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サノバガン  作者: 不覚たん
第二部 白
34/36

幽霊

 帰宅できたのは夜だった。

 青白い洋館は、月明り差す森の中にぽつんと建っている。

 残念ながらホラーハウスにしか見えない。

 まだ幽霊に出くわしていないのが不思議なくらいだ。このおどろおどろしい外観で幽霊が出てこないなど、誰が想像できるだろうか……。もう作り物でもいいから出てきて欲しいくらいだ。


 中は明るい。

 誰のセレクトなのか分からないが、あたたかい色の照明だ。まさに家という感じがする。LEDではないのかもしれない。


 食堂に入ると、コックの格好をした女が、ワゴンで料理を運んできた。

 どこかで見た顔だ。


「本日からこちらでお世話になる烏丸麗です。どうぞよろしくお願いします」

 彼女はにこりともせずお辞儀をした。


 意味が分からなかった。

 彼女はこの世界にいないはず。

 少なくとも人間の姿では存在しないはずだった。

 なのに、いる?


「まずは前菜の……野菜炒めです」

 普通の野菜炒めが配膳された。大部分がもやしだ。

 前菜というより、おかずでは?


 けど、本当に?

 どこからどう見ても烏丸麗だ。

 いまは長い黒髪を後ろでまとめている。

 この愛想のない顔は、記憶の中の彼女と一致する。


「内藤さま、私の顔になにか?」

「い、生きてたのか……?」

「どうやらそのようですね……」

 困惑しているようだった。

 というより、雇用主の表情をうかがっている。


 EXEはニヤニヤしている。

 こいつは感情のない無表情女かと思いきや、ときおりこうして陰湿な笑みを浮かべる。だが人をバカにしているというよりは、幼い少女がいたずらをしているような表情だ。こうして見ると、宇宙人も俺たちと大差ない気がしてくる。


「どうですか、運び屋。これがサプライズというものです。驚きましたか?」

「そりゃ驚いたよ……」

「彼女には住み込みで働いてもらいます。ただしひとつ条件が。私の管理下にいる間は、子供を作ることを禁止します。人間が人間を産むなど、野蛮すぎて看過できませんから。いかに旧時代を愛する私でも、これだけは容認できません」

「おい……」

 俺たちをなんだと思ってるんだ?

 いや、しかしおかしい。

 烏丸麗の蘇生は、仕事の報酬だったはずでは?

 なぜいま?


