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サノバガン  作者: 不覚たん
第二部 白
32/36

帰ってきた男

 久々の東京は、荒み果てていた。

 地方に比べて人口が多いこともあり、諸外国ほどではなかったが、暴動もそれなりに激しかった。道は瓦礫まみれで、ビルもボロボロのまま放置されている。

 誰も管理していないのだ。

 管理する余裕もない。

 道端には、暗い目をした人々が寝そべっている。


 俺はフローターを走らせながら、リムジンを追った。

 目的地は芝商店。

 社会がこんなザマなのに、いまでも探偵ごっこでメシを食えているのか怪しいところだが。


 *


 なつかしの雑居ビル。

 相変わらず書類まみれの、狭いオフィスだった。


「よう、久しぶりだな」

「お世話になります、ボス」

 俺は頭をさげた。

 久しぶりに見るボスは、雰囲気は以前のままだが、少し老いて見えた。おそらく五十も半ばだろう。あと数年で還暦だ。


 事務所には、意外な人物もいた。


「あ、やっと来た。てか、なんか元気なくない? ちょっとおっさんになった?」

 みーこだ。

 パーカーを着てギャルとしか言いようのない雰囲気だが、彼女ももう二十半ばだろう。頭がプリン状態になっている。


 隣には目つきの鋭い兄もいた。

 こちらは以前となにも変わっていない。普段から鍛えているのだろう。まったく衰えが感じられない。まだ三十代だろうから、あるいは以前より精強かもしれない。


 ロクな椅子のないオフィスだが、EXEはそれでも一番マシなのに腰をおろした。執事はその後方へ。

「揃いましたね。では始めましょうか」


 *


 二時間後――。

 ほとんど内容のないミーティングを終え、俺たちは外へ出た。

 一緒に出てきたのはEXEと執事、それとみーこの兄だ。じつはまだ名前を知らない。みーこ本人は事務所に残った。


「また一緒に仕事ができて嬉しいよ」

 彼はそんなことを言った。

 人を寄せ付けないような見た目だが、意外とフレンドリーだ。

「こちらこそ。山崩さんは、いまでもカルトと戦ってるんですか?」

「ああ。分裂したとはいえ、しつこく活動してやがるからな。教祖もいねぇってのによ」


 内部告発のせいで、霧を使った発電は延期になった。

 そのまま続報はない。


 彼はフッと不敵に笑った。

「次は現場だな。楽しみにしてるぜ」

「お互いに」


 バイクにまたがって行ってしまった。

 ともあれ、山崩が共同で出てくれるなら心強い。

 あとは、来る途中で検問にかからないことを祈るだけだ。


 俺もフローターにまたがった。

 このあとは、リムジンに先導してもらい、新しい家へ行くことになっている。

 住む家をEXEに手配してもらったのだ。


 ずっと車の外で立っていた執事が、こちらを見た。

「出発しても構いませんか?」

「いつでもどうぞ」


 *


 春の東京は、意外と空気がきれいだった。

 ロクに車も走っていないし、経済活動もないせいだろう。残念なことに、治安もよくない。棒切れをもって道路に飛び出してくるヤツが何人かいた。

 執事が窓から銃を出しただけで慌てて逃げたが。


 いや、それよりも気になることがある。

 リムジンの進路だ。

 ずいぶん都心へ行く。

 いくらか地価はさがっているかもしれないが、こちらもあまり貯金がないから、できるだけ安くないと困るのだが……。


 などと思っていると、見慣れた洋館に到着してしまった。


 リムジンが停車し、EXEがおりてきた。

「ここがあなたの家です」

「はい? 俺の? なら、あんたらはどこに住むんだ?」

「ここに住みます」

「……」

 そう。

 こいつらの豪邸だ。

 住むところを手配したとかいうから、てっきりどこかを借りてくれたのかと思ったのに。ここに住めということだ。

 おそらく部屋は余っているのだろう。


 鬱蒼とした森に囲まれた、古びた洋館。いかにもホラー映画に出てきそうな外観だ。

 こんなに怖いのでは、夜中にトイレに行くのも一苦労だろう。


 執事が近づいてきた。

「さ、中へ。お食事の支度をいたします」

「いいんですか、メシの世話まで……」

「ええ。そもそも私たちの都合でお呼びしたのです。それくらいはさせていただきますよ」

 至れり尽くせりだ。


 *


 天井の高い、大きな食堂だった。

 中央には長テーブル。

 花瓶には謎の花。

 いかにもフルコースでも出てきそうな雰囲気だ。


 ところが、いま俺の目の前にはカップラーメンがある。

 嫌がらせではない。

 EXEの前にも同じものがある。


「カップ麺か……」

 俺がつぶやくと、EXEはなぜか勝ち誇ったような表情を浮かべた。

「あら、まさか食べたことがないのですか?」

「そんなわけないだろ」

「これはじつに楽しい食べ物です。獣のエサにも劣ります。栄養もお粗末。旧時代の生活をエンジョイするにはうってつけです」

「そうかよ」

 宇宙人にとっては、旧時代の生活を追体験するためのツールというわけだ。

 こっちにとっては日常の食べ物だってのに。


「ご覧なさい、この箸とかいう食器。人は自らを罰するために、このような拷問器具を編み出した……。いったなぜなのかを想像するだけで、知的好奇心が刺激されます」

「フォークで食えよ」

「それでは風情が損なわれます」


 信じられないほどひどい箸の持ち方だ。

 いや、俺はマナーにうるさいわけじゃない。

 食えればなんだっていい。

 だが、彼女の持ち方は、ようやく箸を使い始めた幼稚園児レベルだ。親指と小指で挟んでいる。あの持ち方でラーメンを食えるのか?


