズというものです。驚きましたか?」
「そりゃ驚いたよ……」
「彼女には住み込みで働いてもらいます。ただしひとつ条件が。私の管理下にいる間は、子供を作ることを禁止します。人間が人間を産むなど、野蛮すぎて看過できませんから。いかに旧時代を愛する私でも、これだけは容認できません」
「おい……」
俺たちをなんだと思ってるんだ?
いや、しかしおかしい。
烏丸麗の蘇生は、仕事の報酬だったはずでは?
なぜいま?
説明もないまま、烏丸麗はさがってしまった。
EXEも野菜炒めを食い始めた。箸がヘタクソだから、皿からこぼしまくっている。もったいないからスプーンで食べて欲しい。
しばらく黙って食事を進めたものの、やはり我慢できなくなり、俺はこう尋ねた。
「なぜ蘇生させたんだ?」
するとEXEは箸を置き、ナプキンで口元をぬぐった。
「成功報酬のはずなのに?」
「そうだ。なにか裏があるのか?」
「もちろんあります。ですが、お互いにとってプラスであると判断したからです」
「詳しく説明してくれ」
興奮を抑えきれない。
食事を終えたら、烏丸麗と話したいことがある。
いや、特に話題があるわけではないが……。いまの俺は、片思いの中学生みたいなテンションになっている。とにかく自由に話がしたい。
「まず第一に、あなたの疑念を払拭したかった。ご覧の通り、霧から個人を復元できると証明したかったのです。私たちの技術を疑われていては、信頼関係に影響しますから」
「いやその技術は疑ってなかった」
「第二に、あなたのやる気の問題です。彼女を蘇生させたほうが、士気が上がると判断しました」
「俺が途中で投げ出す可能性があると?」
まあ、あるのだ。
ヤバかったら命を優先する。
生きるために仕事をしているのに、仕事のために命を落としたら本末転倒だ。
EXEは愉快そうに目を細め、くすくすと笑った。
「回答は控えましょう。第三の目的は、人質です。彼女は復元されたがために、死の可能性を得てしまった。あなたは彼女を守るため、これまでより必死に生きねばならない」
「クソだな」
「食事中に使っていい言葉ではありませんね」
「お互いさまだろう」
「イエス」
ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
呪い人形みたいなツラしやがって。
この女は、人をバカにしているときだけ生き生きした様子を見せる。
「だが感謝しよう。まさか彼女の手料理を食える日が来るとは思わなかったからな」
「これからは毎日食べられますよ」
「できれば同じテーブルで食事したかったが」
「私の管理下では許可しません。目の前でイチャつかれた日には、私のメンタルに深刻な負担がかかりますから」
「イチャつかないよ」
俺たちはまだそんな仲じゃない。
この先もそうなるとは限らない。
幼少期にちょっと接点があったがために、特別な感情を抱きかけているだけだ。だがそんなのはいびつな感情であって、むしろノイズと言ってもいい。
その後も料理が運ばれてきて、俺は淡々と食事を進めた。
味は……まあ……普通だ。
少し薄味かもしれない。
いや、悪く言うつもりはない。
ただずっと弁当屋の弁当を食っていたから、それに慣れただけだ。弁当屋は、大量のメシを、プロが作っているのだ。桁外れてうまいに決まっている。
*
ディナーを終え、ティータイムも済ませると、EXEはすっと立ち上がった。
「私はこれから『帰ってきたポルチーニ』の再放送を視聴します。料理人と交流するのは構いませんが……。先ほどのルールは守ってください。もし子供ができたら、宇宙船で保護することになります」
「ないから安心してくれ」
「ところで、カップ麺のほうが美味でしたね。料理人としては無能なのでは?」
「言い過ぎだろ」
「では失礼」
ホントに口が悪い。
仮に思ってても言うべきじゃない。
大きな食堂でひとりになると、急に寂しくなってきた。
烏丸麗は食事をとったのだろうか?
いまは食器を洗っているころか?
手伝ったほうがいいだろうか?