 説明もないまま、烏丸麗はさがってしまった。

 EXEも野菜炒めを食い始めた。箸がヘタクソだから、皿からこぼしまくっている。もったいないからスプーンで食べて欲しい。


 しばらく黙って食事を進めたものの、やはり我慢できなくなり、俺はこう尋ねた。

「なぜ蘇生させたんだ?」

 するとEXEは箸を置き、ナプキンで口元をぬぐった。

「成功報酬のはずなのに?」

「そうだ。なにか裏があるのか?」

「もちろんあります。ですが、お互いにとってプラスであると判断したからです」

「詳しく説明してくれ」


 興奮を抑えきれない。

 食事を終えたら、烏丸麗と話したいことがある。

 いや、特に話題があるわけではないが……。いまの俺は、片思いの中学生みたいなテンションになっている。とにかく自由に話がしたい。


「まず第一に、あなたの疑念を払拭したかった。ご覧の通り、霧から個人を復元できると証明したかったのです。私たちの技術を疑われていては、信頼関係に影響しますから」

「いやその技術は疑ってなかった」

「第二に、あなたのやる気の問題です。彼女を蘇生させたほうが、士気が上がると判断しました」

「俺が途中で投げ出す可能性があると?」

 まあ、あるのだ。

 ヤバかったら命を優先する。

 生きるために仕事をしているのに、仕事のために命を落としたら本末転倒だ。


 EXEは愉快そうに目を細め、くすくすと笑った。

「回答は控えましょう。第三の目的は、人質です。彼女は復元されたがために、死の可能性を得てしまった。あなたは彼女を守るため、これまでより必死に生きねばならない」

「クソだな」

「食事中に使っていい言葉ではありませんね」

「お互いさまだろう」

「イエス」

 ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。

 呪い人形みたいなツラしやがって。

 この女は、人をバカにしているときだけ生き生きした様子を見せる。


「だが感謝しよう。まさか彼女の手料理を食える日が来るとは思わなかったからな」

「これからは毎日食べられますよ」

「できれば同じテーブルで食事したかったが」

「私の管理下では許可しません。目の前でイチャつかれた日には、私のメンタルに深刻な負担がかかりますから」

「イチャつかないよ」

 俺たちはまだそんな仲じゃない。

 この先もそうなるとは限らない。

 幼少期にちょっと接点があったがために、特別な感情を抱きかけているだけだ。だがそんなのはいびつな感情であって、むしろノイズと言ってもいい。


 その後も料理が運ばれてきて、俺は淡々と食事を進めた。

 味は……まあ……普通だ。

 少し薄味かもしれない。


 いや、悪く言うつもりはない。

 ただずっと弁当屋の弁当を食っていたから、それに慣れただけだ。弁当屋は、大量のメシを、プロが作っているのだ。桁外れてうまいに決まっている。


 *


 ディナーを終え、ティータイムも済ませると、EXEはすっと立ち上がった。

「私はこれから『帰ってきたポルチーニ』の再放送を視聴します。料理人と交流するのは構いませんが……。先ほどのルールは守ってください。もし子供ができたら、宇宙船で保護することになります」

「ないから安心してくれ」

「ところで、カップ麺のほうが美味でしたね。料理人としては無能なのでは?」

「言い過ぎだろ」

「では失礼」

 ホントに口が悪い。

 仮に思ってても言うべきじゃない。


 大きな食堂でひとりになると、急に寂しくなってきた。

 烏丸麗は食事をとったのだろうか?

 いまは食器を洗っているころか?

 手伝ったほうがいいだろうか?

 いや、邪魔かもしれない……。


 俺は水差しからコップに水を注ぎ、ぐっと飲みほした。

 緊張して水分を失っていたらしい。

 二杯目も飲んだ。

 やけにそわそわする。

 早く話がしたい……。


「あら、いたのですか……」

 ふと烏丸麗が入ってきた。

 まだコックの格好をしているが、髪はほどいていた。

「あ、いや、待ち伏せしてたわけじゃ……」

「そうなのですか?」

「けど、話はしたかった。その、時間さえあれば」

「ええ、いくらでも」

 彼女も椅子に腰をおろした。

 少しは長居してくれるということか。


「無事でよかったよ。ホントに。いや、こっちの都合で勝手に……だから。もしこうなることを望んでなかったとしたら、謝罪しないといけないけど」

 我ながらダサい。

 しどろもどろになっている。

 彼女は笑みもせず、こちらを見ている。

「正直、戸惑っていないとは言えません。私はもう、現世での役目を終えたと思っていたので……」

「ごめん」

「謝らないでください。嬉しいことは嬉しいのです。ただ、どう受け止めたらいいか……」

「別に感謝して欲しいわけじゃないんだ。恩を感じる必要もない。全部俺のエゴだから。あんたには、この世界にいて欲しかったんだ。あのまま消えちまうなんて、なんだかさ……」