「あっつ!」

 案の定、うまくラーメンをつかめずに、跳ねたお湯でダメージを受けた。

 執事はテーブルにつかず、孫でも見るような優しい表情で見守っている。

 まあ本人たちがいいならそれでいい。


 俺は構わずラーメンをすすった。

 想像通りの味だ。

 塩味が少し濃い気もするが、これくらいジャンクなほうがカップ麺らしくていい。お上品なカップ麺はカップ麺とは言えない。


 数秒前まで楽しげだったEXEは、もはや表情を消していた。

「見せつけてくれますね……。しかし箸を使えるからといって、他者より優れている証拠にはなりません。どうかお忘れなく」

「ああ、おぼえておくよ」

 悔しいならそう言えばいい。

 それとも、宇宙人としてのプライドが許さないのか。


 *


 食事を終えると、紅茶が出てきた。

 無駄のないデザインの、白磁の食器。かおりもいい。さっきのカップラーメンとのグレードが違いすぎる。


 EXEはまだ不満そうな顔をしている。

「ま、私は箸の初心者ですから、あれでも上出来なほうでしょう」

「俺は左手でも箸が使える」

「はて? いまのはマウントでしょうか?」

「気のせいじゃないか?」

 俺は紅茶をすすった。

 熱すぎず、かといってぬるくもなく、じつに飲みやすい。


「ところで、執事の方は、お食事は?」

 俺がそう尋ねると、彼は笑顔でこう応じた。

「ご心配なく。のちほど摂取します」

 摂取……。


 EXEが補足してくれた。

「旧時代の食べ物は口に合わないのだとか」

「よほど立派なモノでも食ってるんだろうな」

 しかし俺の皮肉は無視された。

「せっかく同じテーブルを囲んでいるのですから、少しお話ししませんか? たとえば海底人のお話しなどは?」

「なにか教えてくれるのか?」

「彼らが地上へ介入した理由を、まだ教えていませんでしたね」


 *


 地上の人間が海を汚しすぎたせいで、海底人が怒った。


 ごく簡単に言うと、そういうことだ。


 ところが海底人も、いろいろ海に垂れ流していたらしい。人類が活動した結果、自然環境が汚染されるのはお互い様だった。

 だが、地上の人間はやり過ぎた。

 海底人の許容範囲を超えた。


 海底人は、まずは宇宙人に打診した。

 地上をなんとかできないかと。

 だが宇宙人は、地球への干渉を拒み続けた。

 海底人は焦り始めた。

 地上における唯一の窓口だったアメリカは、いちおう話を聞きはするものの、状況の改善に前向きではなかった。

 シビレを切らした一派が、地上を変えるべく動き出した。


 かくして「霧」が使用された。

 これには複数の意図があった。


一、地上のレベルをあげ、宇宙人の介入を誘発する


 同調傾向の高い人間を減らすことで、地上のレベルをあげようともくろんだ。レベルがあがれば、自動的に宇宙人が介入してくるはずだった。

 これは失敗。


二、霧を使った発電を普及させ、汚染を減らす


 霧を蔓延させた上で、霧による発電技術を伝えれば、人類は海を汚さずに電力を得るようになる予定だった。

 発電技術は、もともと宇宙人からもたらされたものだが、それをこっそり地上へリークしたようだ。

 こちらも達成できず。


三、地上の人間たちに、クイーンの存在を知らしめる


 意味不明に思えるが、彼らにとっては重要なことだ。

 地上へ攻撃を仕掛けた過激派どもは、クイーンを神と崇めるカルト教団だった。

 連中は、地上の人間にもクイーンを崇めるよう押し付けるつもりだったらしい。宗教を使って地上を支配するプランだったのだ。


 俺たちは、地上のカルトだけでなく、海底のカルトにも苦しめられていたことになる。カルトは正しさよりも、目的を優先させるから怖い。