いや、邪魔かもしれない……。
俺は水差しからコップに水を注ぎ、ぐっと飲みほした。
緊張して水分を失っていたらしい。
二杯目も飲んだ。
やけにそわそわする。
早く話がしたい……。
「あら、いたのですか……」
ふと烏丸麗が入ってきた。
まだコックの格好をしているが、髪はほどいていた。
「あ、いや、待ち伏せしてたわけじゃ……」
「そうなのですか?」
「けど、話はしたかった。その、時間さえあれば」
「ええ、いくらでも」
彼女も椅子に腰をおろした。
少しは長居してくれるということか。
「無事でよかったよ。ホントに。いや、こっちの都合で勝手に……だから。もしこうなることを望んでなかったとしたら、謝罪しないといけないけど」
我ながらダサい。
しどろもどろになっている。
彼女は笑みもせず、こちらを見ている。
「正直、戸惑っていないとは言えません。私はもう、現世での役目を終えたと思っていたので……」
「ごめん」
「謝らないでください。嬉しいことは嬉しいのです。ただ、どう受け止めたらいいか……」
「別に感謝して欲しいわけじゃないんだ。恩を感じる必要もない。全部俺のエゴだから。あんたには、この世界にいて欲しかったんだ。あのまま消えちまうなんて、なんだかさ……」
いや、空気が重いな。
もし再会できたら、ハッピーエンドになると想像していたのだが。
それが俺の勝手な妄想だとしても、少なくともこんな緊張感のある空気になるはずではなかった。
烏丸麗はすっと息を吸い込み、溜め息混じりにこう応じた。
「そんな顔をしないでください。私も、あなたの負担になるつもりはありません。それより、することがありますよね?」
「すること?」
「フジコさんを救うのですよね? せっかくこの世に戻ってきたのです。私も精一杯お手伝いします」
「ありがとう」
「ただ、もうなんの権限もありませんから、本当に、ただ応援することしかできませんが……」
はじめ、空気が悪いのは自分のせいかと思っていた。
だが、もしかしたら違うのかもしれない。
烏丸麗は、なにか言いたいことを我慢している気がする。
「そんなことないよ。ただ、戻ってきてくれて嬉しかったから……。それを伝えたかっただけなんだ。仕事の邪魔をして悪かったかな? もう行くよ」
「えっ? はい……。あの、おやすみなさい」
「おやすみ」
*
夢を見た。
いや、夢というよりは、過去の記憶のリプレイだ。
そこは薄暗い事務所だった。
俺は荷物を運びに来た。
周囲には、男たちが倒れている。
血を流し、ぐったりとしている。
俺が撃ったのだ。
荷物を運びに来ただけなのに、他の誰かと間違えられて、刃物を持ち出された。それで慌てて射殺した。
ここの連中は、隠し事をしていた。
誰にも知られたくない秘密を。
奥でドタドタと物音がした。
自分の居場所を知らせるかのように。
俺は銃を手に、慎重に奥へと進み、そっとドアを開けた。
そこはシャワールームだった。
マネキンみたいな印象の、痩せた女がいた。
手足を拘束されて、口にはタオルを噛まされていた。かなりやつれており、目の下のクマがひどかった。
タオルをとってやると、彼女は最初に大きな溜め息をついた。
「警察?」
「違う」
俺がそう答えると、彼女はあきらめきった表情でどっと壁に背をあずけた。
「じゃ、反社のほうね」
「反社でもない」
「ならなんなの?」
「運び屋だよ。荷物を運びに来た。さっき撃ったのは……不慮の事故だ」
すると彼女は、ふっと笑った。
「私のことも撃ってよ」
「なぜ?」
「もう終わりにしたいの。自由になったところで行き場もないし。十分苦しんだから……」
彼女に目立った外傷はなかった。
だが、信じられないほど衰弱していた。
保護するという手もあったろう。
本人がそれを望むのであれば。
彼女の目は暗かった。
いま床に転がっている男たちと同じような目をしていた。
誰も彼女を救えないと思った。
彼女は膝を抱えて丸くなり、目を閉じた。
「ほら、撃ってよ」
「後悔するぞ」
「お願いだから」
「……」
俺は彼女の後頭部に銃口を突き付けた。
真上からだと、黒い球体にしか見えなかった。
*
俺は女を射殺したあと、手足の拘束をといてやった。
彼女に自由はなかったのかもしれない。
だが、死体になってまで拘束され続ける道理もなかろう。
*
数日後、芝商店の事務所前で女に待ち伏せされた。
忘れもしない、俺が後頭部を撃ち抜いた女だ。
彼女は無傷だった。
「あんた、死んだはずじゃ……」
「たぶんね」
この時点では、誰も彼女が不死身だとは知らなかった。当人でさえハッキリとした確証を持てなかったらしい。
「復讐に来たのか?」
「そうだとしたら?」
「防衛行動に入る」
「ちょっと待ってよ。冗談だから。それより、喉かわいたんだけど。なんかおごってよ。私、お金持ってないから」
「え、飲み物?」
「そこの自販機でいいから」
ビルの近くに自販機がある。
ここで初めてジュースをおごってから、その後どれだけタカられるハメになるか、当時の俺には知る由もなかった。
「死んだはずだよな?」
「たぶん」
「たぶんってなんだよ……」
「分からないの。ある時から、どんな傷でもすぐ治るようになったのは知ってた。でも、不死身かどうかは……。だって、死んでる間のことなんて、私に分かるわけないでしょ?」
彼女はミルクティーを飲みながら、そんなことを言った。
一理あると思った。
「名前は?」
「言いたくない」
「じゃあフジコだな。不死身のフジコだ。それがイヤなら名を名乗れ」
「なんでもいいわ。親につけられた名前じゃなければなんでも」
断られると思ったのに、受け入れられてしまった。
親につけられた名前がなんなのかは、いまだに知らない。特に尋ねてもいない。
俺は話題を変えることにした。
「どうやってここが?」
「生き返ってから、あの事務所を調べたの。そしたらホワイトボードに、芝商店の運び屋が荷物を届けに来るって。それで調べたらここだって」
「そこまできちんとスケジュール管理してたなら、いったい俺を誰と間違えたんだ?」
「私、とあるカルトの施設から逃げてたのよ。そしたら別の悪いヤツにつかまって……。だから、なんかあったんじゃない? 私を巡って争って死ぬなんて、愉快だわ」
「……」
このときは、どれもジョークだと思っていた。
事実を言いたくないから、適当にフカしているのだと。
だが、どれも事実だった。
その後、カルトはうちに手を出してはこなかったものの、身分を隠して仕事を依頼してくるようになった。結果、いくらかカルトの思惑通りに動かされた。
ボスは俺たちを守るため、ポラリスに移籍させてくれた。
俺はカルトの教祖を殺害したのち、なにもかもが虚しくなって仕事を辞めた。それが六年前。フジコとはそれきり連絡も取っていない。
(続く)