 いや、空気が重いな。

 もし再会できたら、ハッピーエンドになると想像していたのだが。

 それが俺の勝手な妄想だとしても、少なくともこんな緊張感のある空気になるはずではなかった。


 烏丸麗はすっと息を吸い込み、溜め息混じりにこう応じた。

「そんな顔をしないでください。私も、あなたの負担になるつもりはありません。それより、することがありますよね?」

「すること?」

「フジコさんを救うのですよね? せっかくこの世に戻ってきたのです。私も精一杯お手伝いします」

「ありがとう」

「ただ、もうなんの権限もありませんから、本当に、ただ応援することしかできませんが……」


 はじめ、空気が悪いのは自分のせいかと思っていた。

 だが、もしかしたら違うのかもしれない。

 烏丸麗は、なにか言いたいことを我慢している気がする。


「そんなことないよ。ただ、戻ってきてくれて嬉しかったから……。それを伝えたかっただけなんだ。仕事の邪魔をして悪かったかな? もう行くよ」

「えっ? はい……。あの、おやすみなさい」

「おやすみ」


 *


 夢を見た。

 いや、夢というよりは、過去の記憶のリプレイだ。


 そこは薄暗い事務所だった。

 俺は荷物を運びに来た。


 周囲には、男たちが倒れている。

 血を流し、ぐったりとしている。

 俺が撃ったのだ。


 荷物を運びに来ただけなのに、他の誰かと間違えられて、刃物を持ち出された。それで慌てて射殺した。

 ここの連中は、隠し事をしていた。

 誰にも知られたくない秘密を。


 奥でドタドタと物音がした。

 自分の居場所を知らせるかのように。


 俺は銃を手に、慎重に奥へと進み、そっとドアを開けた。

 そこはシャワールームだった。

 マネキンみたいな印象の、痩せた女がいた。

 手足を拘束されて、口にはタオルを噛まされていた。かなりやつれており、目の下のクマがひどかった。


 タオルをとってやると、彼女は最初に大きな溜め息をついた。

「警察?」

「違う」

 俺がそう答えると、彼女はあきらめきった表情でどっと壁に背をあずけた。

「じゃ、反社のほうね」

「反社でもない」

「ならなんなの?」

「運び屋だよ。荷物を運びに来た。さっき撃ったのは……不慮の事故だ」

 すると彼女は、ふっと笑った。

「私のことも撃ってよ」

「なぜ?」

「もう終わりにしたいの。自由になったところで行き場もないし。十分苦しんだから……」

 彼女に目立った外傷はなかった。

 だが、信じられないほど衰弱していた。


 保護するという手もあったろう。

 本人がそれを望むのであれば。


 彼女の目は暗かった。

 いま床に転がっている男たちと同じような目をしていた。

 誰も彼女を救えないと思った。


 彼女は膝を抱えて丸くなり、目を閉じた。

「ほら、撃ってよ」

「後悔するぞ」

「お願いだから」

「……」

 俺は彼女の後頭部に銃口を突き付けた。

 真上からだと、黒い球体にしか見えなかった。


 *


 俺は女を射殺したあと、手足の拘束をといてやった。

 彼女に自由はなかったのかもしれない。

 だが、死体になってまで拘束され続ける道理もなかろう。


 *


 数日後、芝商店の事務所前で女に待ち伏せされた。

 忘れもしない、俺が後頭部を撃ち抜いた女だ。

 彼女は無傷だった。


「あんた、死んだはずじゃ……」

「たぶんね」

 この時点では、誰も彼女が不死身だとは知らなかった。当人でさえハッキリとした確証を持てなかったらしい。

「復讐に来たのか?」

「そうだとしたら?」

「防衛行動に入る」

「ちょっと待ってよ。冗談だから。それより、喉かわいたんだけど。なんかおごってよ。私、お金持ってないから」

「え、飲み物?」

「そこの自販機でいいから」


 ビルの近くに自販機がある。

 ここで初めてジュースをおごってから、その後どれだけタカられるハメになるか、当時の俺には知る由もなかった。


「死んだはずだよな?」

「たぶん」

「たぶんってなんだよ……」

「分からないの。ある時から、どんな傷でもすぐ治るようになったのは知ってた。でも、不死身かどうかは……。だって、死んでる間のことなんて、私に分かるわけないでしょ?」

 彼女はミルクティーを飲みながら、そんなことを言った。

 一理あると思った。


「名前は?」

「言いたくない」

「じゃあフジコだな。不死身のフジコだ。それがイヤなら名を名乗れ」

「なんでもいいわ。親につけられた名前じゃなければなんでも」

 断られると思ったのに、受け入れられてしまった。

 親につけられた名前がなんなのかは、いまだに知らない。特に尋ねてもいない。


 俺は話題を変えることにした。

「どうやってここが?」

「生き返ってから、あの事務所を調べたの。そしたらホワイトボードに、芝商店の運び屋が荷物を届けに来るって。それで調べたらここだって」

「そこまできちんとスケジュール管理してたなら、いったい俺を誰と間違えたんだ?」

「私、とあるカルトの施設から逃げてたのよ。そしたら別の悪いヤツにつかまって……。だから、なんかあったんじゃない? 私を巡って争って死ぬなんて、愉快だわ」

「……」

 このときは、どれもジョークだと思っていた。

 事実を言いたくないから、適当にフカしているのだと。


 だが、どれも事実だった。

 その後、カルトはうちに手を出してはこなかったものの、身分を隠して仕事を依頼してくるようになった。結果、いくらかカルトの思惑通りに動かされた。

 ボスは俺たちを守るため、ポラリスに移籍させてくれた。


 俺はカルトの教祖を殺害したのち、なにもかもが虚しくなって仕事を辞めた。それが六年前。フジコとはそれきり連絡も取っていない。


(続く)

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