ピクニック
フジコの居場所はまったく不明。
地上にいるのか、海底にいるのかさえ判然としない。
俺はフローターで各地を回りつつ、頭に機械のサークレットをつけて意識を集中してみたが、まったくなんらのヒントもつかめなかった。
その代わり、おそらく霧のなりそこないだろうか……各所で人の気配のようなものは感じた。
「お茶の時間にしましょう」
あるとき、EXEはそんなことを言い出した。
ここは神奈川の海岸。
平和だったころは江ノ電が走っていたが、いまはもう運行していない。せっかくの観光名所も、人さえいないのでは、もはや滅亡した文明の遺跡にしか見えなかった。
実際、俺たちの文明は滅亡したのかもしれない。
春風が海原を撫でつけている。
光は飽かずキラキラと反射している。
執事が茶の準備を始めたので、俺はサークレットを外し、堤防に寄りかかった。
ピクニックにはいい日和だ。
肝心の人探しはまったく進展がないというのに。
「もし日本にいなかったら、次はどこを探せばいい?」
俺の皮肉に、EXEは表情ひとつ変えなかった。喋っていないときは本当にお人形みたいだ。
「日本にいますよ」
「なぜ断言できる?」
「すでにお伝えした通り、姉は大爆発を起こす可能性があります。そんな危険な存在を、自分たちの拠点に置いておくとは思えません。ですから姉は、必ず地上にいます」
一理ある。
だが地上と言ったって、この星の陸地面積は途方もなく広大だ。これではノーヒントと同じようなものだろう。
「地上のどこに?」
「ですので、日本です。ハッキリ言って、海底人は霧を完全にコントロールできているわけではありません。どこで霧が発生するかは、彼らにも分からないはず。その上、いまや地上の人間も霧を操っている。事故の可能性は常に存在します。そんな状況で姉を移動させること自体、重大なリスクとなるでしょう」
これも一理ある。
もし事故が起これば、地軸がズレて気候も変動するのだ。海底人にとっても都合がよくない。ヘタに動かしたくないのは事実だろう。
執事が路上にテーブルと椅子を設置してくれた。
EXEが席についたので、俺も遠慮なく腰をおろした。
「海底人は霧をコントロールできてないのか?」
「はい。コントロールできたのは、初めて霧を使用したあの日だけ。それ以降は、コントロールを失って収拾がつかなくなってしまった。海底人には過ぎたテクノロジーだったのでしょう」
「そんな危険な技術を、なぜ宇宙人は授けたんだ?」
「海底という閉ざされた環境で生活サイクルを維持するためには、いくらか大袈裟なテクノロジーが必要だったのです。実際、こちらの想定した用途に限って運用されているうちは事故もありませんでした。事故が起きたのは、彼らが独断でルールを破った結果です」
アメリカでは、幼児が身近な銃で遊んでいるうちに家族を射殺してしまうという事故が起きている。
意味を理解していない人間に、過剰なテクノロジーを与えると、最終的にこうなるのだ。
宇宙人だって、そのくらいは予想できたはずだろう。その点においては、俺は宇宙人を信用していない。不干渉というのも本気かどうか分かったものじゃない。
EXEはティーカップから紅茶を一口やり、こちらを見た。
「もちろんこうなる可能性は予想できていましたよ。ただ、地球のことは地球人に任せる方針になっていたので」
「そうは言うが、一連の事件の発端は、間違いなく宇宙人のテクノロジーが原因だろう」
「隕石でもぶつかったと思って、あきらめてもらうしかありませんね」
クソみたいな応答だ。
よくすまし顔でそんなことが言える。
執事が目を細め、こちらへ近づいてきた。
「お嬢さま、何者かがこちらへ接近しております」
「どなた?」
「例のカルトの残党かと」
「はて? 狙いは私ではなく、運び屋でしょうか?」
優雅なティータイムをやめる気はないらしい。
俺は思わず顔をしかめた。
「おいおい。まさか見殺しにはしないよな?」
「もちろん。あなたに死なれてしまったら、姉を探せなくなってしまいますから」
するとそいつらは、とんでもないスピードでこちらへ接近してきた。
十数名はいるだろうか。
全員、迷彩柄の服を着て、自転車を漕いでいる。
やがてキキーッと音を立てて、俺たちのすぐそばで停まった。
「空輪装備開発の上島であーるッ! 貴様が内藤だな? 我らが母を殺害した容疑で、貴様を逮捕するッ!」
リーダーらしき男が自転車から降りて、こちらへがなり立ててきた。
バキッとした立ち姿から、迷彩服の中身が鍛え抜かれた筋肉であることが分かる。
それにしても、なぜ俺の犯行だとバレた?