 *


「やってることはクソとしか言えないが、理屈は分かった。それで、海底人はなぜフジコを? あいつを誘拐して、なにを目論んでるんだ?」

 俺の問いに、彼女はゆっくり紅茶を味わってから応じた。

「姉を霧に触れさせないためです」

「それだ。ずっと気になってたんだが、なぜ霧はあいつを避ける?」

「偶発的な事故により、姉は生死を超越した存在になってしまいました。この変異は、私たちの社会でも禁止されています。完全な不死ではありません。たとえば高温で焼却するなど、回復スピードより早く傷つければ死滅します。ただ、人類の定義から外れた存在なのは間違いありませんから、もし霧が取り込んでしまえば、拒絶反応を起こします」

「拒絶反応?」

 焼却云々の話は聞かなかったことにしよう。

 あまりに物騒すぎる。


 EXEの回答はこうだ。

「群体が崩壊します。すなわち同調していた精神を包摂できなくなり、群体は群体として成立しなくなります。このとき凄まじいエネルギーが生じるため、姉を中心に半径数キロメートルにわたって焦土と化すでしょう。衝撃で地軸もずれるため、気候が変動します」

 霧が避けてくれてよかった。

 ヘタしたら俺も蒸発していたところだ。


「なるほど、発電に応用できるわけだ」

「そう。あれは高レベルのエネルギー体なのです。ですので海底人たちは、姉を幽閉し、絶対に霧に触れさせないよう隔離したようです。実験や解剖が目的なのではありません」

 それは隔離が必要だな。

 むしろ二度と表に出すべきじゃない。

 危険すぎる。


 すると彼女は、目を細めてこちらを見た。

 こういう、人を軽蔑するようなツラは、姉に似ているかもしれない。

「もしかしていま、姉を隔離しておくべきだと思いましたか?」

「まさか。むしろ、どうやって救出しようか考えてたところだ」

「ええ。信じましょう。あなたの大事な人を霧から復元できるかどうかは、私の機嫌にかかっているのですから。もちろんその機嫌を損ねるようなマネはしないはずです」

「も、もちろんだ」

 こいつは本当に、自分の立場をフルに使ってきやがる。

 もう箸でマウントを取るのはやめよう。

 危険すぎる。


 ふと、執事が近づいてきた。

「お嬢さま、そろそろお時間です」

「分かりました」

 すっと立ち上がった。


「なにかあるのか?」

 俺が尋ねると、彼女はうっすらと笑みを浮かべ、こう応じた。

「『帰ってきたポルチーニ』の再放送です」

「は?」

「ネットでいつでも観られる、などと、哀しいことを言ってはいけません。こうして放送時間に縛られて、生活を拘束されるのは、いかにも旧時代らしくありませんか? この不便さをエンジョイしませんと」

 前にフジコが言ってた「シン・ポルチーニ」とやらのお仲間か?

 姉妹揃って同じ作品のファンというわけだ。


「よろしければあなたも一緒に視聴しませんか?」

「いや、いい。途中から観ても分からないだろうし。少し考え事をしたい」

「考え事? ええ。深く考えるべきですね。それをやめてしまえば、私たちなどサル同然です。霧にさえ敗北してしまう」

 大袈裟だ。

 俺はポルチーニの話を見たくないだけだ。


 ともあれ、海底人の意図は分かった。

 なぜフジコが誘拐されたのかも。

 問題は、どうやってフジコを救出するのか、だ。

 いや、俺が考えずとも、賢い宇宙人サマがとびきりのプランを立ててくれるだろう。今日はもうなにも考えたくない。ビールを飲んで寝たい。


(続く)

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