代わりの誰かが罪をかぶって逮捕されたはずでは?
こちらがぼうっとしていると、上島は眉をひそめた。
「まさか、うまく逃げ切ったなどと考えてはいまいな?」
「人違いでは?」
「フン。確かに霧のせいで決定的瞬間は記録されていない。だが、前後の監視カメラの映像を見る限り、貴様が犯人としか思えない。横田ァ!」
いきなり怒鳴ると、隣にいた横田が「ハッ」とキレのいい返事をした。
「我らが母の御言葉を読み上げろッ!」
「ハッ! 『斎語百連発』第二章三節、『ウソをつかれると、つらい』でありますッ!」
「さがってよぉしッ!」
「ハッ!」
斎部為陀命の言葉だから「斎語」か。
こいつら、一刻も早くこの地上から一掃されたほうがいいな。頭がどうにかなる。
ところで、EXEはまだティータイムをやめない。
敵は腰に拳銃をぶらさげているというのに。
俺もいちおう銃は持っているが……。
執事がぼそりとつぶやいた。
「いつでも撃てますが?」
「もう少しお話しを聞きましょう。彼らの発言はあまりにも愉快です」
エンジョイするな。
いますぐ撃ってくれ。
俺はつい溜め息をついた。
「ウソとは?」
「とぼけるなァ! 貴様は我らが母を欺き、騙し討ちにしたのであろうッ! 肉体だけでなく、精神まで傷つけたのだッ! その罪、万死に値するッ!」
「宇宙意思が守ってくれるから、撃っても平気だと言われた気もするが」
「はぁ? 撃っていいと言われたから撃った? なら貴様は、死ねと言われたら死ぬのか? ん? どうなんだ?」
「そのときの気分によるかな」
「貴様……」
逮捕というからには、いまこの場で殺すつもりはないんだろう。
どの程度までやらかすつもりかは不明だが。
ふと、空から一条の光が降り注いだ。
かと思うと、男の一人が内側から破裂し、周囲を肉片まみれにした。いきなりだ。仲間たちの迷彩服にもいろいろ飛び散った。
誰もが呆然と立ち尽くした。
もちろん俺も。
どう考えても宇宙人のテクノロジーだろう。
あきらかな介入行為では?
上島はキョロキョロと周囲を見回した。
「えっ? はっ? なにがあった!?」
「分かりません!」
かと思うと、その「分かりません」と返事をした男が破裂した。
上島は顔面に肉片を浴びた。
「ぶっ! ぶへっ! 小田島! 小田島ァ!」
「隊長、攻撃を受けています!」
「分かってる! 全員、遮蔽物に身を隠せ!」
「……」
すると無数の光が降り注ぎ、逃げる間も与えず次々と男たちを破裂させてしまった。
上島は仲間の皮膚を踏み、滑って転倒した。
「うわあっ! うわあっ!」
見てるこっちも「うわあ」だ。
本当に……もっとキレイに殺せないのだろうか……。数分前までピクニック気分だったのに。紅茶が逆流しそうだ。
執事が無防備にも上島へ近づいた。
「どうやら本日は空模様が怪しいようですな。ぜひ帰ってお仲間にお伝えください。これ以上付きまとうようなら、同じことが起こる、と。参考となる映像は後ほどお送りします」
「ぐっ……ぐっ……」
呼吸が荒くなってしまい、上島は返事もできない様子だった。
EXEが溜め息をつき、カップを置いた。
「いやなにおい……」
その通り。
人間も、外見はどうあれ、内側は獣ということだ。風呂に入っていない人間を、極限まで熟成させたようなにおいがする。
こんなにグチャグチャにすべきではなかった。
戻ってきた執事に、EXEが告げた。
「お片付けしましょう」
「どちらの?」
「もちろんテーブルよ」
「かしこまりました」
残念だが、遺体のほうは片付けようがない。
上島は何度も転倒しながら自転車で逃げて行った。
情けない後ろ姿だが、仲間をあんなふうに殺されたら、誰だって同じようになる。むしろ自転車に乗れているだけマシかもしれない。
俺もカップを片付けながら、こう尋ねた。
「しかしカルトのヤツら、まだ活動してたんだな。分かっちゃいたけど……」
教祖が死んだのに、ひとつも目を覚まさないとは。
むしろ教祖の仇を討とうと、さらなる使命に燃えている。
執事はかすかに笑みを見せた。
「あれなどはまだ可愛いものですよ」
「可愛くないのもいると?」
「結社から分裂した水輪一派は、自分たちのルーツを海底人だと主張し始めました。つまり自分たちも海底人と同じなのであるから、支配される側ではなく、支配する側なのだと」
あまりにも哀れだ。
次に宇宙人の存在を知ったら、自分たちのルーツは宇宙だとでも言い出すのだろう。
人間誰しも、自分は生まれながらにして勝者であると思いたいものだ。
都合のいい解釈をしていないと、自分のアイデンティティを保てない人間は多い。その弱さが隙となり、カルトじみた都合のいい妄想に乗せられてしまう。
彼らが最初の霧で消されなかったのが不思議でならない。
「けど、大丈夫なんですか? いまの、あきらかに宇宙のテクノロジーでしょ?」
「いいえ。いまのは海底人の打ち上げた兵器を『借りた』だけですよ。確かに、もとは宇宙人のテクノロジーですが、いまや地球に存在しているので、問題ないでしょう」
「なるほど」
海底人には逆らわないほうがよさそうだ。
その設備をあっさり乗っ取ってしまう宇宙人にも。
俺は輝くような海を見ながら、ひとつ呼吸をした。
「ま、それはそれとして……。この調子であてもなく探し回ったって、時間が足りないんじゃないかな。今日も空振りだったし。こっちも『地球の技術』でなんとかできりゃいいんですけどね」
「……」
すると執事は返事さえせず、ただこちらを見た。
柔和な顔立ちだが、黙っていると機械みたいで怖い。
俺の皮肉に腹を立てたのか?
それとも……。
EXEが口元に手をあてて、くすくすと笑いだした。
「爺や、彼をいじめないであげて」
「失礼しました」
なんだ?
この老人、内心では俺のことを嫌ってるのか?
するとEXEは、まだ笑いがおさまらないといった様子で話を続けた。
「もう少しで完成しますから。それまでの辛抱です」
「完成?」
「埼玉、山梨、千葉、神奈川……。この数日、サークレットをつけたまま、様々な土地を回ってきましたね。これにより、土地に残留する霧と同調できたと思います。すべての節がつながれば、範囲内の捜索がより簡単になるはず。つまり姉のことも見つけやすくなります」
「……」
今度は俺が黙る番だった。
人の脳を使って勝手なプランを進めやがって。
こっちはてっきり無計画に各地を回ってると思い込んでいた。
「次からは、その行動がどんな結果をもたらすのか、事前に説明しておいて欲しいもんだな」
「もしかして怒りました?」
「いや、お願いしてるんだ。こっちは宇宙人サマに命令できる立場じゃないからな」
俺がそう応じると、彼女はすっと表情を消してしまった。
「もっとお友達みたいに言って欲しいものですね」
「お友達?」
「あら? お友達がなにか分からないの? でしたら、私が教えてあげても構いませんが?」
「教えてくれないか?」
こいつも友達いないだろ。
すると彼女は「はい?」と不快そうに目を細めてしまった。
ガキとは思えないほど冷徹なツラだ。
いやもう成人してるんだったか。
今度は執事が仲裁に入った。
「内藤さま、あまりお嬢さまをからかわないようお願いします」
「失礼。かわいいもんで、ついね」
本当にフジコに似て「かわいい」ところがある。
顔を合わせるのは年に一度でいい。
EXEは完全にヘソを曲げてしまった。
「嘆かわしい勘違いですね。からかっているのは私のほうです。いえ、からかいではなく、教育と言い換えましょうか。少しばかり箸が使えるからといって、私を下に見ているようですから」
俺は思わず吹き出しそうになったのを、なんとか堪えた。
ここで笑ったらさすがに可哀相だ。
なのに、執事は構わず鼻で笑い飛ばした。
「まるで子供ですな」
「なんですって? 爺や、発言の撤回を要求します」
「ええ、撤回しましょう」
「ぐぅ……」
EXEは握り拳をつくり、怒りに耐えている。
それにしてもこのご老人、ただの言いなり執事ではないようだな。
そもそも何者なのだろうか? EXEに金で雇われているだけか? どうもそうではないように見えるが。
老人は、するとなにかを思い出したようにこう告げた。
「そういえば、新しい料理人を雇いました。本日のディナーは期待していてください」
EXEはこれに複雑そうな表情だ。
「それをいま言うのですか? いえ結構。不本意ですが、爺やの言った通りです。運び屋、今日、あなたは私に感謝することになるでしょう。むしろ感謝する義務があります」
よほどうまいメシを作るコックなのだろうか?
まさかカップ麺の業者を入れたわけじゃないだろうな。
「楽しみにしてるよ」
テーブルは片付いた。
死体のそばで談笑するのもこの辺にしておこう。
(続く)




